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プロローグ2

「やべっ、もうこんな時間か」

 茂彦はカフェレストランの壁時計を見て、慌ててカップに残っている温くなったコーヒーを喉に流し込む。開いていたアースガルド戦記と、ネバーワールドⅢの説明書をしまう。ネバーワールドⅢの購入するために電車で、電機街にやってきた。ネバーワールドⅢの購入ついでに晩飯をこのカフェレストランで取っていた。

 マンションに帰ったらすぐにプレイできるようにと、カフェレストランでネバーワールドⅢの説明書を読みこんでいた。ネバーワールドⅢで、アースガルド戦記にあるシグルドをロールプレイ(なりきりプレイ)できるように、アースガルド戦記を読み耽っていると時間を忘れていた。

 既に時間は最終列車の時間に迫っていた。カフェレストランの店内は茂彦の他に1組のカップルとくたびれた表情のサラリーマンしかいなかった。

 顔を近づけ親しげに喋っているカップルを横目に、茂彦は会計を済ませる。

 外に出るともう、夜の帳が下りて所々にネオンが煌いていた。

 

 店の多くが既にシャッターを閉じている。茂彦は左手にしている腕時計を見つつ、早歩きで電機街の大通りを抜けて駅に向かう。

 切符を買い、改札口を抜けて乗り場に着き時計を見る。

 終電の発車時間まで1分あったが、既に電車は来ていた。

 ほっと、息をつき電車に乗る。車両に人はほとんどおらず、座席はがら空きだった。空いている座席に座ろうと思ったが、すぐに思い直す。少しでも早く帰って、ネバーワールドⅢをやりたい。到着駅の改札口に一番近いのが先頭車両だ。茂彦は車両の中を伝って、先頭車両に向かう。

 先頭車両に着いた時に、車内に出発のアナウンスが流れドアが閉まる。先頭車両も人が少なかった。茂彦は肩に担いでいたナップサップを足元に置き、空いている座席に腰を下ろす。

 乗っている時間にアースガルド戦記か、ネバーワールドⅢの説明書に目を通そうか思ったが、乗り過ごす可能性を考えてやめておく。どうせ、電車に乗る時間は10分程だ。

 窓の外を眺めながら、先ほどカフェレストランで見たアースガルド戦記の中身を思い起こす。大学ノートにびっしり書かれたアースガルド戦記を見ると、懐かしさと共に記憶が蘇ってくる。

 アースガルド王国の誕生は、シグルドこと茂彦と、アーサーこと有朋の2人から始まる。当初はシグルドとアーサーの2人で各地を冒険し、様々な財宝と名声と力を手に入れる。ある程度力をつけると、忠実で有能な戦士を生み出す。生み出した戦士達を連れて傭兵団として活動するのだ。傭兵団としてその戦士達を鍛え上げると、その鍛え上げた戦士達を騎士として王国として独立するのだ。

 その王国こそがアースガルド王国。

 当初は吹けば飛ぶような1小国に過ぎなかったが、徐々に勢力を拡大。当初生み出した戦士は、円卓騎士(ナイトオブラウンド )と呼称し、軍団の中核的な役割を負うようになる。最終的には全大陸を統治するのだ。

 当時の茂彦は、このように全大陸を統一するとリセットしてまた1から始めてというのを、繰り返しロールプレイ(なりきりプレイ)していた。ただ、初めからやり直す時は、大陸地図や国の勢力を変えていた。他の基本的設定、有朋が残した世界観や設定、キャラクターはそのままにしていた。

 が、学生時代だった茂彦自身、このままネバーワールドをやり続ける事に疑問を感じていたのだろう。あるいはこのネバーワールドをプレイし続ける事が現実逃避である事に思い至ったのか。

 社会人になることを控えた高校3年生の時に、大きく物語の設定を変えてロールプレイ(なりきりプレイ)する。

 アーサーを殺した。

 既に兄である有朋は亡くなっていたが、ネバーワールドの中では有朋はアーサーとして生きていた。だからこそ、茂彦はシグルドとして、兄であるアーサーと共に冒険し、1つの目的に進む様をロールプレイ(なりきりプレイ)する事で、兄を感じ取っていた。

 だが高校卒業を控えた多感な時期、兄の死を受け入れる必要があると感じたのか。

 アーサーの存在を消す事を決断する。

完全にアーサーというキャラクターデータを削除した。削除したキャラクターデータは二度と復活しない。仮に、新たにキャラクターを作り、そのキャラクターにアーサー・ペンドラゴンという同じ名前を付けたとしても、それは全くの別キャラクターになる。そう、茂彦の中での物語では、アーサーは死ぬ。

更にアーサーが生み出した騎士らはシグルド、自分の敵になるように仕向けた。

彼ら、あるいは彼女ら騎士は、シグルドを王弟として、あるいはすぐれた騎士、将軍として敬意と尊敬を受けていた。そんな騎士らがシグルドに敵対させる理由として茂彦が考えて作った物語は――。

 兄王殺し。

 兄王殺しとしての汚名をシグルドが負い、その仇を討つ為にアースガルドの騎士らとシグルドが戦う物語を作った。そ

 ヴェリタス戦役という名を冠し、その戦いの記録を、大学ノート5冊丸ごと費やして記載していた。我ながら、よくぞここまで書いたものだと今になって思う。

 その結末はと言うと。

 茂彦は微かに自嘲して頭を振る。

 やはり自分には兄のようにストーリーテラーの才能は無かった。

最後の物語の決着はハッピーエンドがよいという事で、以下のようになっていた。

兄王であるアーサーは死んだのでは無く、他の世界に旅立った。アーサーは、アースガルドの王になる気は既に無く、残されたアースガルドをシグルドに託した。

だがその真意は周囲に伝わらず、逆にシグルドが兄王殺しの汚名を負ったのは、シグルドの地位と力を妬んだ、赤の賢者というドワーフの謀略だった。全ての嫌疑を晴らしたシグルドは、兄王であるアーサーがいないアースガルドの新王として、全大陸を統治する。

当初はアーサーを殺すという設定を考えたが、どうしても殺しきれず、別の世界に旅立ったという設定にした。ただし、アーサーという存在はシグルドがいる世界に現れる事は無い。そういう意味ではアーサーという存在は死んだ事になる。

ここでの、アーサーが旅立った別の世界というのは、茂彦にとりあの世――死の世界をイメージしていた。

「くぁっ……」

 欠伸が出る。

 普段の時間帯だと、寝る準備をする頃だ。帰ってから、少しネバーワールドⅢをプレイしようかと思ったが、今日はもう寝て、明日起きてからプレイするか。

そんな事を思いながら、窓の外から視線を外し、目を閉じる。

思考はネバーワールドとアースガルドから外れて、リアルの世界について思い浮かべる。

思えば、兄の有朋が亡くなってからリアルの世界で楽しいと思えた時間が少なかった。両親の離婚、中学、高校の学生時代には苛められ、楽しい学園生活とは無縁だった。高校卒業後に就職した会社は、毎月100時間超のサービス残業を強制されるブラック企業で、体調を崩して1年後に辞めた。身近に相談できるはずの父も母も、離婚後はお互いに別の相手と再婚しており、どうにもお互いの再婚相手には馴染めず頼る事ができなかった。

その後はアルバイトで生計を立てつつ、IT関連の資格を取得して何とかIT企業の派遣社員とし仕事できるようになる。そこから運が向いてきて、同じ職場の同僚の紹介で、彼女が出来た。この時が幸せな時間だと、実感していた。

もっともその幸せな時間も、彼女が浮気して別れる事になって、今では無くなったのだが。

「また、やり直せばいいさ」

 自分に言い聞かせるように、小声で呟く。

 明日は今日より良くなる――。

 有朋が入院している間に、口癖ように言っていた言葉を思い出す。

「そうさ、明日は今日より良くなる」

 思った以上に声が車内に響いた。

 やや離れた座席に座っている中年のサラリーマンに怪訝そうな目を向けられ、赤面して下を向く。

(やべ、恥ずかしい!)

 その時だった。

 電車はカーブに差し掛かり、大きく揺れた。車内の軋む音が、いつもより大きく響いた気がした。

(あれ、こんなに揺れ?……)

 耳をつんざく、甲高い金属音と共に茂彦の体が中に浮いた。

 いや、宙に浮いたのでは無く、投げ出された。

「えっ?」

 ドオォォォーーン!!

 直後に鈍い轟音が響き、車内が真っ暗になる。その轟音も茂彦の耳に入っていたが、轟音の正体や暗闇になった理由について気を止める余裕が無かった。まるで車内がミキサーにかけられたかのように、激しく揺れて茂彦の体は転げまわる。

 激しい痛み、暗闇への恐怖。

 車内の激しい揺れで転げ回った時間は、一瞬のようでもあり、数10分以上にも感じた。

 気づいた時、揺れは収まったが、車内は真っ暗のままだった。金属音や轟音は聞こえず、聞こえてくるのは人の呻き声だった。

「痛い……」

 茂彦自身も呻き声を上げた。

 脇腹と左足が異常に痛い。今の自分の体勢を見ると、うつ伏せになっていた。ひどく、床がひんやりする。その床を良く見ると窓だった。

 一体どうなっているのか?

 暗闇の中を必死で目を凝らすと、ようやく目が慣れてきた。

 目の前につり革の広告用紙があった。座席の背もたれが、床と繋がっている。動揺する思考の中で必死に考えて、ようやく理解する。床と天井に窓がある。車内は90度に横転していた。

 身動ぎしようとすると、何かに挟まって動かない。

 それでも何とか強引に動かそうとすると――

「痛い、痛い……!」

 人だった。

「す、すい……ごほっ!」

 咄嗟に誤ろうとするが、息が途切れ咳が出る。

 何故だろう、息苦しい。痛みから来る苦しみとはまた違う。回りからも、咳き込む声が聞こえる。

 焦げ臭いがした。月明かりを頼りに暗闇に目を凝らすと、煙が見えた。煙の発生源は車両だろうか。

 助けを呼ぼうと周りを見渡すも、暗闇の中で見えるのは蹲る人影と散乱する鞄や、割れた窓ガラスの破片ばかりだった。

「誰かぁっ! 誰か助けてーー!」

 恐怖で震える女の声が車内に響く。その声は、この非常時にあってひどく耳障りで不快に感じる。だが一方で、この声で誰か助けに来てくれるのでは無いか。そんな期待を茂彦に抱かせるが、いくら待っても誰か助けに来る気配は無かった。

 助けは来ず、代わりに来たのは――。

 ギギギギギギ……

 金属が擦れる音と共に、床が揺れる。

 ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!

 重い金属音が不気味に、リズミカルに鳴る。

(何だ、一体)

 音の正体が分からず、恐怖に慄く茂彦。

 床が突如として傾いだ。茂彦の体は滑り落ちる。暗闇の中で咄嗟に、座席近くのつかみ棒にしがみつけたのは奇跡に近かった。

 悲鳴と怒声、生々しい湿った衝撃音。

茂彦は怖くて、音の発生源である床が傾いた先を見る事ができなかった。

助けでは無く、迫り来るのは死の淵である事に、茂彦は否応もなく気づかされる。

ひゅー、ひゅー、ひゅー。

口笛のような音が聞こえる。音の正体は口笛では無く、茂彦自身の呼吸の音だった。目を開けるのも辛い程、額から汗が止まらない。呼吸が苦しい、目が霞む。つかみ棒にしがみつく為の握力が無くなっていく。

(死にたくない。帰って、ネバーワールドⅢをやらないと……)

「ごふぉっ!」

 咳と共に肺の中の空気を吐き出す。

と、同時に金属の軋み音と共に、床の傾きは更に深くなる。ギリギリの所で耐えていた茂彦の握力は限界を超えた。

「――!」

 一瞬の浮遊感。

茂彦の脳裏に過去の思い出が駆け巡る。

 兄、有朋とのやりとり。

 有朋が亡くなった葬式の日。

 1人、ネバーワールドをやり、レアアイテムを取得して興奮した瞬間。

 両親に離婚すると切り出された時。

 母の再婚相手の連れ子の女の子に、拒絶の言葉を吐かれて傷ついた日。

 初めて異性に告白して、OKの返事を貰った時の歓喜の瞬間。

 その彼女に別れを切り出され、悲痛を覚えた時。

「兄さっ……!!」

考えるよりも口に出た言葉。だが、最後に言い切る前に背中と頭を打ち付ける衝撃に、言葉が出ない。

 痛みは無かった。最後に残った意識の中で思ったのは。

(もう一度、兄さんとネバーワールド……アースガルド戦記をやりたかった)



 大型連休の深夜に起きた、市営電車の脱線事故は大きなニュースになった。

 脱線の原因はカーブでの速度超過だった。脱線後に先頭車両の電気系統がショートし、先頭車両に火災が発生した。また脱線後に路面が陥没して、その陥没先に車両が入り込んだ。

 車両脱線事故による生存者60名、負傷者20名、死傷者8名。

不運の死傷者8名は、全て先頭車両に乗っている者達だった。



目の前にモニターがあった。

薄型の液晶モニターが主流の現在にありながら、目の前のモニターは一昔前に主流であったCRTモニターと呼ばれる分厚いモニターだ。

だが、今の茂彦はそれが不思議とは思わなかった。兄の有朋のいた頃には見慣れたものだったからもしれない。

 モニターにメッセージウィンドウが表示されている。

『ようこそ、新生ネバーワールドへ』

 キー入力を促すように、カーソルが点滅している。

 新生ネバーワールド……? ネバーワールドⅢの事だよな。若干、怪訝に思いながらキーボードのエンターキーを押す。

『旧ネバーワールドのプレイデータが確認されました。新生ネバーワールドへの、データ引継ぎを行いますか? Yes or No』

 ポップアップウィンドウが表示され、YesとNoのボタンが出てくる。

<Yes……だな>

迷う事無く、Yesのボタンをクリックする。

 呟いたつもりだが、声が出なかった。だが、不思議とそれを怪訝に思う事は無かった。

 それから、次々とメッセージウィンドウが表示されていき、それらメッセージを確認しながら黙々と進めていく。

『ロード中‥‥‥』

『ロードできました。登録ギルド名はアースガルド。プレイヤーネームはシグルド・ヴァン・リーブァ。プレイ時間3059時間、プレイヤー名声値10000、レベル80、モンスター退治数15024。ギルド名声値200000、配下のキャラクターの総レベル数35635、ギルド拠点アースガルドのレベル80。

『プレイヤー繰越ボーナス<神人級>が適用されます。プレイヤーボーナスとして以下のスキルが付与されます。<神指揮>‥‥‥戦場にいる全部下ユニットの全ステータスを15%~25%向上させます』

『ギルドマスター繰越ボーナス<神将級>が適用されます。以下のボーナスが付与されます。通貨100000000ゴールド。拠点の生産力クラスSを付与。各キャラクターのレベルを5アップ。レベルが最大値に達しているキャラクターについては、ステータス限界値を無視して全ステータスを5%上昇し、キャラクター能力に応じたスキルを1つ付与します。付与されたスキルについては後ほどご確認ください』

『なお、新生ネバーワールドにおいてプレイヤー名声値及びギルド名声値は0になります』

 モニターが幾度か明滅した。

『新たなプレイに備えて、前回に育てたキャラクターの内、5名のみ初回時に召喚可能です』

 メッセージ時と共に、ウィンドウメッセージに膨大な人名が表示される。

 一体、どうしろと?

 こちらの反応が無い事を勝手に判断して、メッセージは先に進んだ。

『最高レベル順に並べたリストより、上位5名を選出しました』

『ようこそ、新世界へ。心から貴方を歓迎します。この世界を存分にお楽しみください。楽しみかたは無限に存在します』

 このメッセージを最後にモニターは真っ暗になった。

 


『ニューゲームします』

 暗闇の中、豆粒程の光点が見えた。

 徐々に光点が大きくなり、やがて光の奔流となった。その光の奔流は目を閉じてさえいても、辛いほどの眩しさを感じた。

 この時、青年の意識は覚醒へと向かい始めた。

 


次から本編に移ります。

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