フィーリング・サウンド!
「最強のバンドを作る!」
そう彼女は僕に宣言した。
夕陽が差し込む、放課後の教室。僕は部活に向かおうと荷物をまとめていると、息を切らした彼女は教室に飛び込んできて、いきなり唾を飛ばしながら、叫んだ。
制服のブレザーの上にパーカーを羽織って、短い髪にドクロの髪飾りをつけて、背中にギターケースを背負った彼女、久遠悠紀子は僕の幼馴染だ。猫みたいに、目じりをきゅっと上げて、僕を真っ直ぐ見据える。昔から、男子のような性格の彼女とは、高校まで一緒に机を並べてきたが、悪友のように接している。
そんな彼女は僕にバンドの誘いを持ちかけてきたのだ。
「いきなりなんなのさ、バンドならもう組んでるじゃないか」
僕らの高校には軽音楽部は無いので、悠紀子は外部でクラスメイトとバンドを組んでいる。もちろん、そこに僕は含まれない。
「ちがうの、ちがうの。全然違うの!」
……違うの三段活用。用法はすべて同じ。
「最強のバンドを作るの! ツェッペリンよりも、ローリングストーンズよりもすごいバンドを作るのよ!」
「ごめん、それは無理だと思うよ」
洋楽のアーティストは詳しくないけれど、そのバンドを超えることは、高校生の身では絶対に無理だと思う。技術的にプロに到底及ばないんだから。
「僕は力になれそうも無いよ。じゃあ、部活行くから」
そういい残して、僕は教室を後にした。ちなみに、僕の部活は文芸部。
教室では、悠紀子が僕の後姿に、何かを言いたげにしていた。
文芸部の部室で、本を読みながら、僕は考えた。
悠紀子と僕は、小さい頃から仲良しで、当時はずっと一緒に遊んでいた。そのせいで、趣味が著しく被っている。しかし、中学に上がるころに、彼女はバンドを組み始めた。そして、僕は中学の頃から、文芸部に入った。
(どうして……今更、新しくバンドを組みたいなんて言い出したんだ?)
既に彼女はバンド、『ショック・スティール』というパンクバンドを組んでいる。ライブハウスでも演奏したりしているらしい。そこそこは人気があるはずだ。そう聞いている。
それに、音楽関係の話を僕にしても分からない。僕に分かるのは、太宰治の人生を読み解くことだろう。
「どうしたの? 松本君。悩み事?」
文芸部の先輩、流城遥さんは、パイプイスに座った僕の顔を覗き込んでいた。柔らかな表情の彼女は、自然に顔を近づけて、僕の心を読み解こうとする。長い黒髪がさらさらと流れ、その甘いにおいが僕の鼻腔をくすぐる。
「なんでもありませんよ、それより、新人賞に応募するって意気込んでた新作はできたんですか?」
「ふふっ、まだもう少し待ってね。もうちょっとで完成するから。そしたら一番に読ませてあげるっ」
文芸部には、それなりの部員がいるが、僕にとっては遥さん以外は目に映らない、そんな不思議な錯覚がした。
「それにしても、松本君は書かないの? 読んでばっかりじゃない」
「僕には、小説家になれるようなエキゾチックな人生経験はないんです。どうしたって、過去の文豪に劣りますよ」
「そりゃあ、名作を生み出す作家にすぐなれるわけじゃあないけれど。でも読んでたら書きたくならない?」
「僕はそうでもないですよ」
そういうと、遥さんは机に戻って、小説の続きを書き始めた。いまどき、手書きで執筆する人なんていないと思うが、彼女は天才的な機械オンチである。
カリカリと、規則正しい、子気味良い音を聞きながら、僕はページをめくった。
その日の、帰り。僕は校門の前で、悠紀子を見つけた。校門に背中を預け、下を俯き、まるで捨てられた子猫のような彼女に、少し面食らった。普段はこんな顔しない。絶対しない。いや、僕には見せない。
「どうした?」
短く聞いても、少し顔を上げ、なんでもないと、僕についてきた。どうやら帰るらしい。
「それで、その……バンドの話はどうなった?」
なんだか気まずくて、普段は悠紀子と一緒にいて黙ることなんて無くて、もし黙ってもそれが居心地悪く感じることなんか無いけど、今の僕は間を持たせようとするかのように、雑談を始める。話題が見当たらないので、咄嗟にバンドの話が出てしまった。僕が蒸し返す必要も無いのに。
「全然」
そして黙る。
それが気まずくて。
なんだか後ろめたい。
「秀のせいだから」
「僕のせい?」
聞き返しても、それぎり話をしてくれない。諦めて、黙々と歩いていると、悠紀子が僕の袖を引っ張った。頭一つ低い彼女の身長では、僕らは兄妹に見えるかもしれない。
「ねぇ、秀。文芸部楽しい?」
「えっ、うん。まぁ」
もう文芸部も中学を含めれば五年目だ。今更楽しいとかそういう感じではないけれど。
「じゃあ、あの先輩のこと……好きなの?」
「えっ……!?」
僕は、悠紀子につままれた袖口から、電流が流れるような衝撃が走った。
僕が、遥さんを?
悠紀子は……。
「わ、わからないよ……」
「そう、そうなんだ、そうなんだね。」
三回も。確認するように。望むように。縋るように。僕に求める。
もうあたりは暗い。夕陽が沈みかけている。そんな中、僕と悠紀子はつながったまま、歩く。幼馴染の二人。見えない何かでずっとつながっているような気がしてた。でも、僕は今、この手を振りほどいたら、永久に悠紀子との絆が切れてしまうような錯覚に陥った。通いなれた通学路が、つり橋のように思えた、その上を、僕ら二人は身を寄せてわたっているんだ。
家に帰り、部屋に入る。まず目に付くのは、ギブソンのレスポール。
れっきとした、エレキギターだ。
しかも、ヴィンテージといって、かなり高価なものだ。
もちろん、僕のものだ。
アンプもある。
エフェクターもある、コンパクトエフェクターを五個も六個も買い集めて、音作りに何時間もかけた。
パソコンには、オーディオインターフェイスがあって、ギターの音を録音したり編集したり出来る。
部屋を片付ける時には、ピックが十枚も出てきた。
つまり、僕はギターを弾いている。それも、ガチで。
悠紀子は知らないはずだ。言ってないから。
始めたきっかけは、中学の時、悠紀子が始めたからだ。でも、僕も始めたことを悠紀子に言わなかったのは、当時の僕はヘタクソだったからだ。彼女は既に、バンドを組んでいて、そこに入れてもらうには、僕の技量が足りないように思えた。というより、恥ずかしかった。彼女が演奏しているのを聴いて、見て、そして、彼女が既に僕の遥か先を行っていることを思い知らされた。彼女の隣には、僕がいるべきじゃない。そんな気がしたんだ。
翌日、僕は文芸部室にいた。いつものように、遥さんの隣で、本を読む。それは永久に続く楽園のような心地よさがある。
ふいに、遥さんが顔を寄せて、話しかけてきた。その仕草に、胸の奥が少し踊った。
「ねぇねぇ、松本君と、久遠ちゃんって付き合ってるの?」
「ええっ!? いや、ただの幼馴染ですけど」
「えー、でも、昨日久遠ちゃん校門の前で待ってたじゃない。その後一緒に帰ってさ。いいなー私も松本君みたいな彼氏欲しいなーって思ったんだよ?」
「もう、からかわないでくださいよ」
そう、軽く言い返したが、僕の胸の中は、楽園から、冷たい地面に叩きつけられたような心境だった。昨日の悠紀子の言葉が蘇る。
『……好きなの?』
僕はどうしたら良いんだろう。素直になろうとしても、分からないというのが素直な感情だ。そもそも、自分本位に捕らえすぎだ。彼女たちの心境を掴み取れない以上、軽率な判断を下すべきではない。……いや、他人の心境なんて、掴み取れることは無いのか。小説のように、モノローグが書かれているわけではない。他人が他人である以上、僕は外側から出しか、僕の知る彼女達しか捉えることが出来ない。
「小説は書きたくない?」
ふっ、っと、風が吹き抜けた。
「僕は……ギターが弾きたいです」
はっきりと、僕はそう答えた。それが、僕の答えだ。
体育館では、既に楽器のスタンバイが済んでいた。ドラムセットには、悠紀子のバンドのドラマーが。ベースも同じバンドの人だ。ギターを構える悠紀子。そして、僕は、愛用のギブソンを手に、その中に加わる。
「何かやりたい曲はある?」
悠紀子は高揚した顔で、僕に尋ねる。
「そうだなぁ。エリッククラプトンのLaylaかな」
「正式にはデレク・アンド・ザ・ドミノス名義だけどね。いいよ。やろう」
そうして、僕達の、僕達だけのライブが始った。
layla。邦題いとしのレイラは激しいギターの前半と、後半の美しいピアノイントロが合わさった名曲だが、今回はピアノが無いので、ギターアレンジとなった。ボーカルは、僕と悠紀子のツイン。息の合わさり方が、他の人とは違うだろう。僕らの絆を音楽に乗せ、確かめ合う。
演奏している時、僕は確かに僕を感じた。自分にしか出来ないこと。もしも、今。僕が演奏をやめれば、この一体感は消える。でも、それは逆説的に、自分が確実にここに必要とされていいると感じれる。その感覚が……楽しい!
僕らはそのまま、何曲も続けた。smells like teen sprit,Stairway to Heaven,I was born to love you ,I Don't Want to Miss a Thing 様々な曲をやって、いつの間にか体育館は観客で溢れていた。
「じゃあ最後の一曲でーす!」
悠紀子がマイクを握り、観客に告げる。
「何をやるの?」
僕の問いに、悠紀子は満面の笑みで答える。
―――――――…………。
ライブの後、駆けつけた先生になし崩しにお開きにされ、僕らはいそいそと片付けた。
それをこっそり抜け出し、体育館の外に出た。
心地よい風が、僕らを包む。
「なんで、僕がギター弾けるって知ってたのさ」
「聞こえたから。秀のサウンドが!」
荒削りな一発短編です。無性に短編が書きたくなって書いていました。
基本的には、知ったかぶりの音楽の話題なので、話半分に聞き流してください。
ライブのラストの曲は、好きな曲を想像してもらえればと思います。
こんな作品ですが、もしも読んでくれた人はありがとうございました!