手術室にて
「先生、今の発言は問題だと思います」
「な、なんだどうした、何が問題なんだ」
「確かに、私は女性ですが、この仕事と性別は関係ない筈です。それを、そんな汚らしい言葉で……酷い侮辱です。先生がそんな男女差別主義者だったとは思いませんでした」
「何の話だ」
「断固として、そんな呼び方をされるのは納得いきませんわ。私のことはこれまで通り、吉川くんとお呼び下さい」
「そんなことはわかってる。私が君に会ってから一週間たつが、他の呼び方で呼んだことがあったかね」
「今呼んだじゃないですか」
「今? ……私が何を言ったと言うんだ」
「ですからその……」
「何と言ったというんだ。はっきり言いたまえ」
「メス、と」
*
「なあ、吉川君」
「何でしょう先生」
「どうでもいい話なんだが……」
「……今は手術中ですよ先生」
「ああ、だがこんな手術は簡単すぎて、話でもしていないと退屈で寝てしまう」
「……わかりました。じゃあ込み入った話題でなければ」
「ドラえもんっているだろう」
「……先生、よろしいですか? あれは架空のもので実際にはいないんですよ」
「知ってるよ! そうじゃなくてだな……。いないけど、いるじゃないか」
「ああ……そうですね。先生はバカだけど、バカじゃないですよね」
「……」
「……あの、先生?」
「……まあいいだろう。そうだ、私はバカではない。だから気付いたんだよ」
「何にです?」
「あれ、ネコ型ロボットと言うじゃないか」
「みんながそう言うんならそうなんでしょう」
「でも、それは変だと思うんだ」
「何が変なんです?」
「いいか、例えばディズニーランドにミッキーマウスがいるじゃないか」
「いますね」
「そうだろ? たくさんいるだろ」
「たくさんはいないです。一人だけです」
「ああ、そうだったな。一匹だけだな。まあとにかく、あれを見てネズミの着ぐるみだ、とは言わないだろ?」
「言わないですね」
「そうだ。あれは、あくまでネズミをデフォルメしたキャラクター、ミッキーマウスの着ぐるみであって、」
「いえ、着ぐるみなんかじゃないです」
「……ああ面倒な人なんだな君は。じゃあそれでもいいが、とにかくあれはミッキーマウスの形をした……その、何かであって、ネズミの形をした何かではない」
「そうかもしれません」
「ドラえもんも同じだ」
「何が同じなんですか?」
「ドラえもんも、デザインは確かにネコらしい部分もある。だがネコ型とは言えない」
「どこがネコらしいんですか?」
「いやほら、ネコ耳だろう」
「ははは、先生、ドラえもんに耳はありませんよ」
「知ってるよ! ……だから、元々ついてた耳がネコの耳だと言ってるんだ。あとほら、ヒゲがあるし、鈴だってついてる」
「でも、それだけじゃないですか」
「そう、それだけなんだよ。つまり、全然ネコ型じゃないんだ。あれは、百歩譲ってネコをモチーフにデザインしたロボット、であって、ネコ型ロボットじゃあないと思うんだ」
「百歩?」
「え? ……ああ、百歩だ」
「それは譲りすぎだと思います。仮にも先生ともあろう人が。二十歩くらいにしておいてください」
「えーと、あれは、青く塗った雪ダルマであって、ネコ型ロボットじゃあない。」
「二十歩だと流石に譲歩してませんね……。じゃあ逆に、百二十歩くらい譲ったらどうなるんですか」
「あれはネコにインスパイアされたロボットであって、ネコ型ロボットじゃない」
「百五十歩では」
「あれはネコっぽいロボットだが、ネコ型ロボットじゃない」
「……いまいち差がよくわかりません。……思い切って二千歩くらい譲ってみたらどうなりますか」
「むしろネコこそがドラえもん型の哺乳動物だ」
「それは譲りすぎでは。主張がひっくり返ってるじゃないですか」
「そうだな。……話を戻していいか。要するに、あれをネコ型ロボットだと言ってしまうのは、トーマスを人型機関車だと言うくらい無理がある」
「でもほら、ソップ型」
「ソップ型?」
「ええ、ソップはスープのことで、スープのダシの鶏がらを指します。その鶏がらに変身して戦う力士をソップ型力士というんですよ」
「そんな力士がいるか」
「ええ、今はいません。ダシはとらずに化学調味料に頼る主婦が多くなりましたから」
「何の話だ。昔から、いるのは痩せた力士だろう。力士の体型を指して、太っているのをアンコ型、痩せているのをソップ型というんだ」
「知ってたんじゃないですか」
「一瞬何の話だかわからなかっただけだ。君は、概ねネコっぽければ、ネコ型と言っていいんじゃないかと言いたいんだな? だが、鶏がらそっくりな力士はいないが、ネコそっくりのロボットは作れるんだ。そこが違う」
「ネコみたいに、四足歩行で、毛を生やし、肉球を備え、気まぐれで、爪でカーテンをボロボロにし、人間みたいにトイレに行くのを珍しがられたりするタイプのロボットが、作れるわけですか」
「そういうことだ。二十二世紀にはそのくらい簡単だろう。ならばそのロボットこそ、ネコ型の名を冠するにふさわしい筈だ」
「二十二世紀に期待しすぎですよ。そこまでネコに近づいてないかもですよ」
「じゃあ何か? あの青ダルマが二十二世紀の技術力を傾けて全力でネコに近づけた結果だとでもいうのかね? その程度でネコ型を名乗ることは、断じて許さん」
「まあまあ、興奮しないで下さい。その右手に持った腸の切れ端を元に戻して」
「おっといかんいかん。話に夢中になって何を切ってるのかわからなくなっていた」
「先生、アシモを思い浮かべてみてください。あれは人間型と言われたりしますが、正直言って人間の形ではありません。むしろ宇宙服型のロボットです」
「あれは動きがヒトっぽいからいいんだ」
「じゃあ、ドラえもんだって、動きがネコっぽいならネコ型と呼んでいいことになります」
「そうかもしれん。だが、あれがネコっぽい動きをするところなんか見たことないぞ」
「……そうですね。どちらかというと、ヒトの動きですよね」
「……そうだろう」
「じゃあ、ヒト型ロボットだったんですね」
「いや待ってくれ、そういう結論になる筈じゃあなかったんだが」
「未来から来たヒト型ロボットか……」
「普通だな」
「いえ、未来から来たあたりが普通でもないです」
「妹はネコ耳をつけたヒト型ロボットになるな」
「萌えますね」
「いや。全然」
「でもあれは耳じゃなくてリボンですよ、たしか」
「まあ、ヒトのつけるネコ耳なんて、そもそもリボンみたいなものだ」
「でも、ヒトのような動きをしていれば何でもヒト型なんですか?」
「そう言ってもいいのかもしれん。確か……エヴァだって、汎用ヒト型なんとかかんとかだったろう」
「汎用人型決戦兵器ですが、そもそもあれは人造人間です」
「そうなのか、じゃああれだ、ガンダムは」
「あれはモビルスーツであって……」
「わかったわかった。君、メスで患者の身体に説明図を書くのはやめたまえ」
「……先生」
「なんだ?」
「私、大変なことに気づいてしまいました」
「なんだ」
「そうすると、ミッキーも……」
「はっ」
「そうなんです。あの動き、ネズミ型というよりも……」
「ああ、あれもヒト型だな」
「ミッキーも、ドナルドも、グーフィーも……」
「ああ、ミニーもデイジーもだ」
「スクルージも、プルートも……」
「いやプルートは違う。イヌ型だ」
「あ、そういえばそうですね」
「イーヨーもだ」
「イーヨーはどうでもイーヨー」
「うん死んだらどうかね考えてみればゴジラだってヒト型なんだな」
「死にませんよどこがヒト型なんですか」
「だって二足歩行してるんだぞ」
「そんなこと言ったらプレーリードッグだってそうじゃないですか」
「じゃあ、あれもヒト型の哺乳類だな」
「そういえば、昔見た、オズの魔法使いのミュージカルにもヒト型の動物が出てきました。走り回り、歌い、手をつないで踊る……あのライオンもヒト型の哺乳類だったんですね」
「というか着ぐる……じゃなかった、まあそうだな、ヒト型ということだな」
*
「先生、患者が目を覚ましました」
「おおそうか。……おい君、気分はどうだ? 声は聞こえるかね? この手は何本に見える?」
「手は一本です、先生」
「吉川くんは黙っていなさい」
「お、おい……ここはどこなんだ。俺は……そうだ、トラックに突っ込んで……。ここはどこだ……」
「手術室だよ。君は交通事故を起こして、昨日ここに運ばれてきたんだ。不運にもな」
「そうだったのか……見たところ医者のようだな。あんたが俺を助けてくれたの…………今、不運って?」
「ここは病院じゃない。我々秘密結社ライトライフ団のアジトだ」
「ひみつけっしゃ……?」
「ああ、心配しなくていい。手術はもちろん君の命を助ける為のものだ。改造はそのついでだ」
「……か、かいぞうってなんだおい」
「まあ大したことじゃない。ところで呼吸はうまくできるかね? 陸上でもエラ呼吸ができるかどうかの」
「先生、質問なんですが」
「なんだ吉川君、質問は患者への説明が終わってからにしたまえ」
「ちょっとちょっと、エラ呼吸って何なん」
「先生、どうしても今聞きたいんです。この秘密結社の名前のライトライフってどういう意味ですか?」
「軽い命という意味だ。……えーと、どこまで説明したかな」
「か、軽い命って……お、おい、何をしたんだアンタたち、俺の体にどんな改造をしたんだ!? エラ呼吸って……俺はちゃんと人間の体をしてるんだろうな!? おい!」
「ちょっと落ち着いてください。先生の腕は確かです。あなただって、ぶはっ」
「お、おい、あんた、何を肩震わせて笑いをこらえてんだよ! 人の顔直視して笑ってんじゃねえよ!」
医者は、ベッドに横になったままの男の肩に手をおいて、ニッコリと微笑んだ。
「大丈夫、君はヒト型だよ」