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第2次火星戦争 太陽系外へ ビヨンド・ザ・ソーラー・システム~その1

ノストラパディアは理性に勝る人類科学の結果だった。そのために目覚ましい発展を遂げていた。しかし地球では独裁者アーキム・ムフタールはミュータントと接し、次第に体調を壊していく。

ノストラパディアではヘンリー・ヤコブの遺伝子を有する若者マルコフ・ペテルスが誕生し、来るべき地球との決着に向けて動き出していく

アブラハム・アギーレ   初代ノストラパディア大統領

カリストゥス・アグリゴラ 2代大統領

グレゴリウス・バルブス  地球情報省長官

テオドロス・ベロナ    防衛相

グイド・セルギウス    科学相

マルコフ・ペテルス    ヘンリー・ヤコブの遺伝子を有する若者

アーキム・ムフタール   地球帝国皇帝

サドル・ムフタール    アーキムの甥

イロナ・フェケテ     ミュータント




ノストラパディアの建国以来ノストラ人たちの勢いは目覚ましかった。ナヴィスノストラは解体され、その巨大で膨大な外壁はそのまま地上でのドームの外壁に転用された。そして船内にあったあらゆる施設もそのまま転用されたので、当初のテント時代のみ不自由だっただけで済んだ。

元々どのような住居にするかということは火星の段階ですでに決まっていたので、何のトラブルもなく進んでいき、2年後の地球歴3056年にはほぼ完成していた。さらに室内農場も完成し、新鮮な野菜も摂取できるようになっていた。ただ、良質なたんぱく質だけは家畜の再構築に時間を要していたので、この時点ではまだ船内時代のキューブでのみ補っていた。



しばらくは最後の担当者が行政を行っていたが、ある程度完成した時点でイブからの提案があり、ノストラパディアでの最初の選挙が行われた。各担当ブロックごとに首相を選び、組閣が行われた。その上で、ノストラ人としての大統領を決めることになった。その結果、アブラハム・アギーレが初代大統領に選ばれた。

アブラハムが最初に取りかかったことは、地球の情勢を分析することと、新たな人材養成だった。地球の情勢は同タイプの量子コンピューターがもつれ現象を起こしていたので、ほとんどタイムロスなく情報を得ることができていた。

「そうか、やっぱり帝政になり、独裁になったか。」

「それも相当です。あのアーキム・ムフタールはスターリンの再来とも呼ばれているようです。」

ベアトリクスは組閣には入らず、地球情報を得るだけで満足していた。アーキムは数々の仕掛けを行い、ナポレオン3世に倣って地球人類すべての投票によって、第2帝政を開始していた。

アーキムが最初に行ったのは、最後まで抵抗していた北米の弾圧だった。そのためにアーキムは政府主導のメディアをフル活用して、北米を散々な悪政を行っていたと決めつけて宣伝した。その結果、地球上の誰もが当然だと思うようになっていた。その手法をそのまま用いて、旧ロシア、旧中国も同様に粛清された。

アブラハムは眉をひそめた。このままでは確実に、第二帝政はノストラパディアを発見し、攻撃してくることは間違いなかった。

「となると、早急に次の組閣をしなければならないな。イブ、私は次にカリストゥス・アグリゴラを推薦すべきと思うが。」

『彼はずっとあなたを補佐していましたし、適切な人選かと思います。いずれは正式な選挙で選ばなければなりませんが、今はまだ適切ではありません。』

「私の内閣は創成期内閣として登録しておきたい。ナヴィスノストラを解体して、地上に都市を作って基礎を作るまでだ。君が言っていた、ヘンリー・ヤコブの遺伝子を組み込むプランはどうなっている?」

『もちろん進めています。もう誕生していますよ。科学相グイド・セルギウスがマリア・ペテルスとの間にできた子供マルコフに入れています。火星最初の大統領クリス・マルコフにも入っていますが、彼の遺伝子はまだ保存しています。いずれはマルコフ・ペテルスの遺伝子も復活するでしょう。』

「わかった。ありがとうイブ。」

アブラハムは大統領の任期を6年と定め、その選定はイブが行うこととした。内政を首相と内閣が行い、対地球には大統領があたる。そしてグイド・セルギウスによる正式な大統領が誕生し、各担当部署から選抜して官僚とすることになった。さらに大統領自身の組織としてヘンリー・ヤコブから始まるノストラ人の偉人たちと直に会話できる『マンニャ・ヴォックス』の管理組織を創生した。イブの中に人格プログラムも入っているので、子供たちの教育機関のひとつとして機能させることにした。

グイドが取りかかったのは、ノストラ宇宙軍の創設だった。いずれ地球の第2帝政とは戦わなければならない。そのための軍隊だ。火星政府時代に、地下に大量の無人艦隊を隠してはいたが、どうなるかわからないのが未来だ。

さらにアブラハムとイブが話していたように、ヘンリー・ヤコブの遺伝子を持つ赤子はすでに6年前に誕生していた。名をマルコフ・ペテルスと言う。子がいない夫婦に卵子精子を与え、出産できるシステムは航行中にすでに行われていて、ギリシャ系の夫と日本系の妻の間に誕生した。マルコフはすでに優秀な人材として育成されていた。

こうして、ノストラパディアは来るべき未来に備えていた。



3056年、アーキムは焦っていた。いくら叩いても、民族ナショナリズムと宗教は湧きおこってきていた。自分の周囲にはイエスマンしか残っておらず、結果としてアーキムの意見が全てになっていた。それなのに現在の状況は我慢ならぬものでもあった。酒量も増えていた。




アーキムによる独立勢力潰しはエスカレートしていき、地域住民の全員抹殺指令なども出されていた。ハンガリーのティサ湖岸は変わらず繁栄していたが、空気感は重かった。

ノーメン帝国に告ぐ第2地球帝国として宣言し、かなり操作して人民投票で皇帝に選出された時には全世界が大歓迎していたのだが、その喜びと希望はたちまち打ち砕かれた。アーキムは自分が創設したメディアでさえ容赦なかった。

大衆雑誌『テラスタイムス』は散々アーキムを持ち上げ、大衆にムフタール帝国がいかに優れているかを植え付ける作業を行ってきていた。だが、アーキムのジェノサイドに関してほんの少しだけ、相手を思いやる記事を書いただけで、アーキムは非情にも別のメディアを立ち上げて『テラスタイムス』がどれだけくだらないのかを書かせ、お抱え記者を名指しで攻撃した。その記者は絶望し、最後の記事を書いて自ら生存をやめた。




また、アーキムはミュータント対策にも手を回していた。地球の能力者たちをミュータントと決めつけ、次々に逮捕していった。なぜそこまでやったのかは、『テラスタイムス』記者アルバート・フェルドマンが記事の中で、実はアーキム自身がミュータント的能力を持っていると暴露したことによって明らかになった。

「あまりにもひどい・・・私はこれまでアーキムを称え、彼と共和国こそが人類の未来だと信じて記事を書いてきた。ところがどうだ!この社会の混乱ぶりを一体誰が予想したであろう。我々は共和国による自由で明るい未来を夢見ていた。だがあの突然の新帝国宣言により、地球はかつて経験していない最悪の大混乱をきたしている。ムフタール軍は精神侵入を許さない防御装置を開発し、ミュータントたちを次々に捕獲している。彼らは子孫を残させずに自然殲滅という刑を課せられている。能力カットの刑務所に囲まれて生活させられている。今から思えば、アーキム・ムフタールは最初からミュータントたちを使い捨てにするつもりでいた。彼もまた特殊能力を有しており、しかしそれを知る者はいない。全て抹殺された。彼の側近たちはいずれも是対服従を植え付けられた者たちで、能力と機械によるシャットアウトで徐々にミュータントとGBDは駆逐されつつある。我々メディアにおいても圧迫が始まっている。大手のアースビットやギャラクシアンインテリジェンスは廃刊に追い込まれている。我々は弱小メディアであるので見逃されているが、それも時間の問題だろう。国家は依然として存在しているが、形骸化が進行していて、帝国派遣の長官たちが事実上のトップとなっている。あらゆるところで戦闘が起こっており、ある学者は『大いなる混乱』と称している。かつての北アメリカの栄光を知る者にとっては、目の前に広がる破壊と荒廃の風景は見たくないであろう。新帝国は国家尊重法を維持すると言っているが、この現実の前では絵空事にすぎない。戦った敵ノストラパディアは侵略しなかった。彼らの方が遥かに人間的ではなかろうか。我々の情報筋は身を隠しているミュータントたちが反撃の機会を狙っているとしているが、もしそうであれば一刻も早くこの史上最悪帝国を滅してほしいものだ。噂では宇宙軍空母が消えたとも言われている。ああ神よ・・・。」

この記事の中でノストラパディアの名が出てきている。つまりそれは、アーキムの特殊能力が発揮され、ノストラ人がまだ無事だと言う事実を知っていたことを意味する。事実アーキムは甥のサドル・ムフタールに語っている。

「サドル、火星政府はまだ残っている。」

「え?どういうこと?」

「俺の能力は知っているだろう。あいつらはもう太陽系にいない。どこかの惑星で生き残っている。」

「でも陛下、どうやって太陽系を脱出できたと?カイパーベルトを越えるだけでも大変なのに、しかも系外航行でどこかの惑星に行ったと?一番近いケンタウリにしても4光年以上かかる。不可能でしょ。」

「あいつらは元々科学者たちがメインの者たちで、当初から我々を圧倒していた。どうやって脱出したかまではわからん。だが間違いない。お前は宇宙軍の編成を急げ。抵抗する奴らは俺が倒す。お前は宇宙軍を再編し、系外まで行く手段を考えろ。いいな。」

「わかりました。」

サドルが去った後で、アーキムは持っていたシェリー酒のグラスを床に叩きつけた。割れたグラスを踏みつけ、何かに憑かれたように叫び続けた。

「何が火星だ!何が人類だ!殺してやる!俺に逆らう奴は全部殺してやる!」



カリストゥス・アグリゴラは大統領府で政務を執っていた。ノストラ人は各自やるべきことが明確なので、トラブルと言えば環境対策と生物対策くらいだった。ノストラ人は徹底して微生物などを持ち込まないようにしていたのだが、クルーの1人が身につけていた祖母の遺品というウィッグの中に紛れていた何かの微生物が休眠状態だった。それがノストラパディアの環境に適応してしまい、食用キューブを栄養として新種が誕生してしまった。

その生物は平べったい毛むくじゃらで、プラントの地面に潜んで暮らすようになった。だが全く何も影響を与えなかった。彼らは主に地表に落ちたプラントの葉や実を摂取するので、逆にプラントは清潔に保たれていた。彼らの排泄物はそのままプラントの栄養となった。




ノストラ人の1人が存在に気がつき、しかも非常に人間に懐く性質であると判って、たちまちペットとしてノストラ人たちに愛されるようになった。彼らは自然とバルバディスと呼ばれるようになっていった。

ノストラパディアには衛星はなく、したがって火山活動もほとんどない。ただ時々強い風が吹いて、砂嵐になることがあるくらいだ。1日は19.5時間であり、したがって地球歴とノストラ歴を使い分ける必要があった。

カリストゥス・アグリゴラ大統領はこの日、地球情報省長官グレゴリウス・バルブスと防衛相テオドロス・ベロナを交えて話し合っていた。

「なるほど・・・アーキム・ムフタールの治世はそんなにひどいのか。」

「ひどいという表現では足りないかもしれない。現に独立域が消えている。帝国軍が一斉攻撃したらしい。あらゆる情報統制がなされていて、我々がもつれ現象で得たのは、個人の端末からだ。情報ネットに接続していないので、情報量も情報質も問題ない。旧ロシアが急速に帝国化していったのを、これも殲滅させている。しかも、アーキムは火星戦争で我々を負かしたと喧伝してはいるが、どうやら本人はそうではないとわかっているようだ。甥で次期皇帝のサドルに火星を探索させている。今のところ地下の艦隊には気がついていない。おまけに、アーキムは太陽系内に植民させる計画を立てて、火星はもちろん、木星や土星の衛星探査を始めている。オベロンで我々が残しておいた施設やコンピューターに気づけば、地球は我々に攻撃してくることは間違いない。おそらくだが、我々のヒッグスレス装置に似た恒星間航行方式を考えるはずだ。」




グレゴリウスは一気に話した。地球の情勢がかなり速いスピードで変化しているためだ。グレゴリウスはコンピューターに命令した。

「この1年の地球の情報を流せ。」

コンピューターには動画で、様々な情報を流した。ムフタールがどうやってジェノサイドを行ったのか、火星探査の流れ、宇宙艦隊の情報などを20分流し、カリストゥスもテオドロスもじっくり見た。

「なるほどな。新しい艦隊は機動力よりも破壊力優先というわけか。こういうところもムフタールらしいところだな。」

「テオドロス、現在我々は艦隊を所有していない。対策はどうするんだ?」

「大統領、防衛相では艦隊戦を想定していません。」

「どういうことだ?」

「まず、彼らがノストラパディアに到達するまで10年は必要でしょう。それまで帝国が健在であれば、の話ですが。我々は艦隊攻撃の前にケンタウリ最外縁で防衛できるでしょう。その間に開発建造は可能ですが、非効率で無駄です。それよりも、火星に置いてある対戦コンピューターがどれだけこちらで操作できるかを考えるべきでしょう。彼らに動きがあれば、すぐにでも攻撃できる態勢を構築できるかにかかっています。」

カリストゥスは愛用のメガネをはずして拭いた。単なるクセなのだが、グイドがこうする場合は何か考えているのだ。

「そうか。よくわかった。君たちはその方向でさらに精度を上げてくれ。私はこれからマルコフ・ペテルスと話さなければならない。」

「え?あのマルコフ・ペテルスですか?」

「グレゴリウスもよく知っているだろう。彼はヘンリー・ヤコブの遺伝子を有している。しかも相当に優秀だ。彼ももう20歳になる。意味がわかるな。」

ノストラ人にとって、唯一の神はヘンリー・ヤコブだ。その遺伝子を有し、幼少のころから徹底した教育を受けていたマルコフの存在は、ノストラ人たちの間では常に話題になっていた。いずれノストラパディアを牽引する存在になると言われていた。その名が大統領の口から出てきたと言うことは、いよいよマルコフが表舞台に出てくることを意味していた。

会議が終わり、カリストゥスは大統領府から伸びているチューブに入った。これは超電導を利用した高速移動システムであり、ヒッグスレス装置も内蔵したチューブカーに乗ってほぼ瞬時に移動する。ノストラパディアではかなり頻繁に使用されている。グイドが都市の外縁部にある施設に入っていった。

その施設は少し大きめの体育館ほどあり、中には居住空間からスポーツ施設まで揃っていた。そしてここは、マルコフ・ペテルス専用施設なのだ。カリストゥスは中に入り、ドアに指を押し当てた。生体認証が行われ、ドアは開いた。そしてさらにドアがあり、コールシステムがあった。

「マルコフ、カリストゥスだ。入っていいかね?」

『大統領はいつでも大丈夫ですよ。』

中から若い男性の声がした。カリストゥスは中に入っていった。そこは居住空間であり、やたら植物があった。

「相変わらず植物が好きなんだな、君は。」

「ホログラムですからね。では、解除します。」

植物は瞬時に消え、コンピューターとリラックスベッドだけのシンプルな部屋が現れた。そしてそこに、白いタートルネックシャツの長身男性が立っていた。

「お久しぶりです、大統領。」





「君は現在、何の研究を行っているんだね?」

「意識データとアンドロイドの完全シンクロです。これまでの適合ではどうしても不具合が生じてきて、1時間が限界と言われていました。平均ではなんと27分です。これでは使い物になりません。」

カリストゥスはマルコフ・ペテルスの私室で合成コーヒーを飲んでいた。火星からここまでの間に科学者たちが徹底的に分析して作り上げたもので、栽培コーヒーと遜色ないものに仕上がっていた。

「これはまた美味いな・・・どう手を加えたんだ?」

「簡単ですよ。雑味を分析して加えただけです。この雑味こそが美味さです。学者たちはそこがわかっていないようだ。」

「雑味か・・・それも、アンドロイドとのシンクロに通じるのか?」

「そうです。私は以前から不満に思っていたことは、人間の意識データを階層的に分析しないといけないということです。そのデータ化は非常に困難でしたが、イブと共同でようやく完成しそうです。」

「階層的とは?」

「今までは潜在意識は肉体任せでした。データさえ移植できればそれで良しとされてきましたし、確かにそれは正しいのです。しかしそれでは、ヘンリー・ヤコブが行ったイブの人格表現におけるバグの説明がつきません。イブ自身も解決できませんでした。それで私は、顕在意識と潜在意識に意識データを分けることから始めました。そのためには遺伝子の解析を根本から取り組まなければなりません。そのヒントは、ヘンリーの遺伝子そのものにありました。」

カリストゥスはお気に入りのメガネに手をかけて位置修正を行った。すでに眼鏡など使う必要はなくなっていたのだが、カリストゥスはこのクラシックなスタイルが気に入っていた。

「ヘンリーの遺伝子だと?君はそこに手をつけたのか!」

「そうです。彼の意識データ化は画期的でしたが、そのプログラム自体に問題があったのです。つまり、ヘンリー自身のクセがそのままイブを作る時に、手を加えていたわけです。芸術家が彫刻をする場合、芸術家の個性が現れて完成されますよね。ヘンリーは最高の学者でしたが、芸術的でもありました。だからこそ、ヘンリーは遺伝子Ⅿを持つイブを妻にできたと思うのです。非常に不安定でしたからね、彼女は。しかしそれでは、ことシンクロとなると邪魔でしかありません。私はイブと話しながら、彼女自身で自分のバグを修正するようにしました。イブそのものには手を加えていませんが、イブがシンクロを適正化するヒントを見つけてくれました。それがこれです。」

マルコフはホログラフを展開した。そこに一見複雑な図形が表示された。

「私は学者ではないのでよくわからんが、これは何をどう表しているのかね?」

「まずこの大元になったのは、基本的な人間の意識を階層的に表現したものです。これをもう少し単純化すると、こうなります。」

図形は少しわかりやすくなった。

「基本的には人間は進化する生物です。そのために直立歩行して脳が独自に発達するようになりました。ですから、まず基本的なベースは現人類の基本形です。それが南極で発見されたホミネス・アンタルクティチです。これが最初に直立歩行して、進化スピードが速くなった原点です。それまでの人類が有していた宗教や死後世界などの概念を明らかにしています。ここを起点として考えれば、人類の基本的な階層はたった3つに分類されます。それは、ここに表しているもので、生殖可能な思考と肉体条件が揃う階層、生殖が非常に盛んになる壮年階層、それと生殖不可能になる老後の3つです。しかしそれだけでは無理があります。これでは進化できません。ですから、人類の全ての歴史や文化などを詰め込んだデータベースを作り、そこにイブと接続してみました。すると、こうなります。」

マルコフは左腕に右手を置き、肩関節から外してみせた。グイドは驚いた。

「なんだと!じゃあこれは・・・アンドロイドなのか!」

「あははは、そうですよ。」

マルコフが絵画ウォールの背後から現れた。そしてIFPのスイッチを入れた。アンドロイドの表面は消え、アンドロイドの骨格が現れた。

「これは・・・すごいな。全く違和感なかった。これでシンクロ率はどれくらいなんだね?」




「そうですね・・・まだ48%ちょっとでしょうか。皮膚感などはホログラフを自身に投影できるようにしています。この段階ではまだ生殖もできませんし、感情も表現できません。改良すべき点です。」

「生殖だと?アンドロイドでか?さすがマルコフだ。すごいな、君は。」

カリストゥスはアンドロイドに手を伸ばした。すでに意識はカットされているので、変化はなかった。

「アンドロイドの世界を・・・君は作りたいのか?」

「ある意味そうです。これからは宇宙航行中にも子供を持てるようにして、完成した意識データを帰還してから肉体化できればいいと思いませんか?」

「いやはや、参ったよ。」

カリストゥスは眼鏡を外して汚れを拭いた。

「君はそこまで考えているとはな。だが、今回君に訊ねたいことは別にあるんだ。」

「地球帝国のことでしょうか?」

「そうだ。どうやら帝国皇帝アーキム・ムフタールは火星探査を始めたらしい。そして我々が火星にはいないことを知れば、太陽系外にいると判断することは不思議ではない。彼らは我々を人類共通の敵として地球人類に喧伝している。いずれは衝突するだろう。その点についてだ。」

マルコフは首を軽く傾げて、肩を上げた。

「当然でしょうね。私がこれを急いだのも、それを想定してのことでもあります。実際に戦闘が行われるとすれば、アンドロイドを乗船させる必要性も出てくるでしょう。破壊されれば、常に同期しているターミナルに切り替われば本人は無事です。それに、生命体が乗船していなければさらに早く地球に行けます。」

「やはりそこも考えていたか。では問う。いつ戦闘になると思う?」

「アーキム生存中はないでしょうね。彼の遺伝子情報もできるかぎり分析してみましたが、健康状態がよろしくない上に、彼は遺伝子Ⅿを有しています。自分の内なる力で、いずれは肉体維持できなくなるでしょう。つまり、さほど長く生きることはできないと言う事です。甥がいましたよね。彼は地球の大混乱を収拾するために我々に戦いを挑む必要があります。高確率で考えられるのは、以前にアーキムがやったような疑似戦闘です。そのタイミングで我々が地球艦隊を殲滅することが最高のタイミングでしょう。地球を統べることまでは無理ですが、少なくとも同盟もしくは停戦状態に持っていくことは可能でしょう。」

マルコフはアンドロイドを移動させ、専用収納に納めた。

「私が行ってきたシンクロの考え方、研究成果をぜひ活かしてください。」

「もちろんだ。よろしく頼むよ。ああ、それから、君が次期大統領の予定だ。」



3066年、マルコフ・ペテルスが予言したように、アーキム・ムフタールの肉体は急速に悪化していた。全身に浮腫みが発生し、毎日のように服を変えなくてはならなくなっていた。血圧の上昇も激しく、降圧剤を服用しても立ち眩みしているので、公的な場に出る時には下半身に歩行機を装着して、それもごく短くにしていた。

ここしばらくはほとんど甥が行っていて、報道官が主に発表していたのでアーキムは生存を民に知らせるためのみだった。民の間ではあれはホログラフだとか整形した代理人だとかの噂は絶えなかった。その民でさえ、至る所で独立紛争が発生していたので、禁止されてはいたのだが国家を形成するしかなくなってきていた。

サドルはできるだけアーキムの元を訪れるようにしていたのだが、面会すら拒否されることも多かった。そして会うごとに衰えていくアーキムを見るのだった。

「陛下、今日のお具合よろしいのですか?」

『ああサドル・・・入りなさい。』

扉が開き、サドルはアーキムの寝室に入っていった。中にはアンドロイドや介護用ロボットがいて、サドルが入室すると部屋の隅に移動していった。奥にある豪華なベッドには老いたアーキムが腰を降ろしていた。




「陛下、この機械だけで世話は大丈夫ですか?」

「問題はない。イライラしても気を使わんでいい。数体は壊してしまったがね。」

サドルは持参した最高級貴腐ワインをテーブルに置いた。

「これを手に入れました。平均寿命が高い日本のワインです。」

「日本のか。あそこは最近どうだ?」

「文化的にも民族的にも安定はしています。以前のテラ帝国もずっと一部として取り組もうとしてきましたが、結果無駄でした。あそこは放っておいて協力させるしかないところです。我々も同様で、あそこと北米は事実上の独立国にせざるを得ません。」

「・・・そうだろうな。私もあれこれ手を打ったが、日本は難しい。北米はどうだ?それから中露は?」

「まあ、陛下。まずは一杯いかがです?」

サドルはワインを開けて、グラスに注いで渡した。そしてグラスを合わせて飲んだ。

「ほお・・・口当たりが爽やかですっきりしている。奥底に甘味を感じるが、ブドウの香りがまるで桜のようだ。この前のは酸味が強すぎたが、さすがだな、日本は。」

「相変わらず、ワインには手厳しい。それだけ認められて嬉しいです。」

サドルは誤魔化したが、すでに中露も独立紛争は各地で行われていた。頭を悩ませていたのだが、今のアーキムに問題解決助言を求めるのは意味がなかった。サドルはベッドに腰を降ろした。

「それよりも陛下、何か心配事があると?火星の事でしょうか?」

「ああ、そうだ。あれからどうなった?」

「もう長く探査させていますが、特に変わったことはないです。奴らの施設はそのまま我々のものとして活用していますが、プラント跡地は使い物にならず、酸素発生も簡単ではありません。やつらはどうやって火星で酸素を供給していたのか、まるでわかりません。」

「それでは生活していた痕跡はあるんだな?」

「それは残っています。」

「そうか・・・では、まだ火星戦争については何の進展もない、ということなんだな。」

「そうです。しかしなぜ火星にこだわるんです?一応まだ奴らが残っていて抵抗しているとしていますが、全滅したとしか思えないのです。」

アーキムは部屋の隅に声をかけた。

「ゴレム、咳止めを用意。」

隅にいた介護ロボットがやってきて、水が入ったコップと薬をアーキムに差し出した。アーキムは飲んでため息をついた。

「ふう・・・もう私も長くなさそうだ。」

「陛下、まだまだご助言をいただかねば。」

「まあいい。お前たちにはキングハンがある。助言はあれから貰えばいい。バージョンアップはできているんだろう?」

「ええ、もちろんです。」

「そうか・・・前からお前には伝えておかねばならないと思っていたことがあってな。いい機会だ。話しておこう。」

アーキムはIFPでサドルにイメージを伝えた。

「これは、ミュータントのSⅬEじゃないですか?」

「そうだ。奴らの思念エネルギーのことは話したな。」

「え、ええ。」

「こいつらは思念エネルギーで生きて・・・いや、違うな。我々が思っている生存とは別の生命体になってしまっている。なぜそれがわかるのかと言えば、地球にも奴らの思念を受け止める能力者たちがいる。私の時にほぼ集めて、彼らだけのコミュニティを作らせていた。ミュータントが我々に対して、少なくとも攻撃的ではないことを確認したかったからだ。だが、結果的には間違いだったとわかった。」

「どう、間違えておられたのですか?」

「ミュータントたちは思念を漏らしているだけではなく、こちらの能力者たちの思念を受け取っていたようなんだ。」

IFPでは、能力者たちとミュータントたちのささやかな交流がイメージとして展開されていた。ミュータントたちは白い霧の中で困惑しているようだ。




「このイメージは・・・。」

「ミュータントたちは、地球があまりにも変わってしまったことに、衝撃を受けている。彼らにとっては、地球共同体時代のことしかイメージにないようでね。今のイメージでわかるように、彼らは多少混乱している。その混乱した思念を、我々の能力者たちが受け取った。ミュータントたちの思念エネルギーは、降り注ぐ宇宙線と同様に我々に影響を与えている。この状態では、もし戦闘になったとしても到底勝ちはできまい。ミュータントたちにとってしっくりくるのは、我々ではなく火星政府の者たちだからだ。ミュータントは火星政府に想いを寄せるだろう。だがそれは、そのまま味方するに等しいことなんだ。意味がわかるか?私が火星にこだわるのはそうした理由からなのだ。」

サドルは眉をひそめた。

「しかし、火星には何もないのですよ?」

「人間が居住可能なのは、もはや火星だけではあるまい。木星や土星の惑星でも可能だと学者が申しておった。SⅬEがあるのだ、資源さえ確保できれば生存できる。」

「あ・・・それでは早急に探査をさせます。」

「ああ・・・急げ。多少のことは私が対処する。それでは・・・行きなさい。私は少し休む。」

サドルは出て行き、アーキムは介護ロボットに手伝わせてベッドに横になった。だが、寝ることはできなかった。なぜなら、アーキムもミュータントたちの思念を受け取ることができたからだ。



カリストゥスがマルコフ・ペテルスを伴って全体会議に出席したのは、アンドロイドのシンクロを知って間もなくのことだった。会議は当然リモートなのだが、カリストゥスだけがワイド画面になっていた。グイドの横画面には初代大統領のアブラハム・アギーレがオブザーバーとして映っていた。執行部が全員揃ったところで、防衛相テオドロス・ベロナが宣言した。

『これより、今期2度目の執行部会議を行います。』

開会宣言は、執行部が交代で行うようになっていた。そして進行役も兼ねる。

『それでは、大統領よりお願いします。』

IFPで情報の交換は普通にできるのだが、執行部会議や全体会議では使用しない。非効率的なのだが、ノストラ人たちが人間であると実感できるようにとの配慮からだった。

「カリストゥスだ。かねてよりIFPで伝えていた通り、緊急の要件なので許してほしい。まずは、テラフォーミングの件から確認しよう。」

環境相からの提言、エネルギー相からのケンタウリ宇宙線の状態、子孫相からの混血状況と続き、執行部全員一致が続いた。会議とはいえ、ほぼ状況確認ばかりだ。普段からIFP共有が行われているので、会議での思考時間は少ない。

『では、ここからは大統領に進行をお任せします。』

「テオドロス、ありがとう。まず、皆さんに紹介したい人物がいる。こちらだ、マルコフ・ぺテルス。」

IFPからでも画面からでも、執行部全員から驚きが伝わってきた。環境相からメッセージが伝わってきた。

『これがあのマルコフか・・・ヘンリー・ヤコブの遺伝子を持つ男。』

「そうだ。皆さんはすでに承知のことと思う。ノストラパディアに到達することが条件ではあったが、かねてよりイブの中にヘンリーの遺言としてインプットされていたことだ。純粋さを要求されるので、皆さんとは隔離して育成させてもらっていた。ではなぜ、ノストラパディアに到達してからでなければならなかったのか、そしてなぜヘンリー・ヤコブの遺伝子が必要だったのかを説明しよう。」

カリストゥスは別画面にヘンリーの映像を映し出した。この映像は、全員が知らないものだった。ヘンリーはパソコンを操作していたが、そのまま語りだした。

『私はヘンリー・ヤコブだ。この映像はイブに保存され、来るべき時に再現されるようにする。その来るべき時とは、太陽系を離れ、おそらくケンタウリ星系に移住できた時でなければならない。なぜなら、数世代に渡ってあなた方は地球外で過ごしているはずだ。私たちがあなた方を選抜した時点でこれは決まっていた。あなた方は、選ばれた民だ。他にもミュータントという選ばれたグループがいるのだが、彼らはすでに人類ではない国家運営の主義もない。だから未来を託せるのです。』

ヘンリーは紅茶を一口飲んで続けた。

『私はユダヤ人だが、狂信的なユダヤ教徒ではない。しかし少なくとも宗教儀礼は行っている。だから私自身には未来をどうこうは言えない。おそらく、あなた方が移住する星は、ケンタウリのアルファだと予想した。諸々の観察と考察により、そこでは少しばかり地球より重力が低いと思う。この少しの差が、あなた方にとっては大変なことになる。なぜなら、あなた方はそこまでの順応力がない。ギガメタルで疑似重力があるとはいえ、定期的に交換しなければならないはずだ。いずれギガメタルも不要になり、アルファで完全に適応する。つまり、あなた方はもはや人類ではなくなる。おそらくすでに、脳容量が増えているはずだ。』

グイド・セルギウスがつぶやいた。

「・・・その通りだ。」

『つまりだ。あなた方は今後ノストラパディアから離れることは不可能になる。しかし、決して悲観することではない。あなた方には時間は必要だが、テラフォーミングも完遂できるだろう。そしてより繁栄すると思う。素敵な未来を、私も見てみたいものだよ。だが、問題は地球人だ。あなた方とは違い、残された人類は非常に感情的だ。ということは、常に怯えている。その怯えこそが、人類を進化させてきたのだから仕方がない。そうなると、彼らは常に外部に敵を求める。そして怯える。その結果として、彼らはあなた方の存在を認めようとはしないだろう。その結果、戦争と言う行為に及ぶ確率は非常に高くなる。』

アブラハムからIFPでつぶやきが伝わってきた。

『火星戦争、か。』

『おそらくだが、あなた方には政府という概念は必要ないと予想する。あれは理性の高低差がある場合に必要だからだ。あなた方はひとつの民族でひとつの政府だとなっている。だが、そのままでは地球人には勝てない。原始的な狂暴さというものを、あなた方は持ち合わせていないからだ。だから私は、私自身の遺伝子をイブに残させようと思う。私はあなた方の分身でもあり、地球人でもある。それに私にはミュータントを生み出す遺伝子Ⅿも含まれている。イブに計算させるつもりだが、私の遺伝子を組み込んだ存在が、対地球の場合には役に立ってくれるだろう。その場合、同じように私の遺伝子を持った誰かの子孫に組み込むことになるだろう。』

カリストゥスもつぶやいた。

『クリス・サマラス・・・。』




『あなた方はいつか、その存在を知り、理性で判断してくれるだろう。その存在の性別まではわからないが、必ずあなた方に必要な人類になるはずだ。イブにもそう育成するように伝えている。だから、心配せずにいてほしい。その存在のことを信用してほしい。そうなるように願うよ。』

映像は終わった。カリストゥスは眼鏡の位置を直して続けた。

「補足すると、ヘンリーが有する遺伝子Ⅿは、我々にミュータントになれと言うものではない。つまり、触媒的な物と考えてほしい。長い航海の間に、我々は地球人類とは少し違うものに変化していっている。我々には意思は当然存在しているが、ヘンリーが選別した時点から地球人類からの脱却に近い生物になっている。しかしこれでは地球と紛争になった場合には、我々はどうするのかという選択をなさねばならない。私なりに考えたんだが、またどこかに生活できる星系を探して旅に出るような気がする。それが間違いとは言わないが、それでいいのだろうか。ヘンリーはそのことを憂いていたように思う。」

それは確かにノストラ人の総意と考えても良いくらいの意見だった。地球人類からの脱却とは、不要で無駄なことはしないということでもある。感情に左右されにくいノストラ人にはその選択が最もしっくりくる。

「イブと話していると、イブがこう言ったんだ。ヘンリーはなぜノストラ人を選別したのかと言えば、地球人類と似て非なる存在を確立し、原始的感情で動く人類と共存することで良い刺激を与えられるからだとね。そうであれば、我々は無駄な選択もしなければならない。そのためにヘンリーの遺伝子Ⅿが必要なんだ。これがあると、ノストラ人には考えられないような行動を思いつく。そしてその行動が、地球人類に我々への敵対心を和らげることにも繋がる。現にグレゴリウス・バルブスによれば、地球では独裁帝国が誕生して我々を敵視することで地球を統べている。彼らは火星を探索し、我々がそこにいないことを知れば必ず追ってくるだろう。そこで我々は、その前に彼らに知らしめる必要がある。そんなことは無駄だとね。そしてそのために、イブはヘンリーの遺伝子を組み込んだノストラ人を養成してきた。それがここにいる、マルコフ・ペテルスだ。」




カリストゥスは隣にいる青年を見た。マルコフ・ペテルスだは静かに座っていたが、ゆっくり立ち上がった。

「みなさん、はじめまして。マルコフ・ペテルスです。」

カリストゥスは静かにマルコフを見て、話し始めた。

「彼はずっと、この状況を想定して多くの実験を行い、開発してきた。それがどのようなものか、お見せしよう。マルコフ、いいよ。」

マルコフはごく自然に頷くと、一瞬でアンドロイドボディに姿を変えた。執行部全員から驚きの声が上がった。IFPでもリアルでも。

「マルコフは意識データのごく自然な移植とシンクロ、疑似潜在意識の開発を行ってきた。仮に地球と抗争になった場合、我々はここにいながら地球とやり合える。火星には無人の艦隊を用意しているのだが、やはり太陽系まで行かないと操作は難しい。そこで、エネルギーのみの宇宙線で天王星まで行き、そこから操作できればいい。アンドロイドならコールドスリープも不要だ。しかも、マルコフはこのボディを宇宙線の一部として扱う実験も行い、成功している。」

カリストゥスは横を見てうなずいた。するとそこから本物のマルコフが歩いてきた。

「このように、生身はここにいる。マルコフが指示をして我々はその協力をしていく。それでどうだろう。」

誰からも異論は出なかった。マルコフは軽く頭を下げて口を開いた。

「現在、ここにあるコンピューターと天王星に置いた同系の端末、そして火星の地下に置いてある同系コンピューターは、奇跡的に量子もつれによる完全同期をなしています。そこから我々は情報を得てきました。しかし、このままでは地球第2帝国は必ず我々の後を追ってきます。そうなる前に、叩く必要があります。その方法ですが、数年後にアンドロイドによる派遣隊を天王星まで送ります。そこから同期して火星にある艦隊を起動させて、激しい戦闘の前に地球の戦力を削ぎ、和平に結び付けることが肝心でしょう。そしてさらに、解決しなければならない問題もあるのです。」



アーキムの具合は日々悪化していた。医者も原因がわからなかった。悪性腫瘍があるわけでもなく、循環器系も呼吸器系にも何も問題はない。その原因を知っているのは、アーキム本人だけだ。

(遺伝子Ⅿ・・・。)

ミュータントになりうる遺伝子Ⅿは、ある程度以上活性化すれば心身共に長期に渡って維持できる。だが、活性化しなければ逆に本人の寿命を縮めてしまうのだ。ミトコンドリアが異常な活性酸素を発生させてしまうためだ。そしてこの遺伝子は、現在の地球レベルでは発見できない。ヘンリー・ヤコブが発見できたのも、50年前に消去法で推定されたものを体系化してようやくだった。ハンガリー人マリア・ヴァルガがガンマ線バーストによって変異したものなので、ガンマ線バーストがなく変異もない地球では発見も無理なのだ。

アーキムが誰にも説明できないのは、彼がミュータントたちの思念をキャッチできるからだ。ミュータントたちは何百年にも渡って全く変化していない。正確には肉体はあってないようなものだ。すでにマインドと一体化しているので、ミュータントたちの肉体そのものはもうなくなっていた。しかし、彼らは依然として太陽系にいて、その思念は地球人に向けられていた。

(人類を恨んでいる・・・騙した?そう思っているのか・・・確かに、そうかもな・・・。)

アーキムは痛む身体をようやくベッドから引きはがし、呻きながら立ち上がって身体補助システムを作動させた。部屋の壁が開いて装着具が現れ、自動的にアーキムの全身に装着された。その上からガウンを羽織り、アーキムは歩いてバルコニーに出て行った。

「美しい・・・。」

イスタンブールのマルマラ海は太陽を反射して光っていた。トルコで生まれてここまで、激動の人生を歩んできたアーキムの胸には、様々な思いが去来していた。父親アリがホセ・ノーメン死亡後の大混乱期に頭角を現し、中東を中心に勢力を拡大していった時期に生まれた。家族はアリに振り回され、兄弟のほとんどが死んでいった。アーキムだけが狡猾さを備えていたので生き残り、やがては父の右腕となっていった。

母親は何人も入れ替わり、そのためアーキムは結婚しなかった。トラウマがあったためだ。そしてユーラシア同盟を併合し、最後まで残った北米の帝国を屈服させての現在だ。肉体の不調はマインドの不調に直結する。アーキムはそのイライラを全て征服と抑圧に使ってきた。古代の原始的な虐殺ではなく、原子力ではない大量破壊兵器で完全に消滅される方法で脅威を与え続けてきた。

しかしその代償も大きかった。各地で反乱が頻発し、帝国内でも軋みが見えてきていた。アーキムはそこに、ミュータントたちの思念が加わっていることを知っていたが誰にも言えるはずもない。仕方なく、地球を捨てた火星政府にターゲットを絞るしか方法はなかった。

アーキムは軽く首を振って、いつも座っているソファに腰を降ろした。同時に歩行器が外れて元の位置に戻っていった。

「ゴホ!」

座ると同時に咳が出てきた。根源的解決にはならないが、咳止めが必要だ。アーキムはIFPで執事に咳止めを持ってくるように伝えた。

『ゴレム。咳止めだ。』

通常なら、返事が返ってくるところなのだが、何の反応もなかった。アーキムは怪訝そうに眉をひそめ、再度命令した。

『ゴレム!咳止め!』

やはり反応がない。アーキムは悪態をついて歩行機を呼んだ。だがこれも無反応だった。

「なんだ?メンテはできているはずだが・・・。」

アーキムは立ち上がれないので、誰かを呼ぼうとして執事室に連絡した。

『誰かいないか!』

しかし、これも無反応だ。アーキムはさすがに異常が起きていると判断した。アーキムはIFPを使用せず、手元の端末を持って声をかけた。

「おい!皇帝を放っておくつもりか!厳罰ものだぞ!誰か来い!」

だがドアは開かず、声も聞こえない。アーキムは歩行機まで行こうとしてソファを滑り落ち、這って行こうとした。四つん這いになって少し移動したところで、アーキムは全く動けなくなった。

「ぐ・・・!」

まず、アーキムは自分の意思で身体を動かせなくなった。動きたいのに何も動かせない。四つん這いの状態のままで唸るしかなかった。苦しんでいると、アーキムは今見えているのが自室の床ではないことに気が付いた。それは明らかに土の上だった。草が生え、風さえ感じていた。

(なんだ・・・俺は今どこにいるんだ?)

アーキムは周囲を見ようとして首を上げた。

「お?動く!」

アーキムは立ち上がり、周囲を見渡した。そこはなにかの植物が植えてある畑で、羊の姿も見えていた。よく見ると、そこはジャガイモ畑だった。

「ここは、どこなんだ?」

アーキムは歩きだした。ついさきほどまで執務室にいたはずなのに、なぜこんなところにいるのかわからなかったが、とりあえず歩いた。しばらく歩くと、家が見えた。明らかにヨーロッパの、それも中欧の農家だ。しかも相当に古い。今どきこのような家などないはずだ。アーキムが歩いていくと、家の外に女性の姿が見えた。布を被り、民族衣装を着てエプロンをしている。アーキムは近づいて声をかけた。

「おい、お前、ここはどこだ?」

女性はゆっくり振り向き、静かにアーキムを見つめた。その瞬間、アーキムの全身を衝撃が貫いた。




「うお!」

それは激しい感情のようでもあり、強い電流のようでもあり、太い炎の柱のようでもある、まるで意味がわからない単純な脅威だった。アーキムはまた動けなくなった。そして目の前の女性はゆっくりとスカーフを取り、長い髪を下した。風が吹いていて、女性の顔は髪の毛で見えなかった。

『あなたは・・・地球の人なの?』

女性は美しいのだが、口を開けて話してはいなかった。IFP特有のイメージではなく、明らかに目の前に存在している感はあった。だが伝わってきたのは声ではなく、強烈な意思だった。まったく抗えない力で、強引に心にねじ込んでくる力で、全く感じたことがない異質な力だった。

「そ・・・そうだ・・・ぐお!」

やっとのことでアーキムは答えた。体は全く動かせないので、まるで棺桶にでも入れられたような感覚になっていた。

『そう・・・地球は平和なはずよ・・・ヘンリーはどこにいるの?』

「ヘンリー・・・誰だ!」

『ヘンリー・ヤコブよ・・・あなたは知らないの?なぜ?』

「知らん!俺を自由に・・・がああ!」

力はさらに強くなった。

「お前は・・・誰だ!」

『わたしはイロナ・フェケテよ。ハンガリー人なの。あなたはトルコ人?』

「・・・お前こそ、俺を知らないのか!」

『知っているわ。たった今知った・・・そうなの・・・地球では700年も過ぎているの・・・わたしたちは2300年のまま・・・悲しいわ。』

イロナの周囲に何人かの者たちが集まってきていた。それぞれ多種多様な人種で、服もそれぞれ違っていた。その中のヨーロッパ人の男性がイロナに話しかけた。

『イロナ、この人は・・・地球の皇帝だと?いつそうなったんだ。』

『ハンス、わたしもたった今知ったの。わたしたち、時間が止まっていたみたい。』

彼らはアーキムからそれぞれ情報を引き出していた。アーキムは彼らがミュータントであるとようやくわかってきた。

『ミュータント?わたしたちが?』

『そうか・・・地球では我々を体よく追放していたわけか。』

『チュアン、もうカンボジアもなくなっているわ。国自体がもうなくなっている。』

『そうか・・・帝国が地球を統べているのか。我々がいたなら、そうはなっていなかったのか?ヘンリーさえいなければ良かったのか?』

『ニコラウス、そう思ったらいけない。わたしたちはきっと、地球人ではなくなっていたのよ。』

『アレクサンドラ・・・。』

『いやー!地球にいつか戻るんだって、みんなそう言っていたじゃない!もう、お友だちもいなくなってるのよ!もう・・・もう、戻れない!いやああああ!』

アーキムの身体を最高に辛い感情と共に柱が貫いた。もう何も言えなくなり、考えることもできなくなっていた。ただ苦痛に耐えるしかなかった。ミュータントたちはそれぞれ話していたが、イロナはアーキムに近づいてきた。そしてそっと手を取った。

『わたしたちは・・・地球人じゃないのね。あなたのような人が出てくるから、わたしたちは出て行かなきゃいけなかったのね・・・火星?どういうこと?』

アーキムはかろうじて眼球だけ動かしてイロナを見た。ミュータントたちはアーキムが思い浮かべることは全て見えていた。

『地球から弾かれたのは、わたしたちだけじゃなかったのね。いつか、その人たちと会えるのかしら・・・でも、それはわからない。そして、ここにわたしたちが残ることは、わたしたちにも地球人にもいいことじゃなさそうね・・・ねえ、みんな。わたしたちはどこに行っても変わらない。どこでも生きていける。この人は地球がとても近いところにあるって伝えてきたわ。もっと遠くに行ってみない?そうすることが、お互いにとって幸せなことかもって思えてきた。どう?』

全員から様々な感情と共に、賛同する意思が伝わってきた。

『そうよね・・・では、わたしたちはここから離れます。いつか地球人や火星の人たちを会うかもしれないけど、今は別れた方が良さそう。色々教えてくれて、ありがとう。それじゃあね。』

アーキムは急に圧が去ったので、床に強く顔と身体を打ち付けた。今度は誰かに繋がるかもと思い、声を絞り出した。

「ぐ・・・ゴ、ゴレム!誰か呼べ!」

『わかりました。心拍数上昇、血圧低下、血中濃度減少中、大変危険です。救護チームを呼びます。』

扉が開いて救護チームがなだれ込んできた。同時に介護システムが作動し、アーキムは出てきた救護ポッドに収納された。介護チームが急いで準備しながら何か叫んでいた。だがアーキムの意識は少しずつ消えていった。記憶が消えていき、今の自分がどんな立場なのかもわからなくなってきていた。

ミュータントたちの異質なマインド力をモロに浴びたアーキムは、もうすでに全身のミトコンドリアが崩壊しつつあった。薄れゆく意識の中で、ぼんやりとアーキムは思った。

(死んだら・・・俺は・・・あそこに・・・。)

「陛下!」

サドルの意識が飛び込んできたが、もうアーキムには返す力は残っていなかった。そして数分後、地球第2帝国初代皇帝、アーキム・ムフタールはこの世を去った。


テラ帝国は、もし人類が理性的に抑えが効かなくなったとしたら、という前提で未来を考えてみました。科学力はあるもののスピード感ある発展性はなく、人々は原始的なマインドのまま地球を統一しようとします。そこに理性ある科学者がやってきたらどうなるかという物語です。

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