知りたがりなのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第21弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「乗り越えたいのは、君のほう。」の後の話です。
魔物討伐を終えた日。
帰ってきてからのノインは、真っ先に風呂に向かう。
一時間ほど入っている間に集中力を戻そうとするらしい。
汚れを落としてあがってくると一緒に昼ご飯を食べる。
……そう、なんだけど。
「キスしていいですか?」
…………だよね。
ぽたぽたと前髪から雫を垂らしていたノインのほうを振り向く。
先にお昼ご飯食べよう、とか。
疲れてるからそんなことしてる場合じゃない、とか。
言いたいことはけっこう、あるけど。
「す、少しだけ、なら」
あああああ、もう!
(お昼食べてからでもいいと思うんだけど、それ言っちゃったら、じゃあいつするのがいいの? ってなっちゃうしな)
ほっとしたように息を吐き出すのを見ると、断れない。
少し屈んでから、微笑んでくる。
(うぐぐ、なにその顔……)
「集中してください」
どきっとした時には、唇が塞がれた。
(…………わかってたけど……!)
魔物討伐が終わったあとのキス、なんか。
(ながい……!)
「っは」
息を吐き出す。
長いって!
(ううう、さんそ……!)
また唇が塞がれる。
……………………や、やっと終わった。
「すみません」
「い、いや、だ、大丈夫……」
なんでこっちばっかり!
(気絶しないようになったんだし、キスだって、そ、そのうち……!)
「ちょっと加減ができませんでした」
ちょっと!?
(うそでしょ……け、けっこうすごい絡めてきたと思ったけど……?)
信じられないと見つめてしまう。
「嫌でしたか?」
「い、嫌じゃないけど……」
いや……むしろ。
(けっこう、好きかも……。いつから、だっけ……)
ん?
(待って! すき? キスが?)
よくわからないが、顔が熱くなってきた。
ノインが不思議そうな表情をしている。
「どうし」
「お昼ご飯食べよう!」
遮るように、言ってしまった。
*
雨の日が多いので、どうしても室内で洗濯物を干すことが多くなる。
室内に縄を張ったそこに干してあるのは、オルガの肌着とか、ノインの下穿きとかだ。
(ノインは嫌がらないからなあ)
一緒に干してあると嫌がる人もいるらしいのに、ノインはあまり抵抗はないようだった。
「あのね」
尋ねると、魔物討伐の討伐記録書を書いていたノインが視線を寄越す。
邪魔にならないようにと向かい側でお茶を飲みつつ、読み書き練習をしながら眺めているのだが……。
「ノインって、今まで私が気絶したあとも、さっさと部屋を出ていってたの……?」
「……………」
明らかに困惑した瞳だ。
「べ、べつに怒ってるとか、責めてるわけじゃないよ?
私の体を拭いてくれてたんだなって、初めて知ったし」
まあ、拭かなきゃいけないようなことをノインがしてるわけだけど。
(まさか全身拭いた後に、ちゃんと肌着も着せてくれてたとは思わなかったし)
なぜ自分は疑問に思わなかったのか……。
気絶しないようになったこともあって、自分で拭くと言ったのに断られてしまった。
「素っ気ないとかじゃなくて、ほ、ほら、すごい勢いで出て行っちゃうから」
「そ…………そ、れは」
言い難そう……。
ハッとしてオルガは視線を伏せた。
「もしかして、前に廊下で動けなかったのと関係してる?」
「…………」
「へ、平気ならいいんだけど、毎回すごい勢いで部屋から出て行くでしょ?」
おずおずと言うと、ノインが額に手を遣って天井を仰いでいた。
(や、やっぱりどこか悪いとか……?)
おろおろしていると、ノインが体勢を戻してから長く息を吐く。
「風呂場に行ってました」
「お風呂?」
なんで?
はあ、とさらに大きく息を吐いた。
「興奮してるからです」
「……興奮?」
???
「…………最後まですれば、俺がなにしてるかわかります」
ぼそぼそ言ってるからよく聞こえないな……。
「だ、大丈夫ってこと……?」
「はい。きちんと、おやすみなさいって言ってるでしょう?」
「う、うん」
確かに言ってくれてるけど。
(様子が変だなって思ったの、勘違いだったのかな……)
そもそもなんで興奮?
黙々と拭いたあと、「おやすみなさい」と微笑んだ途端に部屋を出て行く……。
(急いでる様子だったし、どこか痛いのかなとか、眠かったのに無理してたのかなとか……あれこれ考えないほうがいいのかな)
ただでさえ魔物討伐という特殊な仕事が入っているのだから、ノインは疲れているだろうし。
(練習しないで寝てって言ってるのに、全然聞いてくれないし)
薄い茶の入った杯をテーブルの上に置き、オルガは両手を胸元に遣る。
「…………なにしてるんですか?」
「い、いや、ノインが触ったみたいにならないなあってちょっと気になっちゃって」
がくんとノインが椅子から落ちそうになった。
「だっ、大丈夫!?」
「すみません……驚きすぎてちょっと……」
「やっぱり疲れてるんだよ!」
慌てて立ち上がろうとするものの、制される。
「まさか今までそんなことしてませんよね……?」
「え? ノインの真似ってこと?」
「はい……。……真似? 俺の?」
「む、胸しか触ってないよ? ノインみたいにできないし。
自分で触っても、お腹のへんに力入らないし」
ぐしゃ、とノインが記録書を握り潰して俯いてる。
「だ……だいじょう、ぶ?」
「…………大丈夫、ではないですが、大丈夫です」
ど、どっち!?
「言っておきますが、俺がするからそうなってるだけですよ?」
「そ、そうなの? そっか……」
まあ、ただ柔らかいだけだし……。
「昔のほうが、良かった?」
気になっていたので小さく尋ねてみる。
「?」
不思議そうな顔してる……。
「ノインは触るの大好きみたいだし、前のほうがいいかなって思っただけなんだよ。
ほら、全身ぷにぷにしてたし」
「……あぁ、前のほうが他の男に目をつけられはしませんでしたね、たしかに」
……ん?
首を傾げてしまう。
ノインはしわしわになった記録書を伸ばし、さらさらと続きを書いている。
「君は知らないみたいですけど、十八になったあたりから縁談の申し込みが少しあったんですよ」
「えっ」
「まあ、俺が先に承諾をもらっていたので断ってくれてたのは助かりました」
な、なんの話?
「もう村に帰る気がないようなので言いますけど」
え、ええ……?
「君が今みたいな見た目なら、俺はさっさと捨てられてたと思います」
「えええっ!?」
それはない!
「そんなことないよ!?」
「でも、誰が相手でも結婚したのでは?」
うぐっ!
オルガは胸元を抑え込み、小さく呻いた。
「いいんです。年頃の娘は結婚が最重要ですし、男のほうも早めに物色しますからね」
そんなことないと言いたいところだが、否定できない。
今ではノイン以外の男性にはかなりの抵抗ができてしまった。
自分をもらってくれるなら誰でもいい、から、ノイン以外とはかなり……というくらいには心境に変化がある。
「先手を打って、君のご両親と祖父君には許可をもらっていたわけですし、俺が騎士になったことで確実に君の嫁入り先が決まったことを安心したはずですから」
「そ、そうな、の?」
「君のご家族は誰も婚姻を急かさなかったはずですよ?」
た、たしかに……。
勝手に急いでしまったのは自分だけだ。
「早い者勝ちみたいなところがありますからね。……俺もそうしましたし」
「で、でも、十八? ちょっと前だけど」
「…………言葉は悪いですが、胸がちょっと大きくて痩せててそれなりに可愛いうえ、性格も悪くないとなれば手を出そうとする男はいます」
「そ、それはないって!」
「まあ、気づいた時には俺が先に申し入れをしているので、フッ、ざまぁないですね」
なんか……悪い顔してる。
「前のほうが胸はあったよ?」
「そこではないんですけど……」
呆れるノインが、書き終わった記録書を確認するように眺めた。
「痩せた姿で俺の前に現れた時は、冷汗ものでしたからね」
「? そ、それって、先月、私がこっちに来た時のこと?」
「まあ、俺は手紙でしか君の近況を知りませんでしたし、まさか痩せてるとは想像もできなかったので」
「べ、べつに痩せようと思って痩せたわけじゃないよ? 十五あたりから、なんか少しずつ痩せたんだよ……」
ノインとしては、五年空いているので急に痩せた姿で自分が現れたということになる。
びっくりされていたのはわかるけど、すぐに気づいた……みたいだし。
視線を向けてきたノインがニッと笑う。
「どっちでもいいですよ、俺は。前も言いましたが、俺には外見はあまり意味がないので」
「そういえばそう言ってたね……」
…………。
「わ、私も、ノインがどんな見た目でも、気にしないよ」
「ありがとう」
え、笑顔がまぶしい!
(お、思うんだけど、ノインって自分がかっこいいと思ってないよね!?)
色々と無頓着だとは気づいているものの、あえて指摘するべきではない気がする。
地図を取り出してじーっと眺めながら、なにやら考えているノインをちらちら見てから、薄いお茶を口に含んだ。
「……あのね」
「はい」
すぐ返事してくれる……。
なんだか嬉しくなってしまった。
「もしかして、村に連絡してる?」
「してますけど?」
……そうかなって、ちょっと思ってたけど。
「じゃあ、村に報告に戻らなくてもいいってこと?」
「……まあ、そうですね。俺のことを自慢したいなら、連れていってくれてもいいですけど」
「じっ、自慢!?」
「? 結婚できると自慢したいのでは?」
あっ!
「そ、そう、だね! い、いや、いい、かな!」
焦って、おかしな言葉遣いになっちゃった!
(ノインを自慢、じゃなくて、結婚を自慢ってことか)
…………でも、連れて帰ると色んな人に……ノインが囲まれそう……。
どうしたんだろう。
(見せたくないなって、思っちゃった……)
婚姻誓約書を出してからでも、いいよね? そうしたら……。
(私の夫です、って言える……)
改めて考えると、今の状態だとノインにはまだ縁談は来るし……。
ざわざわと胸の奥底が、騒ぐ。
(???)
……?
首を傾げていると、地図を片づけ始めたのが見えた。
「終わったの?」
「確認作業は終わりました」
「お茶のおかわりいる?」
「おかわりよりキスしたいです」
……なんて?
「か、帰ったらしてるでしょ!?」
さっきした!
(しかも長いし……)
キスが終わるとしばらく抱きしめたまま動かなくなるし。
やっぱり疲れているのでは?
(朝早くに行かなくちゃいけないし、たしか、防衛騎士団からは同じ人で行くんだよね?)
なにかできないかな、と考えていると、ノインが目を軽く閉じて少しぼんやりしていた。
いくら若くて体力回復が早いほうとはいえ、討伐要請が多すぎる気がする。
去年は自分はここにいなかった。
だから。
(知らないことだらけ……)
物の少ないこの家の中には、最低限の生活しか見えなかった。
村での自分の家とは全然違う。
(洗濯物も適当にまとめてたし、よく体を壊さなかったな……)
ふと。
ぎくっとして、オルガはノインを見た。
たった一人でここで生活していた彼を、私は。
(………………これからは、一緒だもん)
「……どうしました?」
柔らかく微笑んでくれる。
「…………ノイン、今日は練習やめて、ちゃんと寝たほうがいいよ」
「嫌です」
即答……。
(……なんか、意地悪な顔してるな)
軽く睨むと、ふふっと笑われた。
「知りたいことでもあるんですか?」
「……ま、まあね」
「なんでもどうぞ?」
優しい声に、泣きそうになった。よくわからない感情に、戸惑うしかないけど。
「魔物討伐って、同じ隊の人じゃないんだよね? どんな人たち? 頼りになる?」
勢いよく聞くと、きょとんとされた。
「うーん……頼りにはなります。俺とはタイプが違うので」
「そうなんだ。うるさいって言わないんだね」
「はは。必要な会話しかしないので」
けっこうあっさりしてる。
「会話は、仕事で集まった時の確認、討伐中の連携の時の声かけ、終わって解散する時くらいです」
「…………すっごいあっさりだね」
「? 仕事なので」
そ、そっか……。
(でも良かった。まあそっか、呼ばれる人たちって固定されてるんだよね)
まあ、でも。
(毎回ノインを呼ぶのはやめて欲しいとは思っちゃうけど……)
それでも、それが騎士の仕事でもあるのだし。
「……ほかにもありますか?」
「え、っと……」
ちょっと考えてから、オルガは「あっ」と声をあげた。
「そ、そうだ! ちゃんと食べてる? 朝ごはん食べた様子がなくて……携帯食とか?」
「…………」
あ。目を逸らした。
「……胃になにか入っているとちょっと……」
「ちょっと? 空腹で行ってるってこと!?」
もしかして、だから昼はあっさりしたものを希望しているんだろうか。
ノインは小さく唸る。
「違うんです。食べると、体が重くなるので」
「…………」
「い、一応、塩を少し舐めて……水も飲んでます」
なに言ってるのホントに。
「それは食べてないってことでしょ!?」
「…………まあ、はい」
まずい。やっぱりちゃんと見てないと。
「仕事をするノインの判断は正しいから口を出すことじゃないのはわかるよ?
……どうして眠るのが嫌なの?」
するりと出た言葉だけど、なんだか的を射たものな気がした。
ノインは小さく笑う。
「君がここに居るのに、眠るなんてもったいないです」
うっ。
(絶対寝ない気だ……!)
なにか考えたほうがいい、これは。
*****
討伐を終えると、魔物の血や体液のついた武器や防具を洗うこととなる。
剣や短剣だけではなく、金属部分や留め具部分……血や体液だけではなく、魔物由来の臭いがついているものは洗い落とさなければならない。
蟲の油脂を分解するために専用の灰を使用したり、物理的に削るための粗い砂も使う。
家に持ち帰る予定ではないものの処理は必ずしなければならない。
黙々と、応援要請に呼ばれた四人はその作業をこなしてから帰宅するのだが……。
珍しくノインがもぐもぐとなにか口に含んで作業をしていた。
心なしか、上機嫌な気もする。
「ど、どうしたんだぁ?」
そっと尋ねた弓と槍を得意とする彼に、ノインは視線だけ向けて少し思案していた。
そして。
「俺のためにと、妻……の予定の人が作ってくれたんです」
そしてスッ、と目を細めた。
「あげませんよ」
誰も欲しいとは言ってないのだが……。
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