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まほろばホテルには神々が住まふ  作者: かこ


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人見知りフロント

 三階の使用人部屋に案内された柚葉は、真っ白な布団に感動してしまった。自分の指先よりもなめらかな触り心地を確かめて、震えてしまう。

 二段ベッドと細長い棚が二つ、左右対象に置かれた部屋は狭いものだと判断していいのだろう。だが、柚葉には十分すぎる大きさだ。隙間風や雨漏りばかりの納屋に比べたら、天国と言ってもいい。

 備え付けの棚に配置を考えながら荷物を詰めても、ものの五分で終わってしまった。仕事は明日からだと言われているので手持ち無沙汰だ。部屋の埃を探して歩いていた柚葉は、ひとつも見つけられないとため息をついた。

 窓辺に置かれたランタンの火を消そうとして、小さな光の行列に目がいく。

 街を灯すガス灯だ。辺鄙な場所だと思っていたが、そう離れていないらしい。光をひとつふたつと数えて、自分の姿が映っていることに気が付いた。

 野暮ったくはあるが、ほぼ左右対照な目も二つあり、折れ曲がっていない鼻もあり、裂けていない口もある。大きなしみや切り傷や火傷の痕も、歪に膨らんでいるわけでもない。

 町行く人と変わらない顔だと思っているが、周りの人にはそうとは見えないらしい。

 親や兄弟からは家を名乗るなと嫌悪されるほどだ。

 どうしてだと、医者に聞けば頭に問題があると言われ、学者に聞けば何を言ってるんだと馬鹿にされた。

 黒いガラスに映る左半分を手で隠す。遠くを見る姿を眺めて、隠していた部分をさらした。

 変わらない顔にかかる前髪が長くなっていることに気が付く。ふと、支配人の伸びすぎた前髪を思い出した。


「あの人も、名字、名乗らなかったな」


 何か特別な理由があるのか、ただ面倒だったのか。

 考えても仕様がない。頭を振った柚葉はランタンの火を消した。



 女将の話はひと月後に答えることにした柚葉は、誰に教えを請うか考えあぐねた。

 受付係(フロント)が一人、案内係(ベルアテンダント)清掃係(ハウスキーパー)が二人、料理長一人と調理係二人。数少ない従業員で切り盛りをしているので仕事の邪魔をするのは気が引ける。

 宿泊できる部屋は二階にある八つだけだとはいえ、その内の二つは天蓋付きのベッドにシャンデリアがぶら下がる豪華な仕様だ。長年勤めた柚葉でも、さすがにホテルの部屋の整え方はさっぱりわからない。

 昨日、簡単に説明を済ませた支配人はその道を極めているから、後は従業員達に聞いてと太鼓判を押した。

 呑気な物言いを素直に信じた柚葉は顔を引きつらせるはめになる。

 長机から目を覗かせてはすぐに隠れ、また目を覗かせては隠れる受付係。人見知りを通り越して人を見もしない従業員相手にどう仕事を乞えばいいのかと気が遠くなる。

 咳払いひとつした後に己の名を述べた柚葉は、相手にも同じことを尋ねた――はずなのに、平伏すように紙を差し出される。名札なのか、名字しか書かれていない。


影井(かげい)さん。今日は何名のお客様がお泊まりになる予定ですか」


 柚葉の問いに体を震わせた影井は膝を抱えて答えなかった。

 怯えきった影井の背後の扉が開いて、支配人が顔を出す。香ばしい香りと共に、醤油醤油と鼻唄まで添えて、機嫌がいいようだ。


「影井くん、今日のご予約は?」


 まるで、今日の昼ごはんを尋ねるような調子なので、柚葉は朝ごはんを食べていないことを思い出した。

 顔の上半分よりも少ない前髪の間から双眸を覗かせた影井は支配人と柚葉の顔色を伺い、また頭を引っ込める。


「いらっしゃいません」


 くぐもった声に、全く仕事が覚えられそうにない確信だけは持てた。


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