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まほろばホテルには神々が住まふ  作者: かこ


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ぐうたら支配人

 あんまりな醜女(しこめ)だと縁談を断られ続け、実家の旅館をほっぽり出されたのは、つい五日前。花嫁修行だと投げつけられた紹介状を頼りに海を渡り、汽車に三日揺られ、たどり着いた先が『まほろばホテル』だ。帝都の中心部からほどよく離れた閑静な一角のおかげか、駅から離れた辺鄙(へんぴ)な立地のおかげか、鬱蒼(うっそう)とした林に囲まれていた。

 鈍色の屋根に白い石造りを基本とした洋風な佇まいを目にした柚葉(ゆずは)は、雲海を思い出す。

 天井の高そうな館の二階の窓に映る木々はどれも暗い。三階の窓は高さがないが、どんな部屋があるのだろうか。見慣れない造りにも不安を覚え、玄関に視線を戻す。

 両開きの扉の上には金物の飾りがつけられていたが、柚葉には何を模したものかさっぱりわからなかった。中心には二羽の鳥が対となるように翼を広げ、嘴は天を指す。

 場違いな所に来てしまったと握る手にじっとりと汗を感じた。

 にぶく光る取っ手を恐る恐る回し、中を覗けば薄暗い。忙しくない昼過ぎを狙ったとはいえ、人影がないことに柚葉は首を傾げた。部屋の片付けや支度はもう済んでしまったのだろうか。気配さえ感じないので客が入っていないのではと心配してしまう。


「ごめんください」


 声をかけても返事はなかった。

 足を踏み入れれば、埃っぽさがないことに安堵する。飴色の柱も磨きあげられ、窓から下がる布も日に焼けていない。

 備え付けの長机の奥で物音が聞こえたような気がした。

 長机の影には何もない。いよいよ扉だけしかないとわかった柚葉は覚悟を決めた。扉を叩いても返事はない。一定の間を取って声をかける。


「こちらで世話になるよう言われてきた、柚葉と申します。恐れ入りますが、中を拝見させていただきます」


 扉の奥にも聞こえるよう声を張るが、返事はなかった。唇を軽く噛み締めて扉を開く。

 中の惨状は頭が痛くなるようなものだった。

 うず高く積まれた書物の山は床を覆いつくし、足の踏み場はない。隙間を通れるのはネズミぐらいなものかと思えるほどに、布団に座布団、皿に箸、お盆、果ては蜜柑まで転がっている。

 一つの山が揺れている、と思ったのは、海草のように揺れる綿入りを着た腕だ。

 山をかき分け、たどり着いた柚葉は震える手を思いっきり引っ張った。案の定、潰されていた人物が転がり出てくる。


「ひっさしぶりの外の空気だぁ」


 からりと笑った無精髭をはやした男は気持ち良さそうに空気を吸った。散切り頭ばかりになったご時世で、肩まで延びた髪をゆるく結んでいる。癖のある前髪はすっとのびた鼻先をかすめるほどに長い。唯一の救いは繊細な顔立ちをしているので、むさ苦しく見えない所だ。

 柚葉は胡座をかく男から距離を取り、口を開く。


「失礼ですが、こちらのホテルの方でしょうか」


 申し遅れました、と男は襟を整えた。半纏を着ているので、申し訳程度にしか様にはならなかったが。それでも、粗野に見えないのは姿勢の取り方が美しいからだろう。無精髭をはやした口元を軽く持ち上げる。


「支配人の千早(ちはや)です」

「……柚葉です。こちらで世話になるよう言付かりました」


 はて、とわざとらしく支配人と名乗った男は首を傾げた。飛び跳ねた毛が動きに合わせて揺れる。


「そのような話は聞いていませんが」


 え、と柚葉は言葉を飲んだ。住んでいる所を追い出されたばかりで、生活する当ては不気味なホテルしかないというのに。

 柚葉の困り顔を不思議そうに見た支配人は無償髭を撫でた。何か言いたげに口を尖らし、まぁ、いいかと小さく呟く。


「ちょうど女将がほしいと思っていたところなんです」


 飛んできた思い付きに柚葉は自分の耳を疑った。はい?とすっとんきょうな声が出てしまう。


「そうですか、そうですか。お受けいただけますか」

「いやいやいやいや、そうではなくて! ひょっと出の得たいの知れない人に任せていいんですか」

「いやいやいやいや、ご謙遜を。扉を叩く強さも、開ける間の取り方も、声のかけ方も、ずいぶんと手慣れたものでした。この仕事、長いんでしょう」


 実家の手伝いを入れれば十年以上にはなるが、問題はそこではない。柚葉は出かけた言葉を寸前で止めた。


「お受けいただけますね?」


 尋ねる体を取っているが、確定したような物言いだ。

 唇を噛み締めた柚葉は、真っ直ぐに千早を見返した。きれいな笑顔に苛立ちを覚えてしまう。


「こんな醜女を揶揄わないでください」


 低い声を絞り出した柚葉は情けなくなった。今まで浴びてきた視線を思い出し、彼の視線からも逃げてしまう。

 すう、と顔を引き締めた千早は口端をかき、うん、と言葉を切る。


「問題ないでしょ」


 感情の読めない瞳が柚葉を見据える。


「世間は醜女と言うかもしれない。でも、それは僕の見方と一緒じゃあない」


 シャツにループタイ、その上に半纏を着たゆるい装いらしい砕けた口調はすり減った心に穏やかに降りそそぐ。


「ここの支配人がいいって言ってんだから、気にしなくていいよ」


 ね、と無精髭をはやした男は、にやりと笑って見せた。

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