第72話 笑い事
ジーナは自室に戻って行った。
その背中にかける言葉が無く。
そのまま見送った。
目が覚めてしまったので、
一階に向かった。
宿の一階は石造りの広間になっており、
朝は薄い麦粥と温い茶を出しているらしい。
夕刻になると酒場に姿を変えるのだという。
広間に着くと、
ニールスさんと、ユーリ先生が
テーブル席に座って談笑していた。
ユーリ先生は僕に気が付いた様子で、
手を振った。
…もしかして初めて怒られるかもしれない。
今朝方より重い足取りで、
恐る恐る近づく。
「先に帰ってたのか。おはよう、リオ君。」
ユーリ先生が、普通に話しかけてきた。
…もはや、いつも通りが怖い。
どうやら僕を待って、
ここで待機してくれていたようだ。
「その、すみません。」
「ああ、いいんだよ。僕も放っていたし。無事で何より。」
ユーリ先生は気にするなと言わんばかりに、
手を振って答え、席に着くよう手で示した。
促されるままに、席に着く。
とりあえず怒ってはいないようだ。
少しホッとする。
「いや、ダメっすよ!ユーリさん!」
だが、ニールスさんが割って入った。
こっちはお冠の様子だった。
「外国で一日行方不明とか、問題に決まってるでしょ。
リオ君、どこに行ってたんだい?」
「あ、はい。広間に行って少し訓練をしていたら、ザイードとかいう人に絡まれまして、
その後、奢るからって居酒屋に。」
「ザイードってあのザイードか!」
ニールスさんは身を乗り出す。
「あのかどうかは分かりませんが、ザイード・クレストと名乗っていました。」
「あのザイードで合っている。
彼と一緒ならそこまで問題ないか。
ほら、君たちは見ただろ?闘技場で戦っていた。剣士の方だよ。」
そういえば、どこかで見たかと思ったら。
昨日エーテル・コロッセオで戦っていた剣士の方か。
それで魔法使いと言ったら切りかかってきたのか、
妙なタイミングで合点がいった。
「有名な人なんですか?」
「ああ、闘技場で名を馳せている剣闘士だ。
戦い方が派手で、見栄えがいいんだよ。
観戦券の最前列は、一席で馬が一頭買えると言われている。」
…知らないところで随分な大物に会っていたようだ。
「まあ、彼の話はいいや。それで、その後は?」
「その、酔いつぶれて、道で寝てました。」
ニールスさんは頭を抱えていた。
無理もない。
護衛対象が勝手なことをして、
自ら危険にさらされているのだから。
「フフフッ」
場の空気が、一瞬だけ止まった。
…声の主は。
ユーリ先生だった。




