第69話 酒の席
「そういえば、お名前は?」
注文の後、
特に話すことも無かったので、
とりあえず聞いてみる。
「え?ああ、ザイードだ。ザイード・クレスト。そっちは?」
ザイードは頬に手を突いたまま答える。
「リオです。リオ・フェルム。」
「なるほど、いい名前だな。」
「…そうですか?」
名前を褒められた事は無かったので、
少し驚く。
「馬鹿、こういう時は適当でいいんだよ。俺の名前も褒めろ。」
なんだそりゃ。
「はあ…。いい名前ですね。」
「おう、ありがとよ。」
…まあ、褒められて嫌な気持ちになる人はいない。
こういう適当さというのは、
ある種の処世術も含まれているのだろうか。
「はい!エール2つと川魚ね!」
先ほどの女性が、食事をテーブルに置いた。
ジョッキに注がれたエール。
泡が縁から溢れ、卓に垂れている。
川魚は、粗い塩がまぶされ、
皮目がぱりりと焼けている。
食欲をそそられる香りを放っていた。
「じゃあ、この出会いに。」
ザイードはジョッキを掲げ、こちらに向けた。
動きを合わせるように、僕もジョッキを掲げる。
「乾杯!」
「…乾杯。」
コッ!
ジョッキがぶつかる音が響く。
ジョッキを降ろして、中を少し覗く。
先ほどあれだけ主張していた泡が落ち着いており、
中の濁った液面が顔を覗かせていた。
ふと、ザイードを見ると、
エールを一気に煽っていた。
「…プハァ。うめぇ!」
ガン!
ザイードは荒々しくジョッキをテーブルに置いた。
「ここのエールは冷えてて美味いんだ。
後ろに川があったろ?あそこで冷やしてるんだ。」
先ほどより上機嫌なザイードは饒舌に説明する。
「リオはエールは初めてか?」
「あ、はい。機会も無かったので。」
「あー、そんな感じするわ。何というか陰湿な感じだしな!」
おい、さっきの処世術はどこに行った。
「…否定は出来ないですね。」
気にしていた部分を突かれ、少し気分が落ち込む。
「おいおい、いちいち気を落とすなよ!酒の席だぞ?」
いつの間にかテーブルのこちら側に回り込んで、
僕の肩に腕を回していた。
「ほれ!飲んでみなって!」
エールを飲むように促してきた。
少し自棄になり、
ザイードに対抗するように、一気に飲んだ。
思ったより甘い。だが喉の奥で、かすかな苦味が追いかけてきた。
——水とは、まるで違う。
「…プハァ。」
「お!ナイスガッツ!リオ!最高だぜ!ガハハハッ!」
少し歪んだ視界の中で、
ザイードは褒めちぎってきた。
エールを飲んだだけなのだが、
これほどまでに褒められた事は今までなかった。
——酒の力は、思ったよりも侮れない。
こんなことで上機嫌になるとは、
案外、自分も普通の人間なのかもしれない。




