第1話 倒立
「そういうわけで、君、不合格ね。」
校長から直々に言われると、
少し胸に響くものがあった。
「…ありがとうございました。」
声は、思ったより落ち着いていた。
これ以上居ても、意味はない。さっさと立ち去ろう。
――でも、まあ当然といえば当然の結果だった。
実技試験は手応えがあった。だが、筆記試験はほとんど勘で書いたようなものだ。公式も理論名も、半分以上は当てずっぽうだった。
足を動かしかけた瞬間、校長が声をかける。
「あー、ちょっと待った。話はこれからなのよ。」
立ち去ろうとする僕を、校長が引き止める。
「何ですか?」
校長は指を組み、しばらく黙って僕を見た後に口を開いた。
「実は、これから新しい学科を設立しようと思ってね。君みたいな子が入ってくれると助かるんだ。もちろん、特権については保証するよ。」
王立魔法学校。設立から35年になるこの学校の卒業生は、
正式な研究者となり、魔法の研究を自由に行える。
だが、庶民の僕にとって本当の価値はそこではない。
入学出来れば、補助金が出る上に、
卒業すれば、それなりの給料が固定で支払われる。
衣食住に困らない生活――その特権が目当てで、僕は受験していた。
「“私のような人間”とは、どういう意味でしょう?」
「うーん。どこから話そうか…。」
少し考え込む校長。
「この学校の入学試験は筆記試験と実技試験の二つある。君も経験済みだろう。で、筆記の配点が大半を占めているのはなぜか分かるかい?」
「採点がしやすいから。」
「その若さで随分とスれているね。おじさん、ちょっと心配だよ。」
やれやれ、と校長は笑った。
余計なお世話だ。
「君好みの単純な答えで言うと、実技魔法は太陽王一人で事足りるからさ。ここは王立魔法学校だからね。」
「…それで、不要になった才能を捕まえてどうするんです?」
「そんなにいじけないの。まだ若いんだから。」
校長は教師らしく、柔らかく宥める。
が、神妙な面持ちで続ける。
「太陽王はもう高齢だ。」
この国の絶対者であり唯一の王――太陽王。
その名は、建国記念日に打ち上げる魔法〈ビャクヤ〉に由来する。
太陽王一人の魔法で夜を昼に変えてしまう、恐ろしい王だ。
子どものころに見上げた白い光を、今でもはっきり覚えている。
太陽王なくして、この国も、この世界も成り立たない――少なくとも、僕にはそう映っていた。
だからこそ、太陽王の高齢化は以前から不安視されていたのだ。
「…分かりきったことでは? 実技の魔法使いを排斥していた人の言い分とは思えませんが。」
「君、怖いよ〜。もう少しこちらの言い訳を聞いてくれよ。」
「気になった部分を質問しているだけです。」
「まあいいや、確かに分かりきったことだ。だから理論を追い求めていたんだよ。」
どういうことだ?
「理論は個人に依存しない。永続的に効果を発揮する――だから、理論的な才能に価値を見出したんだよ。」
なるほど。そもそも自分の代わりを探していなかったのか。
「だが、はっきり言って大きな成果は得られなかった。それでも王は信じていたが…」
「限界が来てしまった、と? 太陽王に何かあったのですか?」
「いやいや! 健康そのものだよ。前々から決めていたらしい。自分が60歳の年になっても状況が変わらなければ、自分の代わりを探す――と。」
「……うまくいかないと、戦争になってしまいますね」
思わず肩に力が入った。
「そういうこと。だからこそ君が必要なんだ。筆記はまあまあだったが、実技の成績は目を引いた。特に魔力の制御技術。必要な魔力の半分以下で課題をこなしている。魔力で遊んでいたんだろう?」
「そりゃどうも。でも、あの太陽王の代わりにはなれませんよ。」
「それはもちろん。だから魔法が使える軍隊の育成にシフトする。他国に倣ってね。この国は魔力で支えられていたから仕方のない選択さ。」
「それって…戦争があったら行かなきゃいけない、んですね。」
戦争――考えただけで胃が締め付けられる。
「否定はしない。ただ前提として、戦争は避けるための方針だと受け取ってほしい。先に言った通り、特権に関しては保証する。」
正直、戦争は嫌だ。たじろいでしまう。
手のひらを見てみると、汗をかいていた。
だが、ここで断って、一体何が残るだろうか。
太陽王が死ねば、結局は自分で守るしかなくなる。
よく考えなくても、選択の余地はなかった。
「分かりましたよ。煮るなり焼くなり、好きにしてください。」
「おいおい、別にとって食べたりはしないよ。これから君は、この国を支える人材だ。丁重に扱うさ。」
校長は立ち上がり、右手を差し出してきた。
「ようこそ、王立魔法学校 実践魔法学科へ。」




