ユースキーが眼を開いた
どこからか俺を呼ぶ声がした。
ぱちくりと眼をあければ、なぜか栗毛の女が俺を見ていた。
精悍な顔立ちに、よく目立つ碧眼。その瞳の瞳孔がきゅっと開いたかと思えば、とたんに「あっ」と声を上げた。
「ねぇ、あなた! ほら見て、ユースキーが、ユースキーの眼が開いたわ!」
「そんな馬鹿な! 産まれたばかりだぞ!」
今度は男が俺を覗き込んできた。鼻先がぶつかるのではないかと思うほどに顔を近づけ、じっと俺を見て来る。
男の方は黒い眼をしていて、きゅっと引き締まった口元が特長的だった。男の俺から見ても男前だった。
「本当だ! 眼が開いてる! 眼が開いてるぞ! すごいなこの子は! さすが俺の子だ!」
「まぁまぁ、あなたったら。そんなに喜んで」
と、2人揃って俺にキスをしてくる。
うげっと反射的に声が出て、思わず身体をよじった。が、そこでは俺ははたと気が付く。
なにやら、視線が高い。高いというか、高い位置にいる。おまけに、この男女の顔を異様にでかく感じる。
なので俺が周囲を見渡してみれば、どうにもその女の人に抱き抱えられているようだった。
正確に言えば、その腕の中にすっぽりと収まり、たわわな胸に頭を預けていた。それはまさに、赤子として抱き上げられている体勢だった。
その瞬間、俺はぎょっとして声を出しそうになった。
思わず自分の身体に眼をやれば、手も足も異様に小さい。腕はボンレスハムのようにぷりぷりしていて、ヘソにはウィンナーのようなものがぶら下がっている。見間違えでなければ、それはヘソの緒だった。
「おお〜、よちよち。どうしたんだ、ユースキー。いきなり泣き出して」
「あらあら、眠たいの? ほ〜ら、よしよし」
暴れ出した俺を、ずぐり出したと勘違いしたのだろう。女は赤ちゃんをあやすようにして俺を上下に揺すった。すると視界が開け、さきほどまで見えなかった部分まで見えるようなる。
木造建築の室内。どこかヨーロッパを思わせる内装と、ヨーロピアンな調度品。開け放たれた窓からは、夜のとばりが下りた西洋風の町並みが覗く。
その瞬間、俺は理解した。
俺はどこかの国の、どこの誰とも知らない男と女の赤ちゃんになっていた。
軽くパニックになり、声にならない声が出る。さらに泣き出したのだと勘違いした女が俺をもっと強くゆする。それに呼応するようにして、俺の思考がぐちゃぐちゃになっていく。
いったい、どうなってる?
たしか俺は、あの橋の上にいたはずだ。狂言自殺のようなことをしようとして、でも死ぬ気なんてさらさらなかった。それで、欄干を乗り越えて元の場所に戻ったはずだ。そしてどこか適当なとこに泊まろうとしていたはずだ。
なのにどうしてこんなことになっている? なぜ俺はこんなとこにいる? どうして俺は赤ちゃんになっている。
そうして次々と浮かんでくる疑問に溺れそうになっていると、ふいに抗いようのない睡魔に襲われてしまう。
おい、待ってくれ。聞きたいことがあるんだ。いったい、俺はどうなってるんだ。
しかし重くなっていくまぶたには勝てず、意識がスッと消えてゆく。同時に、どくんと脈打つ心臓の鼓動を感じた。
ああ、そうか。俺は、あの橋の上で雷に打たれたのだ。雷に打たれて、そのまま死んだのだ。
そこまで思い出してから、俺の意識は完全に消えた。
導入部分が終わったので更新ペースを少し落とします




