よし、死ぬか!
よし、死ぬか!
と、そこまでカジュアルに叫んだのは初めてだった。
先ほどの事件は速攻で家を飛び出すに事足りることで、俺は意気揚々と夜の街を闊歩していた。たださすがにシラフでは死ぬ気になれず、途中立ち寄ったコンビニで酒瓶を買い、それを呷りに呷りまくっていた。
そうして歩いていると、河川にかかる大きな橋が見えてきた。
夜の闇にぼうっと浮かびあがり、白っぽい光を放つ大きな橋。大型トラックが駆け抜け、みなもにぼんやりとした光を映す。
そのみなもを眺めながら、俺は橋のたもとにたどり着いた。すると、鼻先に水滴が当たったのを感じた。
ふと空を見てみれば、東のほうから真っ黒な雲が迫ってきていた。稲光が雲間を走り、雷鳴の轟が聞こえてきた。
俺は次第に強くなっていく雨の中、橋の中央に向かって歩き出した。
思えば、クソみたいな人生だった。
子供の頃も、学生の頃も、そして大人になってからも頑張るということをしてこなかった。
学校の勉強も真面目に取り組んでいなかったし、学校を卒業してからはちゃんとした仕事に就こうとしなかった。このままじゃいけないと焦っているフリをして、でもなんとなくこのまま生きていけるだろうと思っていた。
けどだんだんと歳を重ね、気がついたときには全てが遅かった。
いや、歳を重ねるたびに「この歳じゃもう遅い」と言い訳を重ねていた。けど本当は、勇気がなかったのだ。親元を離れ、自立する勇気が。こども部屋おじさんをやめて、1人で生きていく勇気が。その過程で体験するであろう苦悩と苦難が、俺は怖かったのだ。
そうして俺は、橋の中央にたどり着いた。
橋の外側に向かって、でっぷりと突き出してたスペース。橋の中央に設けられた待機所であった。
その待機所の欄干に手を置けば、安全ピンで刻んだような落書きが目に止まる。
ふと顔をあげれば、煌々とした光を放つコンビナートが望めた。この場所は工場夜景を楽しめるスポットであり、同時にカップルたちが訪れるデートスポットでもあった。だが、今日に限っては誰もいなかった。ただ、その夜景を独り占めして死ねる、それだけは良かった。
俺はその工場夜景をしばらく眺めていたが、ふいに欄干を超えた。そしてそのまま、橋の外側に立った。
雨がその強さを増し、風と共に頬を叩く。足元には真っ暗闇が広がり、その下を流れる河川を望むことはできない。
「親父……これからどうするつもりかって? そんな決まってるよ」
俺は、手に持ったままだった酒瓶を煽った。それからゆっくりと両手を広げ、そして……
「そ・ん・な・の、決まってんだろ! これからも『こども部屋おじさん』として生きていくんじゃボケェェェ!」
瞬間、俺は手に持っていた酒瓶を欄干に叩きつけた。琥珀色の液体が飛び散り、割れたガラス片がキラキラと宙を舞った。まるで、俺の決意を祝福するライスシャワーのようだった。
そもそもだ。そもそもである。もしここで死ねる人間なら、もしもここで橋から飛び降りれる人間なら、俺は間違いなくこんなふうにはなっていない。
自分の生き方を恥じ、ここで死という選択をできるほどの心の芯を持っているならば、間違いなく俺はこども部屋おじさんになっていないのだ。
俺は割れた酒瓶をぶん投げ、空に向かって指を突き出した。
「つーかおやじ、おふくろ! よく考えろ! 遺伝! 遺伝の配分! なーんで弟は優秀で、兄はこんなクソなんだよ! どー考えても初期のステぶり間違ってんだよぉ!」
俺に残された道。それはちゃんと自立するでも、自立して親を安心させるでもない。このまま、こども部屋おじさんとして生きることだ。なぜならそれが、俺のようなどうしようもないクソ人間の生存戦略であるからだ。
「おやじ! お袋! お前らが死ぬまで寄生し続けてやるからなぁ! 覚えてとけ! あははっ! ははははっ! あーはっはっはっはっ!」
そうして俺は高らかに笑い出した。
まとも人間なら俺を非難するだろう。だが、俺はまともな人間ではない。努力? 知るか。それができなかったらかこうなっているのだ。そんな人間に自己責任論を押し付けるなど片腹痛いわ。
「よし決めた! 今日から俺はプロのこども部屋おじさんを目指すぞ! 金輪際、親父から詰められることのない、理想のこども部屋おじさんにな! あははは!」
そう宣言した俺は、意気揚々と欄干を越えた。橋の内側に戻れば、ここ数年で一番やる気が漲ってくるのを感じた。
いったい、どうすれば肩身が狭い思いをせずに済むのか。そもそも、理想のこども部屋おじさんとはなにか。そして理想のこども部屋おじさんライフが行き着く先はどこなのか。
そんなことを考え始めたのだが、ふいにくしゃみが出た。
「……ん、移動するか」
さすがに、濡れ鼠になる趣味はない。そもそもここに来たのだって自殺ごっこのためである。本気で死ぬ気など最初からない。
「よし、とりあえずネカフェにでも泊まるか」
とりあえず、数日ほどは家に帰らないほうがいいだろう。そうすれば父と母に俺というかけがえのない存在を分からせることができるはずだ。ついでに会社も休んだろ。
そうして俺は、新たな決意と共に一歩足を踏み出した。プロのこども部屋おじさんになるために。しかし、そのときだった。
「あ?」
ピカっと、一瞬だけ光を感じた。ふっと目の前が真っ暗になり、身体が地面に崩れ落ちた。薄れゆく意識の中で、心臓の鼓動が止まった音を聞いた。




