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クソガキ共

 会社に早退の連絡を入れ、適当に飯を食ってから家に帰ってみれば、時刻は13時を回っていた。

 ひとまず俺は洗濯物を取り込み、手洗いうがいを済ませ、その他諸々の家事をこなしてゆく。

 普通、『こどおじ』という生き物は家の手伝いをすることはない。なぜならそういった面倒事を全て両親に押し付け、そのリソースを自分のために使う生き物だからだ。

 だが、俺は奴らとは違う。俺は家の手伝いをする「良いこども部屋おじさん」略して『いい子』であり、そんじょそこらのこどおじとは一線を画すことだけは覚えておいていただきたい。

 そんなわけで家事を済ませ、タンタンタンと階段を登って自分の部屋に閉じこもった。

 そうして手に入れた、自由な時間。

 ふと時計を見れば、時刻はまだ14時を回ったばかり。その事実に胸が高鳴り、妙な高揚感が身体を支配する。

 んん。やはり、早退というのは素晴らしい。なんというか、ワクワクする。本来なら居なきゃいけない場所におらず、自分の家にいるという背徳感が最高に気持ちいい。

 そんなワクワク感に影響されたからだろうか、普段なら真っ直ぐゲーム機に向かうところ、テレビ台を素通りして自分の机へと向かってしまう。

 そうして机まで辿り着いてみれば、思わずフッと笑ってしまった。

 一見、なんの変哲もない勉強机。小学校入学時に買ってもらったものであり、いまだ現役で使われ続けるその机は、こども部屋おじさんの象徴であると言っても過言ではないだろう。

 では、俺がそんな歴史ある勉強机を見て笑ったのかと言えば、もちろん違う。

 その机の上には、真っ白なシーツに包まれた物体があった。まるで、人が机に座っているかのようなシルエットをシーツ越しに浮かび上がらせている。

 俺は手を伸ばし、シーツを掴む。そしてゆっくりとそのシーツを剥いてみれば、そこには、


「ただいま、アリス」


 机の上に座る彼女が、俺に微笑んでいた。

 さらさらと流れるピンク色の髪に、優しげな目元。可愛らしい小さな鼻と、薄紅色の唇。身に纏った紫色のナイトドレスが、彼女の色白な肌をより際立たせていた。可愛らしい西洋風の女の子が、そこにいた。

「さあ、おかえりのハグをしよう」

 俺は彼女に抱きつき、そのまま顔を胸に沈めた。柔らかな感触が身体を包み、じんわりとした安心感が全身に広がってゆく。


「なぁ、聞いてくれよアリス」

「どうしたの?(裏声)」

「今日も課長に怒られちゃったんだ。もう、嫌になっちゃうよ」

「元気出して! 祐介くんが頑張ってるのは私が知ってるよ!(裏声)」

「ううっ……ありがとうアリス。俺に優しいのは君だけだ」

「だって私、祐介くんのことが大好きなんだもん!(裏声)」

「アリスぅ!」


 ガバッとさらに強く抱きつけば、アリスのピンク色の前髪が揺れた。

 さて、これはなにか。というか俺はなにをやっているのか。むろん、彼女ではない。そして人間でもない。ダッチワイフである。ダッチワイフのアリスである。

 彼女いない歴30年を記念して迎え入れたダッチワイフであり、それ以来苦楽を共にしてきたダッチワイフであり、性欲処理用のダッチワイフである。特に今日みたいに嫌なことがあった日にはこうして慰めてもらうのだ。ダッチワイフに。


「ところでアリス、いまからとか、どうかな?」

「えっ、それって……いまからする、ってこと?(裏声)」

「うん。ダメ……かな?」


 と、俺がつぶらな瞳を意識して向けてみれば、アリスは頬を赤くしたような気がした。


「ダメ、じゃないけど。でも、まだシャワーとか浴びてないし……」

「いらないよ」

「でも、こんな時間からしたらお母様が……」

「今日はいないよ」

「でも……でも……」

「ええいっ! しゃらくせいぇ!」


 俺はアリスをブン投げ、そのままベッドへと叩き込んだ。タタッと駆け出し、そのままルパンよろしくベッドに潜り込んだ。


「いやっ! 今日は下着が可愛くないの!」

「そうやって恥ずかしがる姿、かわいいなぁ!」


 俺はアリスに抱きつき、ヤクをキメる勢いでアリスの匂いを嗅いでゆく。鼻口を刺激する香水の香りに、俺の理性が溶け出していく。


「よ〜し。決めた! 今日は夜までするぞ! いくぞアリス!」


 そうして俺はアリスの胸に手を伸ばした、そのときだった。ふいに、一階から声が聞こえた気がした。

 俺はピタリと手を止め、耳を澄ませてる。すると、なにやら玄関の方が騒がしい。

 不思議に思ってさらに聞き耳を立ててみれば、どうにもその声はおかんであるらしかった。今しがた帰宅したであろうおかんが、玄関先で誰かと喋っているようだった。


「……はぁ」


 思わず、ため息が漏れた。が、さすがにこのまま続きをするわけにもいくまい。

 俺は名残惜しそうな手つきでアリスを抱き上げると、そのままお姫様抱っこで机へと向かった。そしてバサッとシーツを被せてアリスを元の位置へ戻せば、再びため息が漏れる。

 けど、仕方ない。だって考えてもみろ。この姿をおかんに見られたらどうなるか。泣くぞ。俺が。

 そんなわけでアリスとの戯れを諦め、仕方なく俺はゲームでもすることにする。

 PS4をパチっと起動しログイン。キャラクター選択画面でキャラを選べば、パンとファンタジー世界が広がる。うむ。今日もウルダハは平和らしい。

 よしウィークリーやらデイリーでもするか。いやこの時間シャキるかいな、と思いつつキャラを操作しようとして、はて? と首を傾げてしまった。

 どうにも玄関のほうが騒がしい。

 いや、帰宅した母親が誰かと話をしているのは知っている。けど、それにしては賑やかすぎた。おまけに、なにやら複数人で会話をしているようだった。

 さすがに気になって部屋を出る。そのまま廊下を歩き、吹き抜けになっている場所までやってきた。ここからは、玄関がよく見えるのだ。そんなわけで、そっと吹き抜けから玄関を見下ろしてみれば、そこには、


「うげっ!」


 と思わず声を出してしまう光景が広がっていた。

 帰ってきてそのままといった感じの母親。その向かいには一組の男女。どちらも俺と同い年くらいだが、男の方は俺とよく似ている。そしてその周囲には元気いっぱい、というか、無茶くそに走り回るガキ2人がいた。それが騒がしさの正体だった。

 瞬間、俺は速攻で自室へ向かった。まずい、これはまずい。この事態は、こども部屋おじさんである俺には非常にまずい。

 俺は自室までやってくると、すぐさま頭を巡らせる。その間、わずか2秒。

 ポケットに入れていたスマホを取り出し、母親にLINEを送る。内容は『今日は調子が悪いので寝ます。熱はないから心配しないでね^^』としておいた。

 それから再び部屋を出て、素早く階段を下る。壁越しに玄関のほうを除き見て、連中がおしゃべりに夢中なのを確認してから台所に忍び込んだ。そしてカップ麺とケトル用の水を拝借し、同じ要領で自分の部屋に戻って来る。


「はぁ、どうにかなったか……」


 俺は扉に背を預け、そのままずるずると座り込んだ。

 おそらく、これで奴らが俺に干渉してくることはないだろう。母親経由で俺の体調不良は伝わるだろうし、部屋から出れないもの仕方なしとなるはずだ。それに晩飯は確保できたし、問題はない。

 思わず、ここまでする必要があるのかと自問しかける。が、答えはすぐに出た。ここまでしなければ、俺の生存が脅かされてしまう。なぜならあの連中と俺が出会ったが最後、俺の自尊心は……

 が、そのときだった。

 ドン! という音と共に俺の身体に衝撃が伝わった。背を預けていた扉が大きく叩かれたのだ。


『おぉ〜い! でてこい〜い! でてこいよぉ〜!』


 その甲高い声と共に、ガンガンガンガン! と扉が振動する。振動するというか殴られた。殴られたというかどう考えても蹴りを喰らわせてる音だった。


「ちょっ! なにしてんだ文香(ふみか)!!」


 反射的に出た言葉に、扉の向こうからは金切り声に近い歓声が上がった。


『あっ〜! やっぱいた! 出てきなさーい!』


 再びガンガンガン! とぶっ叩かれる扉。するとそこで、


『ちょっと、ダメだよ|文香おねぇちゃん! ゆうちゃんのドア蹴ったら!』


 と、男の子の声が聞こえてきた。先ほどから蹴りを入れてくる女の子を咎めたためだろうが、ピタリと扉の振動が止まった。が、


『うるさい! 健介(けんすけ)もやんの! ほら蹴って! じゃないとあんたも蹴るよ!』

『そ、そんなぁ〜』


 その瞬間、さらに扉を蹴られる。2人して蹴り始めたらしい。


『あっけろ♪ あっけろ♪ あっけろ♪』という可愛らしい声とリズムとは裏腹に、ドアの軋む音は暴力に満ちていた。


「おい、やめろって! 扉が壊れるだろクソガキ共!」

『だったら開けなさ〜い。閉じこもってないで出てきなさ〜い。ほら、健介も言って』

『え? えーっと。そ、そーだー。でてこーい。この、穀潰し!」

「ああっ!? テメェどこでその言葉覚えやがった! ぶっ殺すぞ!」


 そうして、しばらく暴力と暴言の押し問答が続いていたのだが、ふいに蹴りがやんだ。不審に思い、扉に耳を近づけて向こうの様子を伺う。

 するとなにやらカチャカチャと音がしているものの、これと言って扉を開けてくる様子はない。どうにも、ようやく諦めてくれたらしい。

 俺は再び扉に背を預け、ふーっと安堵の息を漏らした。そのときだった。


『ブリーチ!』


 その掛け声と共に、俺の身体が吹っ飛んだ。

 勢いよく開いた扉に弾かれ、壁に叩きつけられてしまう。朦朧とする意識の中顔を上げてみれば、不敵な笑みを浮かべ、ぞろぞろと部屋に入ってくるクソガキ共。

 どうにもアイツらは、あの手に持ってるバカでかい筒を扉に叩きつけたらしい。特殊部隊が突入の時に使うアレである。いったいどこからそんなものを取り出したのか、そもそも子供が使えるもんじゃねぇだろと思ったが、それ以上に目の前のクソガキ共に腹を据えかねていた。


「てめぇらいいかげんに---」

「やられる前にやっちゃえ! とつげき〜」

「お、おぉ〜!」


 そうして、無防備な状態の俺がクソガキ共にしばかれそうなったそのとき、一番聞きたくない声が耳に届いた。


「兄貴、なにしてんだ?」


 ピタリ、とクソガキ共の足が止まった。

 声がした方向を見てみれば、そこには俺によく似た男が立っていた。困ったような、それでいて呆れたような。そんな顔をしていた。


「兄貴、母さんが呼んでるよ。あと、嫁も一緒だから」

「あ、ああ。よく帰ってきたな」


 と、俺も困ったような、呆れたような顔を浮かべてしまった。

 そう。なぜ俺がここまでしてコイツらに会いたくなかったのか。なぜあそこまでして部屋への入室を拒んだのか。それはひとえに、玄関にいた連中が『親戚』だからである。

 こども部屋おじさんにとって親戚の来訪とは、死よりも恐ろしい、地獄のイベントなのだ。


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