ボランティアの騎士よ
その日、俺とアリスは乗り合い馬車に揺られていた。
天幕のない荷台からは青空を望め、頬を撫でる風が心地よい。流れ行く景色はどこまでも牧歌的で、その中を馬車がパカパカと音を立てながら進んで行く。
目的地は王都から馬車で3日ほどの距離にあるビリー村。例の依頼で指定された場所であり、同時に、例の地下迷宮がある場所でもあった。
ただ、そんな物騒な場所に向かう俺たちとは裏腹に、馬車の上に流れる空気はのんびりとしたものだった。
ふと流れ行く景色から視線を戻せば、隣にはアリスが座っている。すれ違う大道芸人の馬車を目で追ったり、遠くに見える史跡を興味深そうに眺めたりしている。
「楽しそうだな」
「あっ、すいません……」
なぜかアリスに謝られた。
「これから遺体を回収しようというのに、不謹慎でした」
どうにも、その態度を咎められたのだと勘違いしたらしい。なので俺は首を横に振ってやる。
「別に、そういうつもりで言ったんじゃないよ。単純に楽しそうに見えただけだ」
「そうでしたか。ですが、そうですね。楽しいです」
言って、アリスは視線を遠くに移した。
「お城にいた頃は、あちこち出歩くことがなかったものですから。なにかと新鮮で」
さすが、幽閉されたような生活を送っていたことだけはある。
「けど、この辺りは前の依頼で通っただろ? なにがそんなに珍しいんだ?」
「いえ、それはそうなのですが」
アリスは照れるように笑った。
「実は、泊まりがけでどこかに行くのが初めてでして。ですので、なんというかワクワクしてしまって。昨日の夜だってあまり眠れなかったんですよ」
「遠足前の小学生かよ……」
「小学……なんです? それ?」
つい、元いた世界の言葉が出てきてしまい適当に誤魔化す。
まあ、アリスは生まれてこの方ろくに外の世界を歩いたことがない人間だ。そんな人間が初めて王都から離れるとなれば、確かに心も躍るというものだろう。
「ま、目的地に着くまでは楽しむといいさ。なんせ、あと3日は馬車の上だ」
「はい。そうさせていただきます。……あの、ところで」
と、アリスが俺を覗き込んできた。
「前から聞きたかったのですが、ユースキーさんって、どうして私に協力してくれるんです?」
「……なんだよ急に」
「いえ……」
アリスは顎に手をやった。
「パーティーを組んでから思ったのですが、よくよく考えればユースキーさんが私を手伝う意味ってあまりないのでは、と思いまして」
「いや、だから言っただろ。お前を手伝わないと、俺は母さんに家を追い出されんだよ。俺が生きていくための生存戦略だ」
「それはそうなのですが、命を狙われている私と一緒にいることのほうが危険じゃありませんか?」
言葉に詰まってしまう。確かに、家を追い出されて路頭に迷うのと、命を狙われる危険のある奴の側にいるのとでは、危険度で言えば後者の方が高いだろう。
「それに、依頼の取り分はユースキーさんに多めにとっていただくことになっていたのに、結局半分しか貰ってくれないじゃないですか」
「冒険者の基本は山分けなんだよ。そんなことして、仲違いにでもなったどうすんだ」
「でも、それならそれでユースキーさんは助かりませんか? 私があの宿を出て行けば、お母様の言いつけもなかったことになります」
再び言葉に詰まってしまう。
確かに、母親からアリスの面倒を見るようには言われている。ただ、あくまでもそれは飛ばない大鷲亭に厄介になっている間は、という条件付きだ。
「なので、不思議なのです。どうしてユースキーさんは、私を手伝ってくれるのかと」
「いや、それはだな……」
思わず、答えに窮してしまう。
同時に、そこまで言われれば考えざるおえない。なぜ、俺はアリスを手伝っているのかと。
むろん、理由らしい理由が見当たらないほど己に対して鈍感なつもりはない。アリスから家出をしている事情を聞いたあの日、俺はアリスに対して同情したのは確かだ。だが、同情したからアリスを手伝うことにしたのかと言えば、おそらく違う。これはもっと、別な感情だ。ただ、その感情になんと名前をつけていいのか、俺には分からなかった。
そんなわけで俺はうんうんと唸ってしまっていたのだが、そこでふいにアリスが「むむ?」と首を傾げた。
見れば、なにやら遠くに視線をやっている。
「どうした?」
「いえ、気のせいだとは思うのですが……」
言ってアリスは立ち上がり、日除けがわりに手を添えた。
「あれ、ゴブリンじゃありませんか?」
「はあ?」
思わず立ち上がり、アリスに習ってその方向を見る。
ゴブリンとは、この世界においてもよく知られている魔物である。
集団で行動し、巣を作る。村や道ゆく人々を襲っては金品を略奪し、ついでに女も掻っ攫っていく。まさに魔物界の盗賊とも言える存在であり、そんな魔物が現れたとなればおちおちしていられないのだが……
「いや。なにも見えんがぞ」
いくら目を凝らしてみても、それらしき姿は全く見えない。ただっぴろい平野と森林が広がっているだけだった。ただ、どうにもアリスにはなにかが見えているらしい。
「いえ、いますって。ほら、あそこですあそこ」
「いや、どこだよ」
「ですから、こっちですってば」
ぐいと腕を引かれ、アリスとの距離が近くなる。香水の香りが鼻先をくすぐり、思わず身を引いてしまいそうになる。
「おい、アリス。あんまくっ付くんじゃねぇよ。好きになっちまうだろ」
「なに言ってるんですか、もう」
普通に呆れられた。
「それより、あそこです。ちょうど、森と平野の境目になっているところ」
アリスが指差したのは、目測でおおよそ200mほどの場所。いったい、どれだけ目がいいのかを思いつつも目を凝らしてみるが、やっぱり見えない。
「いや、だから見えねぇって」
「いや、いるんですってば! あっ、森から出てきます!」
その瞬間、二足歩行の魔物が飛び出した。
煤色の甲冑に、焼け爛れた体表。禍々しい武器を携え、その顔は酷くおぞましい。そんな魔物の集団が、凄まじい速度でこちらに駆け出していた。
「オークだ!!!」
突如、馬車に乗り合わせていた男が叫んだ。
馬車の上はざわめきだち、その叫びを聞いた御者が馬車のスピードを上げた。馬車が跳ね、俺とアリスの身体がぐらついた。
「ひゃっ!」
「アリス!」
小さな悲鳴に反応し、俺はアリスを引き寄せた。だが体勢が悪かっただけに、2人して転んでしまう。
「すっ、すいません、ユースキーさん。お怪我は?」
「……い、いや。大丈夫だ。それよりオークは?」
アリスに手を貸してもらいながら立ち上がれば、オーク共はこちらとの距離を徐々に詰めてきている。
「ユースキーさん、あれもゴブリンなんですか!?」
「違う! オークだ! ゴブリンなんかより厄介だ!」
かつて、魔の者の王が造ったとされる魔物。話によれば、長耳族と炭鉱族を真似て造ったとされ、すさまじい脚力と持久力を兼ね備えていると聞く。
「アリス! 馬車を守るぞ! それと---痛っ」
即座に剣を抜こうとして、痛みを覚えた。見れば、右手の甲に違和感があった。転んだときにどこかで打ったらしい。
俺は舌打ち混じりに剣を抜き、御者台の方へと向かう。
「とかく、アリスは魔法の準備だ! それと御者のアンタ! もっとスピード出してくれ! じゃないと追いつか……あ?」
間抜けな声が出た。
見れば、御者台に御者がいない。ではどこに行ったのかと探してみれば、なんと御者は馬に跨っていた。跨った状態で、荷台と馬を繋ぐ金具のベルトを短剣でギコギコやっていた。
「おい! テメェなにしてやがる!」
「悪ぃな、あんちゃん。俺はまだ死にたかねぇんだ!」
言った瞬間金具のベルトが切れ、馬が飛び出した。当然、御者はそのまま駆けて行く。
「馬はあと一頭いるんだ! 頑張って逃げてくれや! あばよ!」
「このクソ野郎!」
叫んだ瞬間、御者を失った馬が暴れ出した。俺は御者台に飛び乗り手綱を握る。
「ユースキーさん!? 運転できるんですか!?」
「子供の頃に習って以来だけどな!」
案の定、馬は暴れる、かかり気味。ついでに先ほど手を打ったせいか手綱を思うように操れず、馬車を真っ直ぐ走らせることができない。さらに悪いことに、
「ユースキーさん、追いつかれそうです! もっと急いでください!」
「うるせぇ! これが限界なんだよ!」
やはり、一馬力の損失は大きい。馬車用の馬ゆえに早くは走れず、荷台を引いているために速度もでない。おまけに、
「それより、魔法でもなんでもいいからぶっ放せ! 思いっきりやれ!」
「わかりました! では、火の神……ううっ……火のか……うっぷ」
「おい、どうしたどうした!? なにやってんだ!」
「馬車に……酔いました。おえ」
「ちくしょう!」
おまけに、アリスの魔法も使えなくなってしまった。
そうこうしている間にも、オーク共はどんどん馬車に近づいてくる。そして、その集団の中の一頭が荷台に飛び乗ろうとした、その時だった。
「ぬおおおおおおっっっらぁ!!!」
ズンと馬車が沈んだ。かと思えば、荷台に巨体の男が立っていた。その大男が、飛び込んできたオークの顔面を鷲掴みにしていた。
「ふん!!!」
大男がオークを荷台に叩きつけた。木片が飛び、オークの黒い血が飛び散った。
「無事であるか!? 旅の者よ!」
「あなたは!?」
アリスが問うた。
「なぁに! 通りすがりの騎士よ! ボランティアで人助けをしておる、ボランティアの騎士よ! さあ、ここは我輩に任せてゆくのだ、旅の者よ! ぬおおおおお!」
猪突猛進。その大男は荷台から飛び降りると、オークの群れに突っ込んで行った。バッタバッタとオーク共を薙ぎ倒し、その中心で大男は黒い血の雨を浴びていた。
「ありがとうございます! ボランティアの騎士様! またどこかで!」
アリスがヒラヒラと手を振れば、勇猛果敢な雄叫びが返ってくる。
「奇特な方もいらっしゃるのですね……。私、感動しました」
「あー……まあ、そうだなー」
と、俺は手綱を握りながら、後ろに遠ざかってゆく大男を見た。
純白の甲冑を脱いだ、農夫のような格好。一応顔は隠しているが、体型は変えられない。だからだろうか、前聞いたときより高い声で話していたように聞こえた。
「いったい、どこのどなたなのでしょう?」
アリスが首を傾げてくるが、俺は肩をすくめるしかなかった。パチンと鞭を打てば、やっと馬がまともに走り出してくれた。
パカラッ、パカラッと、石畳の街道を馬車は駆けてゆく。




