フーゴとお呼びください
「そうでしたか。そのような理由があってここにおられる、と。そして、私のせいで良い依頼が受けられない状況にある、と」
「……はい。ですが、申し訳ありません。私、少々苛立っていたもので」
言って、アリスは詫びを入れた。
場所は変わってギルド内にあるVIPルーム、のような応接間。
文官殿がキースに場所の提供を求め、キースがそれに潔く応じた結果こうなった。ちなみに、キースは「用事があるんで」と言って帰ってこない。おそらく、恐れをなして逃げてしまったのだろう。俺を置いて。
「それで、そちらの方が……」
文官殿に視線を向けられ、俺は反射的に姿勢を正してしまう。
「はい。ユースキーさんです。お世話になっているのは、この方のお母様が経営される宿です」
「そうでしたか。初めまして、ユースキー殿。私、文官を務めております、フーゴとお申します。以後、お見知り置きを」
貴族らしからず、右手をスッと差し出したフーゴ。
場所が場所だからか、俺に気を使ったのかは分からなかったが、俺も右手を差し出して握手を交わした。
「初めまして。ユースキーです。えっとフーゴ殿は……」
「そんなにかしこまらなくても構いませんよ。フーゴとお呼びください」
気さくな感じで微笑みかけてくるフーゴ。そのおかげか緊張の糸はとけ、いつのように口が回る。
「わかった。……じゃあ、フーゴさん。あんたはアリスの知り合い、なのか?」
「はい。私は度々謁見する機会をいただいておりますので、アリス姫とは何度か……」
「もうっ、フーゴったら。何度か、ではないでしょう? 何度も、でしょう?」
ふふっとアリスは可笑しそうに笑った。それからイタズラっぽい視線をフーゴに向けた。
「まったく。困ったお方だ。……ああ、すいません。ユースキー殿」
と、置いてけぼりの俺に気を使ったのか、フーゴが申し訳なさそうな顔をした。
「姫が幼かった頃は、私が遊び相手だったものですので。ですから、その……」
「王女である私とも、ここまで口を聞ける仲ということなんですよ。ね、フーゴ?」
「ええ。恐れ多い話ではありますが」
言って、フーゴははにかむようにして笑った。まるで、イタズラっぽい妹と、それを見守る兄のような関係にも見えた。
「それで、アリス姫」
と、フーゴが改まった感じで切り出した。
「姫が城を出て、冒険者として生活されていることは分かりました。そして、私のせいで依頼を受けられない状態にあることも。ただ、少々分からないことがございます」
フーゴはチラリとアリスに視線をやった。
「一応、他の冒険者の方のご迷惑にならぬようにと、いくらかの依頼は残したつもりではあります。それこそ、姫のようにその日の宿代と食事代を稼ぎたい冒険者の方に向けて。ですが姫のお話を聞く限り、姫はそれ以上の稼ぎを求めておられるようなのですが……。何か別な理由でも?」
「えっと、それは……」
思わず、と言った感じでアリスは言い淀んでしまう。
先ほどアリスは冒険者として生活している旨をフーゴに伝えはしたが、さすがに本当の理由までは明かしてはいない。親しい間柄とは言え、そこは線引きをしたようだった。なのでそういう疑問をフーゴが持ってしまうのも分からないでもない。
俺は仕方なく、いまだに答えに困っているアリスに助け舟を出してやることにする。
「ああ、すまん。フーゴさん。そりゃ俺だ。俺が原因なんだ」
そう言ってやれば、フーゴが俺に視線を向けた。
「いやな。実はこの前会社が吹き飛んでな。無職の状態なんだ。だからアリスに無理言って、金になる依頼を受けようとしてたんだよ。なあ、アリス?」
俺が視線だけで「合わせろ」と暗に伝えれば、アリスは小さく頷いた。
「え、ええ。実はそうなんです。それに、その日暮らしのお金だけだとやはり不安で。だからユースキーさんに協力してもらって、お金になる依頼をこなそうとしてたんです。ね、ユースキーさん?」
そんな感じで「なー」「ねー」と取り繕ってみれば、フーゴはチラリとアリスを見た。それからすぐに視線を動かし、じっと俺を見つめる。
さすがに怪しまれたか。そう思ったのだが、
「なるほど。そういうことでしたか」
と、フーゴはニコリと笑った。
「いえ、てっきり姫のことですから、お金を貯めてこの国を出てしまわれるのかと勘繰ってしまいました。いやはや、そんなことはありませんよね。ははっ」
「もっ、もう。フーゴったら。そんなわけあるわけないじゃないですか。あはは」
「申し訳ありません。最近、似たような話を聞いたもので……つい」
そうして、「あはは」「うふふ」と笑い合うフーゴとアリス。フーゴは冗談めかしく笑っていたが、アリスは冷や汗ダラダラになっていた。
まあ、なんとか誤魔化せたらしい。ただ、いまフーゴが言った「似たような話」とはどういうことなのだろうか。そんなことを思っていると、フーゴが咳払いをして注目を引いた。
「しかし、それは申し訳ないことを致しました。……わかりました。それでは今後いっさい、そういった依頼を受けるのは止めることにいたします」
「えっ、いいのですか? フーゴ?」
「ええ。もちろんです。それに、姫がお世話になっているユースキー殿のご迷惑になっているとあれば、それは姫にもご迷惑をおかけしているということ。どうぞお許しください、アリス姫。そして、ユースキー殿」
言って、フーゴは胸に手を当て頭を下げた。
その光景に、俺は思わず呆気に取られてしまう。普通、貴族というのはメンツを気にする生き物である。なので仮に己に非があったからと言って、そう簡単に頭を下げはしない。もちろん目上のアリスに対してならまだ分かるが、平民の俺にまで詫びを入れるのはハッキリ言って異常である。
その異様な腰の低さを気味悪がっていると、フーゴが下げていた頭を上げた。
「それで、アリス姫。そのお詫び、というわけではないのですが……」
チラリ、とフーゴは俺を見た。
「一つ、依頼を受けてはくださらないでしょうか?」
「依頼、ですか?」
と、アリスが首を傾げた。
「はい。私が受け持っている依頼なのですが、ぜひ姫にお譲りしたいと考えています。それに、ユースキー殿もお金を必要とされているとのことですので、ぜひお力になりたく……」
「それはありがたいのですが、具体的にはどんな……」
「そうですねぇ……」
フーゴはスッと顎に手を当てた。
「依頼の内容はともかくとして……報酬は100万ルース、とだけお答え致しましょう」
「ひゃくっ……ユースキーさん!」
パッとアリスは俺に振り向いた。その目には軽い高揚感と、喜びの感情が見てとれた。
なぜならアリスが国を出るために貯めようとしている資金のまるまるの額。報酬は俺と折半する形とは言え、この依頼だけで目標金額の半分を手にすることができる。なのでアリスが喜ぶのも分かるのだが……
「……なぁ、フーゴさん。依頼を譲ってくれるのはありがたい。けど、あんま厄介な依頼は困るぞ」
その逆俺が何色を示してみれば、フーゴは「はて」と首を傾げた。
「依頼の内容はご説明しておりませんが、なぜそう思われたのです?」
「あんた、錬金術やってんだろ?」
すっと、フーゴの眼に鋭い光が宿ったのを見た。フーゴは目だけで、話の続きを促してくる。
「別に、詮索する気はないさ。ただ、訳あってあんたが受けてきた依頼を見させてもらった。冒険者としちゃ節操のない依頼ばっかだが、魔物の羅列には覚えがある。ありゃ、錬金術でよく使う魔物だ」
「錬金術……ですか?」
と、隣にいたアリスが小首を傾げてきた。
「魔物の素材とかをこねくり回して、色々作り出す技術だよ。ただ、使う素材がニッチで市場じゃほとんど手に入らない。だから錬金術やってる連中の中には、自分で素材を集めに行く奴もいる」
もちろん冒険者に依頼として任せる者もいるが、いかんせん冒険者には荒くれ者が多い。なので頼んでみたものの、お目当ての素材がボロボロの状態だったなんて話はよく聞く。なので錬金術をしてる奴は己で素材を取りに行くか、あるいは冒険者に同行して指示を出しながら魔物を倒してもらったりするのだ。
そんなことをアリスに説明してやれば、フーゴは感嘆にも似た声を漏らす。
「いったい、どうやって私の依頼を調べたのか少々気になるところではありますが、その通りです。私は錬金術のために依頼を受けておりました」
「なら、あんたが俺たちに譲ろうとしている依頼は厄介ごとで決まりだ。自分で素材集めをしてるような人間が、他人に頼むわけがない。下手に魔物を傷つけられて、素材にならなかったら意味がいからな。だから、その依頼は受けたはいいが手に負えなくなった依頼、違うか?」
「……なるほど」
と、フーゴは笑みを浮かべ、俺を見た。
「いやはや、これは恐れ入りました。錬金術への造詣に、その洞察力。失礼ながら、ユースキー殿は姫とご一緒するほどの方なのかと思っておりましたが……もしや名のある冒険者で?」
さあな、と肩をすくめれば、フーゴはそれ以上追求はしてこない。まあ、本当に実力がある人間であれば、ここに居るのは別な人間だっただろう。
そんなことを思っていると、フーゴが小さく頷いた。
「しかし、これなら安心して依頼をお任せすることができそうです。いえ、ユースキー殿だからこそ、ぜひこの依頼はお譲りしたい」
「いや、だから……」
「まあ、お聞きください。ユースキー殿」
と、フーゴが俺の言葉を遮った。
「確かに、私がお譲りしようとしている依頼は厄介ごとを抱えてはいます。ですが、それはあくまでも形式上の、という意味です」
「形式上、ですか?」
と、それまで黙っていたアリスが首を傾げた。
「はい。実を申しますと、この依頼は表には出せない依頼です。そのためギルドを通した依頼ではありません。……いえ、正確に言えば『通す訳にはいかない』と言ったところでしょうか」
言っている意味がわからず、俺は首を傾げる。するとフーゴは顎に手を当てた。
「私の遠縁にあたる……まあ、いわゆる傍流貴族の方が依頼主でして。その方の娘様が、数ヶ月前に家出をされたようなのです。しかし最近になってその娘様らしき方が見つかったため、回収して欲しい、という内容です。ですが事が事だけに、私にまで話が上がってきました」
「……なるほど。ま、貴族様ってのは面子にこだわるからな」
仮にその依頼を冒険者ギルドに頼めば、おそらくその娘とやらは回収されるだろう。ただ、その依頼書が掲示板に張り出されれば、広く知れ渡る。一応、ギルド側も内容が内容であれば秘匿性を持った形で依頼の募集を行なってくれるが、それでもなお貴族という生き物は冒険者ギルドを頼るのを渋る場合が多い。
なので俺は嫌味ったらしく言ってやったわけだが、その程度ではフーゴは動じないらしい。
「ですが、貴族とはそういう生き物なのです。しかし、今回ばかりはそれも理解していただきたい」
と、フーゴは痛ましそうに首を振った。
「聞けば、その娘様は当主の不義の子であるらしいのです。家族同然に育てていたのですが、ある日突然家を飛び出してしまったとか」
どこかで聞いたような話であった。なので隣を見てみれば、案の定アリスはいい顔をしていない。そのまま、なにか思い詰めたような顔で口を開く。
「つまり、私たちに頼みたいのは『その方を連れ戻せ』という依頼でしょうか?」
気乗りはしない、というニュアンスが含まれていたように思う。しかしフーゴは小さくかぶりを振った。
「あぁ、姫。申し訳ありません。私の伝え方が悪かったと存じます」
言って、フーゴは視線を落とした。その態度を不思議に思ったのか、アリスは眉をひそめる。ただ、フーゴの話を注意深く聞いていればわからない話でもない。
「……なあ、アリス。フーゴはこう言ったんだ。その娘らしきものが見つかったらか、回収して欲しい、って」
その瞬間、アリスの顔に影が落ちたのがわかった。そこまで言われれば、流石に理解できたらしい。
「あの、それはつまり……」
「はい。すでに……亡くなっております」
ふいに、場に重苦しい空気が流れた。それを押し流すようにして、フーゴは続ける。
「とある場所で、その娘様の遺体が見つかったのです。偶然通りかかった冒険者の方が見つけたらしいのですが、その方たちは別な目的があったために回収はしておりません。ただ、遺体の特徴からしておそらくその娘様であろう、と」
おそらく、その冒険者がギルドに報告して、その情報が例の貴族の元まで上がってきたのだろう。ただ、ちと気になることがあった。
「なあ、場所が分かってんなら、なんでその貴族が直接回収に行かないんだ? それこそ表に出したくないなら、他の誰かに頼むのはおかしいだろ」
そんな当たり前の疑問をぶつけてみれば、フーゴは痛ましそうな表情を浮かべた。
「ええ、通常であればそうでしょう。ただ、見つかった場所が厄介なのです」
「というと?」
「地下迷宮です」
思わず、俺は息を呑んでしまった。
それから、どこの誰ともしらないその娘の末路を想像してしまい、嫌な気分になる。
ただ、アリスは冒険者としての経験が浅いためか、俺とフーゴの間に流れた空気の意味を理解できなかったらしい。
「あの、地下迷宮というのは?」
「地下にある迷路みたいなもんだ。罠もあれば、魔物もいる。とにかく危険な場所だ」
もちろんそれだけじゃなくて、他にも色々と危険な要素はある。が、それをアリスに説明す暇もなくフーゴが喋り始める。
「ともかく、その娘様の遺体はダンジョンの中にあります。そのため、その貴族の方が直々に回収するのも難しい。そういう事情もあって、私に話が上がってきたのです。内密に処理できる方はいないか、と」
言って、フーゴは俺たちに伺うような視線を向けてきた。暗に、返答を要求している。そんな視線だった。
だが俺は、すぐに首を振った。
「……なあ、フーゴさん。あんた分かってんのか? 俺だけならまだしも、アリスまでそんなな場所に送り込もうとしてんだぞ? それに……」
と、俺は言葉を区切ってから続ける。
「あんたに話が回ってきたってことは、その貴族はあんたにその依頼を解決して欲しいってことだろ?」
なにより、フーゴの依頼には地下迷宮の探索も含まれていた。ならば実力不足だから俺たちに頼んできたというわけでもあるまい。
するとフーゴは小さく首を振った。
「確かに、依頼主の方は私に解決を求めているのでしょう。ですが、その地下迷宮がある場所は私の領地でもなければ、その依頼主の方の領地でもありません。私が直々に伺いたいのは山々ですが、立場上それは叶いません」
貴族ゆえの事情、というやつらしい。
「それに、地下迷宮が危険な場所なのは身をもって知っております。ですが、その迷宮は既に走破されております」
「あ? そりゃどういうことだ?」
思わず呆気に取られてしまえば、フーゴは小さく頷いた。
「お話したように、たまたま通りがかった冒険者の方々がその遺体を発見しました。そしてその冒険者の方たちが、その地下迷宮を走破しているのです」
それに、とフーゴは続ける。
「その娘様の遺体があるのは、第3層。全部で15層の地下迷宮ですが、それを考えればそれほどの深さではありません。多少の魔物は復活しているかもしれませんが、姫とユースキー殿なら十二分に対処ができるかと」
「……つまり、俺たちは大した危険に遭わずに依頼をこなせる、と」
「はい。だからこそ、この依頼をお譲りしたいと考えております」
たしかにそれなら、形式上厄介という意味も分かる。
「それで……いかがでしょうか?」
フーゴは再び返答を乞うような視線を向けてきた。しかしそれでも俺は、やはり返答に迷う。
たしかに、金になる依頼ではある。なんせ報酬は100万ルース。それだけあれば、腰掛けのために冒険者をしている俺としても助かる。ただ、ダンジョンはダンジョンである。
フーゴも言ったように、走破されているとは言え多少の魔物が復活している可能性もある。第三層程度の魔物なら俺とアリスでもどうにかできるだろうが、それでもやはり不確定要素は存在する。リスクが全くのゼロというわけではないのだ。
なので俺は二の足踏み続けていたのだが……
「……やります」
ふいに声がした。横を見てみれば、アリスが前のめり気味に口を開いていた。
「引き受けて、いただけますか?」
「はい」
言って、アリスは拳を握った。依頼の内容と、アリスの事情を知っていればその答えは理解できる。だが、アリスは地下迷宮がどういう場所かも知らない。そんなところに行こうとするなど、正気とは思えなかった。
「なぁ、アリス。お前……」
「分かっています。ですが、見過ごせません」
はぁ、とため息をついてしまう。説得は不可能。信念で動く奴に何を言っても無駄。すると案の定、フーゴの視線は俺に向いた。
「それで、ユースキー殿。姫はそうおっしゃられていますが……」
そこで俺は再びため息を付いた。それから顔を横を向ければ、そこにはアリスがいる。
こちらに助けを乞うような視線を送ることもなく、ただ真っ直ぐに前を見つめていた。仮に俺が断ったとしても、おそらくアリスは一人でもいくだろう。
「はあ……。わかったよ。その依頼、俺も受ける」
ただし、とフーゴに迫った。
「俺らが死んだら、お前が責任持って骨を拾え。あと、前金はよこせ。たとえ失敗しても返さん」
「分かりました。それでは、その旨で依頼主の方にはお話を通させていただきます」
言ってフーゴは、満足そうに笑った。




