さてどうしたもんか
「どうも初めまして。ここの店主の息子のユースキーです」
「これはこれは、ご丁寧に。我輩はアルベリク・アルドワン。アルドワン家の息子である」
そうして自己紹介を済ませた俺と大男。
そして流れる謎の間。
チラリと周囲を見渡せば、俺と大男が座る席を取り囲むようにして騎士たちが並んでいた。
白色の甲冑に、樹木の紋章が刻印された盾。キングズ・ガードの騎士たちだった。そんな騎士たちが、俺をいまにもブチ殺さん勢いで睨みつけていた。全員兜をしていたが、圧がすごかった。
俺はできるだけ刺激しないように、目の前の大男に顔を向けた。
「え、えっと……アルアル、アルべリクさん。でしたっけ?」
「呼び捨てでかまわん。我輩と貴殿の仲ではないか」
いったい、どんな仲だというのか。
そんなことを思ったが、気を取り直して話を続ける。
「え、えっと。じゃあアルベリク。今日はどういったご用件で……」
「敬語も要らぬ。我輩と貴殿の仲ではないか」
だから、どんな仲だというのか。
しかし聞けば殺されそうななので、そのまま続ける。
「じゃ、じゃあ、アルべリク。いったい、なんの用事があってここに---」
「決まっておろう! アリス姫のことである!!」
「しかり!」」
突如叫び始めた周りの騎士たち。アルべリクに同調するような掛け声だった。その掛け声に呼応するようにして、アルべリクは立ち上がった。
「貴殿は身を挺して姫をお守りしようとした男! なれば我らと志を同じくする同志! ゆえに身分の差はなし! 敬語も敬称も不要である!」
「しかり! しかり!」
雄叫びを上げ、足を踏み鳴らす騎士たち。床を踏み抜く勢いだった。もう怖くてしかたなかった。
それから俺がビクビクしながらその鬨が終わるのを待っていれば、ふいにアルべリクが手を上げた。即座に雄叫びが止み、騎士たちは直立不動の体制へと戻る。
「すまぬな。我ら、姫のこととなると熱くなるがゆえ。つい」
だから許せってか。耳元でウォークライをブチかまされるのを。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、アルべリクは「ふむ」と頷いた。
「まぁ、そのような理由で我々はここに来たわけだが……ところで、その様子を見るに、貴殿は姫の正体を知っておるのだな?」
「ま、一応」
流れ上、そうなっただけではあるが。すると、アルべリクは再び頷いた。
「なら話は早い。実は、姫のことで頼みがあるのだ」
「頼み?」
「うむ。姫をしばらくここに置いてはくれぬか?」
はぁ、とよく分からない声が出た。
数日前に現れたキングズ・ガード。それが今日目の前に現れた。それを結びつけるのは、アリスおいて他にはいない。なのでこいつらがここにやって来たのも分かるし、アリスに関する頼み事をするのも分かる。ただ、
「あのよ、俺はてっきり、お前らがアリスを引き取りに来たから、アリスを引き渡せって頼みだと思ったんだが、違うのか?」
王族の、しかも警護を務めるキングズ・ガードである。
護衛対象が家出をしているなら、とっ捕まえて城に連れ出しそうなものなのだが。
しかしアルベリクは、首を横に振る。
「本来であれば、そうであろうな。だがそれ以上に、やんごとなき事情があるのだ。そのためには、姫がなぜ家を出ておられるかを話す必要があるのだが……ううっ」
と、目柱を押さえたアルべリク。なぜか周りの騎士たちも涙を拭うような動作を始める。
「それを説明するには、姫の生い立ちから語らねばならぬだろう。しかし、これが聞くも涙、語るも涙の物語。あのようにお優しく、慈悲深いお方がなぜあのような目に……」
「いや、そのへんはアリスから聞いてるよ」
「なななんと」
驚きの顔を浮かべ、アルべリクは前のめりになる。
「なぜ、そのような話を?」
「まあ、色々あってな」
さすがに、その話をされた経緯を話すわけにはいくまい。なので適当に誤魔化してみれば、アルべリクは「うむうむ」と頷いた。
「なるほど、そうであったか。いや、しかし。これで我がアルドワン家に代々伝わりし『同情話術』を使って貴殿の同情を誘う手間が省けた。大いに感謝する」
言ってアルべリクが涙を引っ込めれば、周りにいた騎士たちも泣くのを止める。
なんだこいつら、と思ってもみたが、よくよく考えれば俺も前世で同じようなことをやっていたように思う。平田課長、げんきかなー。
「とまぁ、そういう理由があって姫は城を出ておられる。だから貴殿に姫を預かって欲しいのだ。わかったか?」
「いや、待て待て」
思わず、前のめりになってしまう。
「それじゃ、なんの説明にもなってねぇだろ。アリスの事情は知ってるが、なんでお前らがアリスを俺に預けるんだよ」
まるで、アリスばりに過程をすっ飛ばしたアルべリク。もしや、あいつの癖はこの大男に影響されたものなのではと思ってしまうほどだった。
「むっ、確かにそうであるな。と言っても、大した理由ではないのだ」
と、アルべリクは首を振った。
「姫に自由を楽しんで欲しい、それだけだ」
ふと、アルべリクが遠い目をした。それから感慨深そうに腕を組む。まるで、昔のことを思い出しているような表情をしていた。
「知っての通り、姫は小さい頃から城での生活を余儀なくされている。そして、王族でありながら、その使命を全うすることができないでいる。そんな姫が、自らの意思で城を出て、自らの意思でこの宿に泊まっている。それがどういう意味か、貴殿にも分かるであろう?」
アルべリクが小さく首を傾げてきた。ただ、そう言われたなら言わんとしてることはわかる。
「……そりゃつまり、アリスにやりたいことをしてもらいたい、ってことか?」
「左様。姫が家出をして、街の宿に泊まる。貴殿のような人間と出会い、平民たちと戯れる。今現在、姫がそのような生活をしておられるのであれば、それは姫がやりたい事……つまり、自由を楽しんでいるということ」
言って、アルべリクはスッと目を閉じた。
「むろん、その自由がかりそめに過ぎぬことは分かっている。キングズ・ウォッチが姫の行方を探している以上、いつまでもこのような生活はできまい。じき、城に連れ戻されるであろう。しかし……」
アルべリクは、ゆっくりと腰のメイスに手を伸ばした。
「我々はキングズ・ガード。王に忠誠を誓った身ではあるが、同時に、この身に変えても姫を守ると誓った身。であれば、姫が自由を楽しんでおられるこの時間をお守りするのも我らの役目。姫が城に連れ戻される、そのときまで」
そうして、アルべリクは俺に真剣な眼差しを向けてきた。王の盾としての矜持、そのようなものを感じてしまう。
「して、どうであろう?」
「……どうって」
「その日がくるまで、姫をここに身を置かせてくれまいか?」
思わず、沈黙を選んでしまう。
別に、アリスをここに置くのは問題はない。なんならそこらの宿泊客と扱いは変わらないのだ。ただ、いくつか問題があった。
「そりゃ、置くだけなら別にいい。ただな、アリスは俺とパーティーを組んで冒険したがってる。金を稼いで、ここの宿代にするためにな。そのあたりはいいのか?」
「問題ない。姫がそうしたのであれば、かまわぬ」
「いや、そうじゃなくて」
と、俺は首を振った。
「冒険者家業は危険だっつってんだよ。下手すりゃ死ぬこともある。そういう仕事なんだぞ」
前にも言ったが、貴族が冒険者をやっている話もあることにはある。ただそれは、食い扶持のない貧乏貴族の次男三男あたりの話であり、王族が冒険者になるなど聞いたことがない。
しかしアルべリクは、そこでも顔色ひとつ変えなかった。
「それも、かまわぬ。なにより、依頼中であっても危なくなれば助けに入る。この間のあれは覚えておるだろう?」
言って、アルべリクは拳を構えた。
「我々は常に姫を見張っておる。あのような悪党からお守りするためにな。もし同じようなことがあれば、貴殿もろとも守ると誓おう」
さすがに王の盾、と言ったところか。
アリスに自由を楽しんでもらう心積りとは言え、警護をおざなりにするつもりはないらしい。
「けど、俺が悪党じゃないって補償はないと思うが?」
「それだけはあるまい」
アルべリクがニッと笑った。
「貴殿はあのとき、身を挺してアリス姫を守ろうとした。なれば我らと心を共にする者。そのような者を、どうして疑うことができようか」
その目に疑いの色はなく、本気で信用しているように見える。
王族の警護を担当する人間がそれでいいのとは思う一方で、アルべリクのような人間でなくてはアリスを自由にさせようとは考えないだろうとも思う。
「……わかった。それなら、こっちとしちゃ文句はない。なんなら助かる。アリスの魔法がありゃ、依頼も簡単にこなせるしな」
「それは良かった。では、しばらく姫のことを頼む」
アルべリクは、右手を差し出してきた。なので俺も握手を返せば、アルべリクは満足そうに笑った。
「それでは、我々はこれにて失敬する」
そうしてアルべリクは部下の騎士たちを引き連れて店を後にしようする。なので俺も一応の見送りのために店の入り口まで歩いて行こうとしたのだが、そこでふいにアルべリクがピタリと立ち止まった。
「そう言えば、ユースキー殿。一つ、貴殿に伝えておきたいことがある」
言ってアルべリクはこちらに振り向いてくる。
「なんだ?」
「貴殿は、あの時襲ってきた男たちを覚えているか?」
忘れるはずがない。が、なぜそんなことを聞いてきたのかと不思議に思う。
「そりゃ覚えてるさ。それで?」
「うむ。実を言えば、そのうちの2名ほどを取り逃がしているのだ」
腹の底に厭な感覚が走った。とっさに、忘れていた恐怖心が蘇ってくる。
「……まさか、そいつらがまた襲ってくる可能性があると?」
「いや……」
と、アルべリクはかぶりを振った。
「取り逃がしたと言っても、わざとだ。連中の口ぶりからするに、首謀者は他にいると思ったのでな。だからわざと泳がせ、部下たちに後を着けさせたのだ」
アルべリクは後ろにいた騎士たちに視線をやる。
「そして結果的に、奴らの隠れ家を見つけることができた。それから我輩も合流し、隠れ家に踏み込んだ。すると奴らは……」
チラリ、とアルべリクは俺を見た。
「……殺されていた」
「……なに?」
思わず、眉を顰めてしまう。
そんな俺をよそに、アルべリクは続ける。
「おそらく、口封じのために殺されたのであろう。両者とも、一太刀で切り捨てられていた。剣の男と、斧の男だ。覚えているか?」
「剣持ちの方は……一応。たぶん、最初に剣を合わせた奴だ」
同時に、恐ろしく強かったと記憶している。我ながら、よく一太刀目で殺されなかったと思うほどに。
「……つか、ちょっと待て。あんな強ぇ奴が一太刀で殺されてたのか?」
「傷からして、そうとしか考えられぬ。争った形跡も、大人数で取り囲んだ形跡もない。なれば斬ったのは1人、であろうな」
「そりゃ……」
思わず、言葉を失ってしまう。
あの剣持ちの男を「手練だ」と評したが、その男を一太刀で、しかも片割れがいる状況で切って伏せたのであれば、それは化け物と言う他ない。
「とは言え、斬った者が首謀者なのか、はたまた口封じのために雇われた者なのか、今となってはわからぬ。むろん我々でも調査を進めはするが、捕まえられる保証もない。ゆえに、貴殿にも十分注意して欲しい」
「……なるほどな」
アルベリクたちが警護はするとは言え、全部が全部見通せるわけではない。なればアリスの一番近くにいる俺も警戒するに越したことはないだろう。
「わかった。けど、あんま当てにしないでくれ。こちとら、騎士様じゃないんでな。守るのは専門じゃない」
「それでよい。とりあえず、心に留めて置いて欲しかったのだ。それでは、さらばである」
言ってアルべリクが歩き出せば、周りにいた騎士たちも後に続く。俺はアルべリクが店を出て行くのを眺めつつ、
「さて、どうしたもんか」
などと呟いてみたものの、すでに腹積りは決まりつつあった。




