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22/30

いくらだ?

 街道で馬車を拾った俺たちは、しばらくの後に街へと戻った。

 その後、ギルドに依頼失敗の報告を済ませ、家に帰ってから細々とした後片付けをやっていけば、時刻は日付を跨ごうとしていた。


「お待たせしました」


 その声に顔を上げると、机の横にアリスが立っていた。動揺の色は顔から落ちてはいたが、疲労を滲ませた眼をしていた。

 ん、と俺が返事をすれば、アリスは向いの席に腰を下ろす。

 飛ばない大鷲亭の一角、店全体を見渡せる角の席にて俺とアリスは向かい合った。


「……それで、確認なんだが」


 俺はチラリとアリスに視線を送る。


「お前の名前は、アリス・コジマグ。この国の王女でいいんだな?」

「……はい。この国の、第三王女です」


 その返答に、つい周囲に視線を飛ばしてしまう。

 しかし聞き耳を立てている様子の人間はおらず、店内には酔い潰れた男と、雇われの女中にちょっかいをかける冒険者くらいしかいない。書き入れ時を遠に過ぎた宿屋にありがちな光景だった。

 俺がそこから視線を戻せば、アリスが小さく謝ってきた。


「すいません。信じてもらえないのはわかります。ですが、わたくしはわたくしが女王だと証明することができません。証拠を持ち合わせていないのです」


 どうにも、先ほどの目配せを「疑われている」と勘違いしたらしい。


「いや、疑っているわけじゃない。今までのことを考えりゃ、信じるさ」


 キングズ・ウォッチに追われていたのも、暗殺者集団に襲われたのも、そして、いきなり現れたキングズ・ガードも、アリスがそういう身分の人間なら説明がつく。


「信じて、くださるんですか?」

「ああ。けどな……」


 と、俺は机をトンと叩いた。


「そんな奴が、なんで家出なんかしてる?」


 もちろん、アリスは何らかの事情があって家出をしているのは知っている。そして、金を必要としていたことも。


「たしかに俺は、お前を手伝うことを約束した。お前には魔法があったし、魔法があれば俺も助かると思ってな。だから俺は、お前とパーティを組んだんだ」


 俺が顔を上げれば、アリスはじっとテーブルの上を見つめていた。


「ただ、だ。お前がこの国の、しかも王女となれば話は別だ。そんな奴と一緒にパーティーを組むからには、こっちだって事情を知っておきたい。命を狙われるような身なら、特にだ」


 仮に俺がアリスとパーティーを組むことを了承したとして。いや、それすらも納得できるか分からないが、アリスが命を狙われているなら、今日のようなことが再び起きる可能性もある。


「なあ、アリス。教えろ。お前は、いったいなんで家出なんかしてる?」


 俺がじっと見つめれば、アリスはしばらく机に視線を落としたままだった。が、それからしばらくして、ゆっくりと顔を上げた。


「……確かに、それをお伝えしないのは不誠実というものでしょう。なので、どうして私が家出をしているのかお答えします。ですからユースキーさん」


 アリスがこちらを見つめた。


「説明すれば、私とパーティーで居続けてくれますか?」


 いささか、虫の良すぎる話だと思った。ただ、そう思ったのは俺だけではないらしい。


「もちろん、都合のいい話なのは分かっています。ですので、お話を聞いて、その上で判断していただければ」

「……保証はできん」

「かまいません」


 そうするしかない、ということでもあるらしい。


「ですが、その前に……ユースキーさん」


 アリスがじっと俺を見つめた。


「ユースキーさんは、私がどういう人間かご存知ですか?」


 その話をするのではないかと思ったところ、どうにも違ったらしい。


「すいません。また、話が飛びました」

「かまわん。ゆっくりでいい」


 言ってやれば、アリスは頭の中を整理してから喋り出した。


「えっと……私が言いたいのは、こうです。ユースキーさんは、私の出自をご存知ですか?」


 その言葉に、俺の眉がピクリと動いたのが分かった。

 コジマグ王国の第三王女、アリス姫には一つ話がある。

 と言っても、それは国民に広く知れ渡っていることであり、別段、まことしやかに囁かれる噂などではない。


「……たしか、母親が違うんだったか」

「はい。わたくしは、王の私生児にあたります。物心がつく前に、王室に受け入れられました」


 俺が子供の頃の話だ。

 現国王、つまりコジマグ王が、王室に1人の女の子を迎え入れた。なんでも王の隠し子であり、そんな子を王族として受け入れたのだ。

 むろん、王国であるこの国では問題へと発展しかけたが、王が強引とも思える形でその女の子を王室へと受け入れてしまった。

 ただそれ以上に、コジマグ王は『誠実王』と呼ばれ、愛人を持たないことで有名だった。そういった人となりだったからこそ、隠し子がいたことに驚きを隠せない国民が多かったように記憶している。


「なるほど。それがお前ってわけか。話には聞いてたが、本当にいたとはな」

「そう言われても仕方ありません。わたくしは、表には出ませんから」


 言って、アリスはわずかに俯いた。まあ、そういう理由もあって、俺は第三王女であるアリスの顔を知らなかった。というか、国民のほとんどがその顔を知らないだろう。


「それで、それがお前の家出とどう関係がある? まさか王位継承権争いに巻き込まれて、殺されそうになったから家を出たのか?」

「いえ。そもそも私には、継承権を与えない取り決めになっています。それに、お兄様やお姉様方とは仲良くさせて頂いておりました」


 言って、アリスはわずかに微笑んだ。その表情を見るに、そこに嘘偽りはないように思えた。アリスにとってそれは、いい思い出なのだろう。


「……ただ、私のことをよく思わない方々もおられます。それが、お母様です」


 アリスの顔に、スッと影が落ちたのが分かった。

「お母様は、父の隠し子である私のことよく思っておられません。もちろん言葉にはされないのですが、態度というか、言葉遣いというか、そういったものが……その、お兄様やお姉様とは違っているように思います」

 想像はできる。

 別段、この世界は一夫一妻制の法律や倫理観があるわけではない。

 それは王族だろうか貴族だろうが、そして庶民であろうと変わらない。単純に、金があるかないかの問題だ。ただ、先も言ったようにアリスの父は『誠実王』と呼ばれ、愛人を持たないことで有名だった。そんな王に隠し子がいることが分かり、あまつえ王室に迎え入れるとなれば、アリスの母である妃がそんな態度をとることも不思議ではない。


「なるほど。どこの家でも一つや二つ問題はあるが、王族となるとやっかいだな」

「……はい。私もそう思います」


 ちょっとした嫌味で言ったつもりが、アリスは簡単に認めてしまった。思わず、毒気を抜かれる。


「もちろん。お母様の気持ちも分かります。わたくしは隠し子ですから、そのような態度をとってしまう気持ちも。それに、お母様はお父様のことを愛しておられますから」


 と言いつつ、何とも言えない顔をアリスは浮かべた。憎さもあれば、理解もできる。屈託、という言葉が一番合っている顔だった。


「……ですが、一つだけ耐えられないことがありました。それが、公務のことです」


「公務?」と、俺は小首を傾げた。


「はい。儀式や、来賓対応。あとは、諸外国とのお付き合いのことですね」


 アリスは一呼吸置き、口を開いた。


「隠し子とは言え、わたくしは第三王女。ですから、諸外国や諸侯の方々との関係を考えれば、そう言った場所に出席する義務があります。そしてそれを、王であるお父様も望んでいます。ですが……」


 と、アリスは唇を噛んだ。


「先ほどお伝えした通り、お母様はわたくしのことをよく思っていません。なので宮廷内の方々と協力して、そういった場にわたくしを参加させないようにしています。もちろん、それでもお父様は参加させたがるのですが……」

「自分の隠し子だから、強くは言えない、と」

「はい。そのことで、お父様とお母様が言い争いになってる姿をよく見かけます」


 息が詰まる光景だった。

 自分のことで言い争いをしている両親。元いた世界の父と母もそんな理由で喧嘩をしていたことがあったが、あの光景はわりと心にくるものがある。


「てことは、自分が迷惑になってるから家出したと?」


 いささかの同情を覚えながら問う。するとアリスは小さく首を振った。


「もちろん、それもあります。ですがそれ以上に、わたくしはこのまま死にたくはないのです。このまま死んでしまうのが、怖いんです」


 ふと、アリスが立ち上がりかけた。テーブルにぶつかり、耳障りな音が店内に響く。店にいた人間から、その音を鬱陶しがるような視線を向けられた。


「……すいません」


 いや、と首を振れば、アリスは恥ずかしげに椅子に座り直した。


 「それで、その死にたくはないってのは、どういうことだ?」


 俺が問えば、アリスは「あっ」と声を上げた。また、話を飛ばしてしまったことに気がついたらしい。


「すいません。……つまり、ですね。わたくしはお父様の隠し子とは言え、一応は王族の身です。わたくしをよく思わない方がいるのは分かっていますが、それがわたくしに与えられた運命ならそれを全うしたい。そう思っています。そして、わたくしをよく思っていない方にも認められるような立派な王女でありたい、そうも思っています」


 アリスは小さく息を吐いてから、続ける。


「ですがお話した通り、私は公務に就くことはできません。王族としての使命を果たすこともなく、かといって身分上自由に生きることもできず、毎日のようにお城に閉じこもっています。唯一できることと言えば、魔法の練習。子供の頃からこれしかやってこなかったように思います」


 アリスが王族でありながら、冒険者顔負けの魔法が使える理由。それはそういう経緯があったのだ。てっきり良血のためと思い込んではいたが、付け加えて背景があったのだ。


「そして、わたくしはときどき思います。夜、ベッドに入って眠るとき。窓から見える月や、窓から望む街並みを眺めて思うのです。月の形は日々移ろい、街の様子も少しづく変わっていく。ですが、そんな中でわたくしだけがなにも変わりません。わたくしだけがなにも変わらず、変わりゆく景色から置き去りにされている。わたくしだけが、この世界に取り残されている」


 ああ、と俺は心に迫るものを感じた。

 前世でこども部屋おじさんをやっていたとき、同じような感覚を味わっていたはずだ。

 ふとした瞬間に襲われる、未来への不安。同級生は結婚し、子供を作っている。成功を収めた同世代の人間や、華々しい人生を見せる若者。ネットやニュースで流れてくる、どこの誰とも知らない人間の苦悩と、それでも強く生きようとする姿。それらを見聞きして、俺は思っていたはずだ。俺だけが、まともじゃないと。俺だけがそちら側の世界に行くことができず、俺だけが変われなかったのだと。

 だからだろうか、アリスがなにが言いたいのか少し理解できた気がした。


「なぁ。つまり、このまま死ぬが嫌だってのは……」

「はい。このままであれば、わたくしはお城で一生を過ごすことになるでしょう。王族としての使命を果たすことなく、あのお城でこのまま死ぬまで生き続けるでしょう。ですが……嫌なのです」


 アリスはぐっと唇を噛んだ。


「このまま、なにも成し遂げることなく死んでしまう。それが私は怖い。そう思います」


 長く長く、アリスは息を吐いた。まるで、深く水中に潜っていたかのように。そうして、再び俺を見つめた。


「だから、わたくしは、あのお城を出ました。それが、わたくしがここにいる理由です」


 場に、沈黙が降りた。

 逃れるように店内へ眼をやれば、もはや客は1人もいなかった。女中が掃除をしているだけだった。


「ですから、お願いです」


 視線を戻せば、アリスが真剣な眼差しをこちらに向けていた。


「どうかこのまま、パーティーを組んでいただけませんか?」


 言われ、沈黙を選ぶ。しばらく思案したのち、俺は肯定も否定もせずに口を開いた。


「けど、どうするつもりだ? 王はお前を連れ戻そうとするだろう。冒険者として生活したとしても」

「もちろん、分かっています。ですので、お金が溜まり次第この国を出て行こうと考えています」

「いくらだ?」


 と、場繋ぎの言葉が出た。


「50万ルースほど」

 日本円にして約50万。正直、倍は欲しい。異国で生活を始めるなら、なおさら。

 そんな金勘定をしていたからか、俺は難しい顔にでもなっていたのだろう。アリスは小さく謝ってきた。


「もちろん、ご迷惑になっているのは分かります。それに、今日のような危険な目に遭うかもしれません」


 アリスは一呼吸置いた。


「ですので、一応のお礼は考えています。一緒にこなした依頼の報酬の取り分は、ユースキーさんに多めにとって頂ければと。あと、それでも足りないというのでしたら……その」


 言いつつ、アリスは襟首に手をかけた。白く、艶かしい肌がわずかに覗く。それが意味する理由がわからないほど、俺もアリスも子供ではなかった。


「いらん」


 と首を振れば、アリスは襟首から手をどけた。わずかに、安堵の表情を見せように思う。

 俺は小さくため息をつくと、アリスに向き直った。


「とにかく、話は分かった。お前が王女で、城でどういう扱いをされてて、どうして家出してるのかも分かった。冒険者として金を稼いで、この国を出たいって考えもな」


 と、俺はアリスを見る。


「そして俺も、金を稼ぐためにお前の力を必要とせざるおえない。そういう現状もわかってる」

「でしたら」


 乞うような視線が向けられた。が、俺は小さく首振った。


「けど、ちょっと考える時間をくれ。いまのいまじゃ決められん。それに、今日はもう疲れた」


 そう言ってやると、アリスは行き先を失った視線をテーブルの上に落とした。


「……わかりました。それでは、よろしくお願いします」

「……ああ」


 言って俺が席を立てば、アリスが小さく頭を下げてくる。俺は片手で答えながら、そのまま階段へと向かう。

 別段、疲れなど感じていなかった。日中から出っ放しのアドレナリンのせいか、身体に疲れはない。

 ただそれでもアリスとの話を打ち切るようにして切り上げたのは、アリスの事情に他人事とは思えない部分があったからだろう。

 俺は階段を登り切ると、そのまま自分の部屋へ向かった。ベッドに横たわってみれば、窓から月が見えた。

 家に居場所がなく、家族との仲も悪かったり良かったり。生きがいもなく、ただ虚無に生きるだけの日々。それはどこかの世界の、こども部屋おじさんと同じだった。


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