そこで止まれ
洞窟から出てみれば、辺りは夕暮れ時を迎えようとしていた。
ふと振り返れば、遠目に白亜の城を見てとれる。
我らが王国にして、王都『コジマグ』の主塔。それが夕日に照らされ、まるで燃え上がるような色を映し出している。
ここから王都までは2里と少し。歩けばそれなりの距離だが、街道に出て馬車を拾うか、行商人に金を渡して相乗りさせてもらえば日没までには着けるだろう。
そんなことを考えていると、後ろからアリスがやってきた。帰り支度を済ませたらしく、手にいくらかの荷物を持っている。
「ユースキーさん、これを。一応、言われた通りにしました」
「ん、サンキュ。確認する」
言って受け取ったのは、スライムの残骸。
焼け残ったスライムを小瓶に詰めたものであり、それが網目状の袋に何個も押し込まれている。
俺は袋の中の小瓶を数えたのちに、頷く。
「よし、問題ないな。助かった」
「いえ、それは良かったです。ところで、あの……」
と、アリスは首を傾げた。
「ギルドに提出するのは分かるのですが、それにしては多すぎませんか?」
言ってアリスは、俺が手に持っている袋を見てくる。
まあ、確かに依頼書には小瓶を2、3個提出するように書かれている。なので多すぎるのは確かだ。ただ、理由はある。
「余剰分はギルドが買い取ってくれるんだよ。だから、できるだけ持ち帰る」
「え、それ、お金になるんですか?」
アリスは少しばかり驚いた表情を見せる。
「魔物の身体は素材になるからな。武器とか防具とか、あとは薬にも使われる。ものによっちゃ、装飾品とかにも使われてるんだぞ」
「へぇ、そうなんですか。スライムさんってスゴいんですねぇ」
キラキラと目を輝かせ、アリスはスライムの残骸に羨望の眼差し向ける。
大方、この残骸の素晴らしい行く末を想像しているのだろうが、いかんせんスライムである。錬金術師くらいにしか需要がなく、正直捨てるよりはマシレベルの金額でしか売れない。
とは言えそんなことも言えず、俺は咳払いをしてアリスの注目を引いた。
「ま、とにかく帰ろうぜ。日が沈むまでには街に着きたい」
「わかりました。では、帰りましょう」
そうして、俺とアリスは洞窟の前を去ろうとした。そのときだった。
「そこで止まれ」
と、唸るような声がした。
厭な感覚が背筋を走る。
俺の後ろを見ていたアリスの瞳に、警戒の色が灯ったのが分かった。反射的に振り向けば、武器を帯びた男たちがこちらに歩いてきている。みすぼらしい格好だったが、全員が全員顔を隠していた。
俺は即座に剣を抜き、アリスを押し出すようにして後退を始める。
「ユースキーさん、あの方々たちは……」
「……わからん。けど---」
直感的に、ヤバい集団なのは分かった。
すると、先頭を歩いていた男の眉間にシワが寄った。
「止まれと言ったのが、聞こえなかったのか?」
「あいにく、用心深い性格なんでな。お前らが止まるなら、俺も止まろう」
「……ふん。変わったやつだ」
先頭を歩いていた男が立ち止まる。それにともない、後ろを着いて来ていた男たちも止まった。なので俺も立ち止まるふりをして、周囲を確認する。退路は森。街道へ続く道は男たちの後ろ。どこかに仲間が潜んでいる気配はないが、確証もない。
俺はさらに情報を集めるため、時間を稼ぐ。
「で、目的はなんだ? 言っとくが金はねぇぞ。昨日、会社が吹き飛んじまって、無職の身なんでな」
「ほざけ。そうやって無駄話に付き合って、お前らに利を与えると思ったか」
存外、馬鹿ではないらしい。が、それは俺も同じだ。
「そうかよ。けどお前ら、そんな盗賊みたいな格好してるが、実際は冒険者だろ」
ピクリと、その男の眉が動いたように思えた。後ろの男たちも、一瞬だけ肩を揺らしたように見える。
「ほう……。なぜ、そう思った?」
「ここは王都のお膝元だぞ。こんなとこに賊がいたら、とっくの昔に討伐されてるか、絞首刑にでもなってるさ」
言いつつ、遠くに見える城の主塔をチラリと見る。
「それに、お前らが持ってる武器。そりゃ、冒険者パーティーでよく見る武器構成だ。飛び道具要員がいないのは、前衛ガン振りが多いから同志討ちを嫌ってのことだろ」
数は5。剣士が1人に、槍使いが1人。大楯持ちが1人と、斧使いが1人。そして、双剣使いが1人。
「あと、お前のその喋り方。盗賊にしちゃ訛りがなさすぎる。その発音は都市部……なんなら、王都に住んでる人間の言葉遣いだ。なら、総合的に考えて、お前らは王都住みの冒険者。あるいは、元冒険者」
対して、こちらは剣士が1人に、魔法使いが1人。総合火力ではあちらが上だが、瞬間火力ではこちらが上。ただし、距離的に魔法の演唱は待ってはもらえないだろう。
「そして、金を要求してこないところを見るに、お前らの目的は俺か…こいつの命。違うか?」
言った瞬間、後ろにいたアリスから震えが伝わって来た。
「……なる、ほど」
と、先頭の男が関心するように呟いた。
「どうにも、馬鹿ではないらしいな」
「そりゃどうも」
「しかし、だ。貴様」
男は俺を指差した。
「剣が、震えているぞ?」
すると、後ろに控えていた男たちから失笑が漏れる。しかし、笑われたところでどうしようもない。
幸か不幸か、俺は人を斬ったことがない冒険者だ。そしてそれは、後ろで震えている彼女も同じだった。
「あの……ユースキー、さん」」
肩越しに視線を向ければ、アリスの瞳が大きく揺れていた。肩が震え、唇からは血色が失われていた。
「私は、私たちは、いったい……どうすれば……」
「……そうだな。とりあえず」
総合的に考えて、こいつらを倒すのは無理。なら、やることは決まっている。
「逃げろ! アリス!」
「させるか!」
瞬間、男が俺の前に躍り出た。一気に距離を詰めてきたのだ。
くっ、と剣を振れば、火花が散った。
「よく受けた! だが!」
男の右脚が跳ね、俺の左脇腹を捉えた。鎧越しに、鈍い衝撃が走った。
続け様に剣を打ち込まれたが、なんとか受け流した。受け流せば、次の斬撃が飛んできた。攻めることはできず、防戦一方だった。
「ユースキーさん!」
「いいから、走れ! 森の中に---くっ!」
剣を押し込まれ、崩されそうになる。眼前に剣が迫り、背筋に冷たいものが走った。
手練だ。
剣筋に迷いがなく、かと言って型に当てはまりすぎることもない。常に主導権を取れるように剣を動かし、俺に攻撃の隙を与えぬように脚を捌く。
それは対魔物の戦いで得られる技術ではない。完全に、何度となく対人戦をこなした者の剣だった。
鍔迫り合いの状態のまま、俺は後ろにいるアリスに叫ぶ。
「アリス逃げろ! 逃げて、助けを呼んで来い!」
「ですがっ!」
「早くしろ! 頼む!」
「……っつ! 必ず戻ります!」
後ろから、走り去る足音が聞こえた。
が、そこでハッと息を飲む。後方いたはずの男たちが、俺の真横を通り抜けて行った。俺の動きが止まった隙に、一気に距離を詰めていたのだ。そのまま、走り出したアリスを追って行く。
「どうする? 女が死ぬぞ?」
「くっそ!」
俺は怒りに身を任せ剣を押し返す。そう思わせ、瞬間的に剣の力を抜いた。
「なに!?」
男の体勢を崩し、すかさず蹴りを打ち込んだ。スライムの死骸が入る袋を拾い上げ、そのまま走り出す。
視界の先では、今にも男たちがアリスに迫ろうとしていた。
「なんろおっ!」
男たちに向かって袋を投げれば、そのうちの1人の後頭部に直撃する。袋の中の小瓶が割れ、水色の流動体が飛び散った。
「うぎっ! な、なんだこれ---がああっ!」
ジュッと白煙が上がり、男がその場にうずくまった。スライムの残骸が、男の皮膚を溶かした。
それにともない、他の男たちの動きがわずかに鈍った。すかさず距離を詰め、俺はスライムに焼かれた男を踏み台にして飛んだ。そのまま頭上を通り、男たちとアリスの間に割って入る。
「ユースキーさん!」
「いいから走れ! じゃねぇと---」
そのとき、空を切る音がした。反射的に剣を振ったが、遅かった。
手から剣が弾き飛ばされ、後方に飛んで行った。視線を戻せば、槍の鋒が俺に向けられていた。
「手こずらせたな」
槍を構えた男が静かに言った。俺がその切っ先を睨みつけていると、男たちがやってきた。そして最後に、先頭を歩いていたあの男がやって来た。
「どうする?」
「決まっている」
槍持ちの男の質問に、男は答えた。
「男は殺せ。女の方は、犯した後で殺す」
その瞬間、後ろから短い悲鳴が聞こえた。
刹那、槍が俺に向かって放たれる。胸に鋒が迫った、そのときだった。
「---なら、やってみるがよい」
その声と共に、槍持ちの男が吹き飛んだ。くの字に折れ曲がった身体が、そのまま樹木に激突した。パシャっと鮮血が舞い、草木を朱に染めた。
---なっ、と視線を戻せば、目の前には純白の甲冑をまとった大男が立っていた。
太ももと見間違うほどに太い腕。それを支えるゴーレムのような巨体。腰にはメイスを帯び、背中に樹木が刻印された大楯。そして、顔を完全に覆い隠す無骨な兜。
そんな巨漢の騎士が、まるで俺とアリスを守るようにして立っていた。
「なんだテメェ!!」
と、双剣使いの男が斬り込んだ。が、それより先に大男の拳が顔面を撃ち抜いていた。
それを合図とし、男たちが一斉に襲い掛かる。大男は力任せに男たちを殴り飛ばし、鮮血が俺の頬を濡らした。
その瞬間、はっと我に返る。
「立てアリス! 行くぞ!」
なにがどうなっているのか分からない。でも、逃げるなら今しかない。
俺はアリスの手を握って走り出そうとする。が、そこで気が付く。アリスはその暴れ回る大男に釘付けになっていた。
「おい、なにやってんだ! 逃げるぞ!」
「……ですが、アルべリクがっ、アルべリクが!」
「なに言ってやがる! 死にてぇのか!」
強引にアリスを引っ張り、走り出した。
後ろから雄叫びが聞こえ、そのたびに鈍い音が響いた。しかし振り返ることはせず、そのまま森の中を駆けて街道を目指した。




