これが俺の全力だ
羽虫が松明に焼かれ、糸のような白煙を上げた。
一瞬注意が逸れたが、すぐに視線を前と戻す。
前方に続くは、ゴツゴツとした岩肌の通路。天井にはいくつも穴が空いており、そこから差し込む光によって松明なしでは歩けないということはない。ただ、それでも暗がりな場所はあり、そういった部分にスライムが潜んでないか確認するために松明は必須だった。
そうやってしばらく進んでいると、前方に開けた空間が現れる。
そっと入り口に近づいてみれば、天井には大きな穴が空いており、そこから広場に太陽光が降り注いでいるのがわかった。
「ユースキーさん。あれ……」
後ろにいたアリスが広場の中心を指差した。そこでは、ドロドロとした流動体が太陽光を受け艶光りしている。
「ああ、そうだ」
「あれがスライム、さん」
その呼び方に毒気を抜かれそうになりつつも、俺は広場にいるスライムを観察する。
膝丈ほど大きさに、饅頭のような形。色は水色で、ゆるキャラよろしく点と線みたいな目と口。そんな見た目をしたスライム達が、広場のいたるところ転がっていた。転がった状態で、太陽に向かって伸びをしたり、ぷるぷると震えたりしていた。
「なんだか……可愛らしいですね」
「見た目はな」
「ちょっと飼ってみたいです」
「それやったら、お前が飼われて苗床にされるけどな」
「なえ……なんですそれ?」
知らんか。まあ俺も噂に聞く程度で、そんなスライムは見たことがない。
「気にすんな。とにかく一気にやるぞ。基本は先手必勝だ」
「わかりました。でしたら……」
と、アリスは杖を構えながら横に出てくる。
「一気に、燃やしてしまいましょうか?」
この広場ごと魔法で燃やすか? という問いなのだろう。
むろん、街中で見せた魔法の実力を考えればそれも可能に思える。ただ、それをされると困るのである。それをされたら、先ほど言った『ちょっと食い込んだ目的』が果たせないのである。そしてそれは、俺のこどおじライフを守るためにも困るのである。
「まあ、待てアリス」
と、俺は勿体ぶる感じで剣を抜き、アリスの前に立ち塞がった。
「お前は、冒険者としての妙味を知らねぇ。そんな一気に倒しちまったら、なんにも楽しくねぇだろ。それに……」
勇み立つアリスを沈めるために、俺は強者感を意識して肩越しに振り返る。
「俺も久しぶりに剣を握ったんでな。スライム相手とは言え、ちったぁは戦わせてくれねぇとリハビリにすらならねぇぜ」
おまけで俺が「ふっ」と笑ってみせれば、アリスは「はっ」と目を見開いた。
「まっ、まさかユースキーさん! あなたっ!」
アリスは俺の元へと駆け寄ってくる。
「さっきはこども部屋おじさんがどうのとか言っていましたが、実は強いとかそういうことですか!? 普段はどうしようもないダメ人間だけど、いざとなったら本領を発揮する、そういうことですか!?」
「さて、どうだろうな?」
とぼけた感じで肩を竦めてやれば、アリスは「はぁぁ」と羨望の眼差しを向けきた。
「スゴいです! スゴいです! 私、そういう本を読んだことがあります! カッコいいです!」
「ま、とにかく俺に任せとけや。そうすりゃすぐに分かる」
「わかりました! 見学させていただきます! よかったぁ。ユースキーさんもなんだ言ってできる方なのですね!」
アリスはウキウキとした感じで後ろに下がってくれる。よし、これで準備は完了。
なので俺は剣を構え、背負っていた盾を取り出す。そして僅かに腰を落とし、スライムの集団に向かって駆け出した。
「よく見とけやアリス! これが俺の!」
俺はスライムとの距離を詰め、剣を振り上げる。そしてそのままスライムに向かって叩き下ろした。
「全力だぁぁぁ!」
瞬間、サクッと剣が地面に刺さる。スライムの真横だった。直後スライムが大きく跳ね、俺に体当たり腹パンを喰らわせた。
「ぐぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
ズサアアアアアア! っと俺の身体が地面を滑り、そのままアリスのいる位置まで戻ってきてしまう。仰向けの状態で天井を見上げていたところ、こちらを覗き込んできたアリスの目があった。驚愕の目をしていた。
「……なんです、いまの?」
「これが俺の全力だぁぁぁ!」
「えっ!? うっそ! よっわ! よっわぁぁぁ!」
俺の全力の叫びに、アリスは全力でうろたえ始める。
「えっ!? 嘘ですよね!? だって全然攻撃が当たってないじゃありませんか! ふざけてるんですか!?」
「んなわけねぇだろ……ぐっ。全力だ。ぐおおおっ……。全力でやった結果がこれだ!」
俺は腹パンを食らった腹部を抑え、よろよろと立ち上がる。
「考えてもみろ……。俺は、こども部屋おじさん……。無能でポンコツ。そんな奴でも転生すれば有能になれるとか、冒険者として実は強いけど実力を隠して気楽に生きていきますとか、そんな都合のいい話になるわけねぇだろ! 何やってもダメなやつは大抵ダメなんだよ! 分かったか!」
「なにわけの分からないことを言ってるんですか! 頭でも打ちました!?」
思わず、と言った感じでアリスは俺の顔を覗き込んでくる。よほど言われたことが分からなかったらしい。
「けどな。こんな俺でも目的は達成したぞ。見てみろアリス。俺の腹、どうなってる!?」
俺が服を捲り上げれば、アリスはマジで意味不明みたいな目を向けてくる。が、それでもアリスは答えてくれた。
「あっ、青あざになっています。……それが?」
「これを母ちゃんに見せれば、どうなると思う?」
「心配されるに決まっているじゃありませんか!」
アリスは憤慨した様子で答える。けど、それが狙いなのだ。
「ああ、そうだ。すっげぇ心配するだろうな! んでもって、この怪我を見た母ちゃんは言うだろう! 『まあ、ユウちゃん大丈夫!? 怪我が治るまでゆっくりして!』ってな! つまり俺はこの怪我のおかげでしばらく働かなくてもなにも言われない!」
その瞬間、アリスはワナワナと震え始めた。その目は呆れを通り越して、もはや恐怖の色に染まっていた。
「まっ、まさかユースキーさん。さっきおしゃっていた食い込んだ目的って……」
「ああ、そうさ! この怪我によって俺はこども部屋おじさんからニートになった! 合法ニートの完成だ!」
どうよこの徹底ぶり。こどおじを極めるというのはこういうことなのだ。生存戦略性において俺の右に並ぶ者はなし。同時に、目的を達成した俺がとる行動は決まっていた。
「よし! それじゃ目的も達成したことだし帰るぞ!」
「ちょっ! なに言ってるんですか!」
そのまま帰ろうとした俺の腕をアリスはガッと掴んでくる。
「ふざけないでください! 依頼を達成しないとお金がもらえないじゃないですか! 私は宿代と食事代を稼がなくてはいけないんです!」
「ええい、離せ! 俺の目的は終わった! 後は自分でどうにかしろ! それが無理なら身体でも売って金を稼げ! 女だろ!」
「あー! そういうこと言っちゃダメなんですよ! 色々燃えますよ!」
そんなわけで、帰りたい俺と依頼を達成したいアリスで押し合いへし合いになってしまう。が、そのときだった。目の端で動きを捉えた。
ハッと顔を向ければ、数体のスライムがこちらに飛びかかって来ていた。
「ユースキーさん! 来ます!」
「でええい! くっそ!」
俺とアリスは転がるようにして左右に避けた。立ち上がってみれば、ちょうど2人の間にスライムがばら撒かれる形にとなる。
「おい、とっとと逃げるぞ! 囲まれる前に!」
「好きにしてください! 私は戦います!」
アリスは魔術細剣を構え、わずかに腰を落とした。その瞬間、周囲に火の粉が立ち込め始めた。
「火の神よ。その力は風をもって伝播する。フランマ・ウェントス!」
風の炎が空を薙いだ。瞬く間にスライムを飲み込み、一瞬してに水色の身体を霧散させる。その勢いは凄まじく、熱波が俺の前髪を焦がすほどだった。
さすがに、強い。街中で魅せた魔法に嘘偽りはなく、恐ろしいほどの火力だった。だが、
「やめろアリス! 火力が強すぎる!」
「えっ!? なんですか!?」
案の定、強すぎる炎のせいで耳がやられていた。
「やりすぎだって言ってんだよ! 俺たちが焼け死ぬぞ!」
室内の、しかも洞窟の中である。天井が空いているとは言え、岩壁が迫る状態での炎魔法はリスクが大きい。魔法を使う者にとって必要なのは、そういった周囲の環境を考慮し、パーティーを危険に晒すことなく最大火力を発揮する総合的な判断力だ。
そして、そんな俺の懸念は的中することになる。
目の前を吹き抜けた風の炎が、広場の入り口に流れ込んだ。そしてそのまま、そこで燃え続けてしまう。見れば、焼け残ったスライムの残骸が壁面にこびりつき、それが燃えているらしかった。事実上、逃げ道を塞がれてしまう。さらに悪いことに、
「ユースキーさん! あれを!」
その声に前を向けば、どこからともなくスライムたちが押し寄せて来ていた。天井に空いた大穴や岸壁の隙間からスライムが這い出し、あっと言う間に俺たちを取り囲んでしまう。
「おい、どうしてくれやがる! マジでやるしかなくなったじゃねぇか!」
「最初からこうすればよかったんですよ」
チッと舌打ちが出たが、こうなっては仕方ない。
攻めあぐねている様子のアリスをよそに、俺は一瞬だけ目を閉じる。
元来、こども部屋おじさんが誇るべきはその生存戦略性。最も少ないリソースで、どうすれば生きていけるかを思案する思考力こそが武器。ならば、それを現状に落とし込む。どうすればこの事態を打破し、生きてここから出られるかということに。−−−−−−やれる。スライム程度なら。
「アリス! 小さめの魔法の準備だ! 俺が合図したら打ってくれ!」
「どうする気ですか!?」
「説明は後だ! とにかく、威力を抑えた魔法だ!」
瞬間、俺は駆け出した。
右手に剣、左手に盾を構え、一気にスライムとの距離を詰めて行く。俺の襲来に気がついたのか、スライムが小さく震えた。が、遅い。
「でりゃぁぁぁ!」
掛け声一閃。スライムに向かって剣を振り下ろした。今度は当てにいけば、ぐにょんとした感覚が手に伝わる。スライムが刀身にまとわり付こうとしたが、俺は慌てることなく上半身を捻った。そして、
「おおおりゃああ!」
ブン! と剣を振り抜き、そのままスライムを空中に放り投げた。
通常、スライムに物理攻撃は効かない。そのため、剣をスライムに当てても飲み込まれて終わる。が、スライムには強い衝撃を受けた瞬間、一瞬だけ硬化するという性質がある。それを利用して俺は、スライムをぶん投げたのだ。
「行ったぞアリス! もっと弱くだ!」
スライムが飛んで行った先では、アリスが魔術細剣を構えていた。
「えっと……でしたら、火の神よ。その力を示せ! イグニス・グロブス!」
杖の先端から火球が飛び出した。宙にいたスライムに直撃し即座に爆ぜる。残火と白煙が空中に散り、水色の液体が地面に撒かれた。
これでいい。アリスには冒険者としての知識も経験もない。それゆえ加減が分からず、先ほどのようなことが起きる。だが、空中であればこちらに及ぶ被害も最小限に止めることができる。
「いいぞ、その調子だ! けど、次はもう少し数が打てる魔法にしてくれ! 一発で当たるとは限らん!」
「わかりました!」
「よし! 次行くぞ!」
そうして、俺とアリスはスライムを狩ってゆく。
剣を使い、盾で受け、スライムを放り投げる。
火を放ち、炎の盾で受け、次々とスライムを蒸発させる。
そうやって繰り返していくうちに、アリスも慣れてきたらしい。俺の攻撃を先読みし、
スライムの大きさに合わせて魔法の規模を変えていた。思いのほか、アリスはセンスは良かった。
これならば、と俺はアリスに呼びかける。
「アリス! 今度はデカめの魔法を頼む!」
「ですが、それはユースキーさんがやめろと!」
「まとめて焼くんだよ! 広場の中心に誘い出すから、準備してくれ!」
「わっ、わかりました!」
アリスは即座に演唱を開始した。魔術細剣をぐっと引き寄せ、いつもより腰を落とした体制に移行する。
俺はそれを見届けたのち、再びスライムに斬撃を食らせる。
が、今度は攻撃を加えるだけで、打ち出すことはしない。ただ攻撃を加え、飲み込まれる前に剣を引き抜く。そしてまた別のスライムへと攻撃を加える。
そうして何体ものスライムに攻撃を加えた俺は広場の中央に立った。その瞬間、スライム達が一斉に俺を目がけて殺到する。視界一面を水色で覆ってしまうほどだった。
俺はスライムに囚われる前に一気に飛び退く。スライム達が空中でぶつかり合い、べちゃりと音を立てて地面に落下した。
「アリス! いまだ!」
「---フランマ・トゥルボー!」
炎の竜巻が巻き起こり、スライム達を巻き上げた。螺旋する炎の中でスライム達は焼かれ続け、そのまま天高く舞い上がる。そして炎の竜巻が消えた後には、一体のスライムも広場には残っていなかった。
俺は念の為周囲を警戒した後、剣を下ろす。すると目の端で、アリスがドサりと座り込むのが見えた。知らぬ間に怪我をしたのかと思い駆け寄ってしまう。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫、です……」
見たところ怪我を負っている様子はない。ただ疲弊の色が凄まじく、肩で息をしているのがわかった。
「悪い。魔法使わせすぎたか」
「いえ。この程度であれば……大丈夫です。ただ、腰が抜けてしまって」
この程度、とは言ったが、あれだけ魔法をバカスカ打って『この程度』と言えてしまうのが恐ろしい。魔法使いのフィジカルは基本的に遺伝だが、これも貴族の血がなせる技なのかと思ってしまう。
「とりあえず、そこで休憩してろ。俺はギルドに出すスライムの残骸を集めてくる」
「いえ、それでしたら。私も」
言ってアリスは立ちあがろうとする。が、どうにもいまだ腰が抜けているらしく、いくら踏ん張っても立ち上がれないでいた。
「なにやってんだよ。ほら」
「すいません。ありがとうございます」
俺が手を差し出してやれば、アリスは手を握り返してそのまま立ち上がった。そうして2人して歩き出そうとしたところ、
「ユースキーさん」
と呼びかけられる。振り返って見れば、アリスが小さく笑っていた。
「ありがとうございます。ユースキーさんのおかげで依頼を達成することができました。たぶん、私一人だったら成功していなかったと思います」
と、アリスは感慨深そうな顔を浮かべた。
「そして、実感しました。私は、冒険者としては全くの素人だったということに。なのでユースキーさん、これから色々教えていただけますか? 同じ、パーティー仲間として」
そう言ってアリスは、スッと右手を差し出してきた。
その右手を見れば、どこかのタイミングでぶつけたのだろうか、擦り傷ができていた。それは貴族から冒険者へになった証だった。
「ふっ……アリスよぉ」
俺が微笑んでやれば、アリスもまた微笑んだ。そこには信頼のようなものが見えていた。
なので俺は言ってやった。スライムと戦うことになった経緯とそれを作り出した原因と、そもそも俺が冒険者家業をするハメになった元凶を考えた上で、俺は言ってやった。
「お前とは二度と組まねぇ」
そう言ってやればアリスは「ええ……」と少しだけ悲しそうな顔をした。




