スライムさんですか
「スライムさん、ですか?」
「ああ、そうだよ。なんか文句あっか?」
先んじて歩く俺に対し、依頼書片手に後を着いてくるアリス。
場所は変わって森の中。その道中。街から2里ほどの距離にある森の中を俺とアリスは歩いていた。
アリスと組むことが決まり、俺が選んだのは『スライム討伐』の依頼。
もちろん、魔法使いがいることもあって別な依頼も考えたが、さすがに駆け出し冒険者のアリスを引っ提げて挑むにはリスクが高すぎた。なにより、俺の目的を考えればその程度の依頼で十分なのだ。
「ですが、ユースキーさん。スライムさんって……」
「ああ、この世界で一番弱い魔物だろうな。けど、用心しろ。あいつらの動きは遅いが、まとわりつかれると厄介だ。大きさにもよるが、飲み込まれて窒息させられる可能性もある」
「あの、ユースキーさん」
「それに、すぐにってわけじゃないが溶かされる危険性もある。しかも今回行くのは洞窟の中。落ちて来たやつは対応が難しい。だから天井に張り付いていないか常々警戒を……」
「ですから、ユースキーさん」
アリスに話を遮られてしまう。んだよ。せっかく人が異世界転生主人公よろしく無知な奴に魔物の説明して気持ちよくなろうと思ってたのに。それで作者のちょっとした優越感を満たそうとしてたっていのに、なんだよ。
そんなわけで肩越しに睨みつければ、アリスは呆れたような顔を浮かべていた。
「さすがに、私もその程度のことであれば知っています。本で読みました」
「なるほど。先に言え」
「そうではなくて、なぜスライムさんなのですか? もう少し、強い魔物さんが相手でも大丈夫だとは思うのですが……」
言いながらアリスは、やや不満そうな顔を向けてくる。
そこそこの魔法の実力がある私がいるのに、なぜスライムなんぞを相手にしなきゃいけないのか、とでも言いたいのだろう。
まあ、言いたいことはわかる。ただ、である。
「はぁ。アリスよ。お前はなんにも分かっちゃいねぇな」
俺は大げさにため息をついた。立ち止まって振り返れば、アリスは怪訝そうな顔をしてくる。
「あのよ、俺はこども部屋おじさんだぞ? そんな奴が、マジで強い魔物を相手にすると思うか?」
「はぁ……?」
アリスはますます怪訝そうな顔になる。まあ、分からんわな。なのでいっちょ説明してやることにする。
「昨日も言ったが、こども部屋おじさんってのは大した能力がないから大して稼げない。だから実家に居座るしかない人間だ。けど、そんな人間が職を失ってずっと家にいるようになったら家族はどう思う?」
「それは、なにがあったのかと心配するのではないでしょうか?」
「はっ。違うな、アリス」
俺は自嘲気味に肩をすくめてしまう。
「確かに最初は心配されるだろうな。けど、そのうち言われるんだよ。『次はどうするの?』とか『これからどうするつもりなの?』とかな」
実際、この世界の母親はそこまでうるさくはない。ただ、前世の父親のような例もある。言いはしないが思っていて、それがどこかのタイミングで噴出する可能性もある。もうあんな事態はごめんである。
「けど、仕事なんてそう簡単には見つからないし、そもそも俺は無能のポンコツだ。そんな奴を雇ってくれる会社なんてそうそうない。なにより俺はずっと家でゴロゴロしていたい。そういう人生がいい」
「ユ、ユースキーさん。あなた……」
完全に呆れられる。が、それも仕方ないのである。
こんな俺が頑張って仕事を探したところで、劣悪な仕事にぶち当たるのが関の山。そんな仕事はすぐにやめてしまうに決まっている。なれば家で日がな一日ぼーっとしていたほうがマシというものである。
「でも、いつまでも家でゴロゴロしているわけにもいかない。さっきも言ったが、母さんに小言を言われて肩身も狭くなる。最悪、家を追い出される可能性も出てくる。そこで冒険者としての仕事。この依頼だ」
俺は腰に差していた剣に手を置いた。
「俺の本業は冒険者じゃないが、母さんは元冒険者。俺が冒険者としての仕事をしていると知れば、母さんだって悪い気はしない。よって俺の家でのゴロゴロは寛容され、俺のこどおじライフはしばらくの安寧を得る。だから俺はこの依頼を受けたんだ。スライムっていう、この世界で一番弱い魔物の討伐依頼をな」
至極真っ当。理路整然。これほど論理的かつ合理的な理由もないだろう。であればきっとアリスも納得の形を示してくれる。そう思っていたのだが……
「せっこ!」
普通に否定される。なんならお姫さまらしからぬ言葉を使ってしまっているあたり、そうとう理解できてないらしい。
「なんて矮小な考えなんでしょう! 生きていて恥ずかしくないんですか!?」
「はっ。なんとでも言え。これが俺の生存戦略。こども部屋おじさんたる俺が選んだ生きる道だ」
まあ、実際は選ばざる得なかったというのが正しいのだが。
「そんなわけだからスライム程度の依頼でいんだよ。分かったか?」
「ですがっ、もう少し気骨のある依頼というか……」
「アホ言え。それで死んだら意味がねぇだろ。それに、お前の宿代と飯代は稼げる報酬はあるんだ。文句言うな」
「ぐっ……それはそうですが……」
言いかけて、アリスは口を閉じた。それから、なにか憂いを秘めた眼になる。
しかしその続きを聞くことは叶わず、アリスは先に歩き出してしまった。なので俺もその後を着いていく。
飯代と宿代を稼ぐのが目的とは言っていたが、なにか別な目的でもあるのだろうか。まあ、それは俺も同じであったわけだが。
そんなことを考えながら歩いていると、不意にアリスが立ち止まった。なので横まで出て行ってみれば、少し先に洞窟の入り口らしきものが見えていた。
苔や草が生い茂っているものの、黒光する岩肌のおかげで入り口自体はわかりやすい。なにより、依頼書に書かれた地図の場所と一致する。
俺とアリスはその洞窟までやってくると、その前で立ち止まった。
洞窟の奥からはコオコオと風が流れる音が聞こえ、ときおり何かが反響した音が聞こえてくる。
「なんだか、いやな感じのする洞窟ですね」
「そりゃ、魔力だまりだからな。人間はいい気がしないだろうよ」
「まりょく……なんですそれ?」
投げかけられた質問をちょいと保留し、俺は腰からぶら下げてあった松明を取り出した。
「魔力の泉みたないもんだよ。その周辺じゃ魔物が大きくなりやすいし、魔物が産まれやすくなる。だから俺たちみたいなのが定期的に狩らないといけないだよ。すまん、火をくれ」
「あ、はい」
言ってアリスが火を出してくれたので、松明をかざして灯りをつける。それを洞窟に向かってかざせば、いくぶんか行き先が明るくなった。
「とにかくだ。お前にとっちゃこの依頼に思うところがあるかもしれんが、魔物は魔物だ。弱いからって気を抜いてたら死ぬぞ。いいな?」
「はい。それは重々に」
言ってアリスは背中に背負っていた魔術細剣を構えた。
一見すると細剣……つまりレイピアに見えるが、その実態は違う。
抜き身の状態であればレイピア、鞘に収め、柄頭に魔法石をはめ込めば魔法の杖として使える万能武器だ。紅蓮の風、つまり俺の母親が魔術剣士をやっていたときに作らせたものであり、それをアリスは魔法の杖として用いている。
しかしそこで、その杖の先端がわずかに震えているのが分かった。
先ほどああ言っていたが、さすがに初めての依頼。魔物の強さによらず、緊張するのは仕方がないことだろう。
「ま、そんなに気負うな。先頭は俺が歩く。さっきはああ言ったが、手を抜くつもりはねぇ。それに……」
と、俺は松明片手に振り返る。
「俺にも、もうちょっと食い込んだ目的があるんでな。本気でやるさ」
「それはいったい……」という声を無視して、俺は洞窟へと向かう。さすがに、それを言うわけにはいかない。
そうして俺たちは、洞窟の中へと足を踏み入れた。




