これがカルマか
状況は最悪だった。
職を失い、いい感じの依頼は根こそぎかっさわれ、残ってる依頼は手におえないものばかり。
先ほどまで熱心に依頼を探してくれていたキースも「まあ、色々見て行ってくれ」と言って仕事に戻ってしまった。
それでも諦め切れず、俺はキースから受け取った依頼書に再び目を落とす。
とりあえずスケルトン退治は依頼主がクソなので排除するとして、残る選択肢は3つ。
まずはトロル狩り。報酬は高く、金のない俺には魅力的。が、どうあがいても俺が勝てるレベルの魔物ではなく、挑めば確実に食われて終わる。よって却下。
次はゴーレム狩り。こちらも報酬は高く、無職の俺には魅惑的。が、やはり俺が勝てる魔物ではなく、挑めば確実にミンチにされる。よって却下。
となるとそこそこの報酬を望め、かつ俺のような低レベル帯の冒険者でも倒せるスライム狩になるわけだが……
「俺、魔法使えねぇんだよな……」
結局そこに行き着く。つまりオール却下である。
思わず、自嘲気味な笑いが漏れた。
まあ実際、ここで依頼を色好みできるような実力があるのなら、そもそも俺は普通に働いてなどいない。冒険者として大した力がなく、かといって人並み以下のスペックだからこそ、低賃金かつ重労働なあの仕事に就いていたのだ。
俺は大きくため息をつき、椅子から立ち上がる。
こうなっては仕方あるまい。ここは素直に、報酬が低くとも街中や採取の依頼でもするべきだろう。
なので俺は、依頼書を掲示板に戻そうと歩き出す。が、そのとき。
「あら、その依頼、お受けにならないのですか?」
聞き覚えのある声がした。うげっと思いながら俺は振り返る。するとそこには、
「おはようございます。ユースキーさん」
アリスが立っていた。ニコニコと笑い、楽しそうにしているアリスが後ろに立っていた。
「……お前、なにしてんだ」
「はい。ユースキーさんの居場所をお母様にお聞きしたところ、ここだろうと言われまして」
だから来ちゃいました! と言わんばかりにアリスは微笑む。
「それにしても、ここが『冒険者ギルド』ですか。わたくし、初めて来ました」
と言ってアリスは辺りをキョロキョロし始める。まあ、貴族なのでこういう場所には縁がないのだろう。が、話が脱線しそうなので元に戻す。
「で、お前。結局なにしにここに来たんだ?」
「はっ。そうでした。実は、ユースキーさんにお願いがあるんです」
どうにも、そういう理由があってここに来たらしい。
アリスは右手をスッと差し出し、手のひらを俺に向けてきた。なに? 金?
「お金をください!」
んんー。そっかー。やっぱ金かー。いいや、おかしいだろ。
「なんでだよ。おかしいだろ」
「そうですか?」
「そうだよ」
思わずツッコめば、アリスが「あっ」と声を上げた。
「申し訳ありません。そういう意味じゃなくてですね……」
「じゃあどういう意味だよ」
俺がじっと見つめれば、アリスは「えーっと」と言って人差し指を顎に当てる。そして「ん〜」と言いながら顔を上に向けた。どうにも言うことを整理しているらしい。
それからしばらく考えている風だったが、パッと顔を前に向ける。
「あっ、そうです! お金が必要なんです! なのでください!」
「同じ意味だぞ?」
「んん! 違うんですっ、違うんです!」
と、首をブンブン振り始めてしまうお姫様。
が、そこでさすがに気づく。アリスは、俺に金を要求しているわけではないらしい。
「つまり、金が稼ぎたい、ってことか?」
「そう! それです! ユースキーさん天才ですねぇ!」
お前がアホなんだよ。とは言いわなかったが、言いたいことはわかった。が、同時に俺は嫌な予感に襲われる。
金を稼ぎたいアリス。そんなやつがここにいるという現実。そこから導き出される答え。
「なあ、お前もしかして、金を稼ぐために冒険者をやろうってんじゃねぇだろうな?」
「はい。そのつもりです」
案の定、である。ある程度は想像はしていたが、やはりそういうことだったらしい。
「昨日もお伝えした通り、わたくしは家出中の身。ですから、今夜の宿代と食事代を稼がなくてはいけません。そのあたりの事情をユースキーさんのお母様にお話したら、ユースキーさんに手伝って貰えと言われまして」
で、母親が俺の行き先を伝えてこうなったらしい。あの母親、余計なことを。
「それで、いかがでしょう?」
なにを、とも言わずアリスは俺を顔をうかがってくる。とても仲間になりたそうな目をしていた。
しかし肯定などできるはずもなく、俺は首を振った。
「ダメだ。冒険者なんてやめとけ。そもそも、お前。冒険者がどういう仕事なのか知ってるのか?」
「もちろんです。魔物さんを倒してお金をもらうお仕事ですよね」
などと言ってアリスは「シュババッ」っと剣を振る動きを見せる。
まあ、その認識は正しい。正しいのだが、俺が言いたいのはそういうことではない。
「単純に危険だ、って言ってんだよ。下手すりゃ死ぬ、そういう職業なんだぞ」
俺とて偉そうなことを言うつもりはない。ただ、こればかりは事実だ。
冒険者の報酬は大きい。しかしそれは、命懸けで仕事をすることへの対価でしかない。
「それに、冒険者なんてのはマジで強い奴がなるか、後がない人間が仕方なく就く仕事なんだよ。世間じゃ『花形職業』なんて言われてるが、生傷は絶えねぇし、魔物と戦って怪我すりゃ障害が残ることもある。それで野垂れ死ぬ奴もいるんだぞ」
だから冒険者として生きる大多数は、剣一本で飯が食える強者か、危険を好むアドレナリンジャンキー。そして、そう生きるしかない後のない奴らばかり。
「だからアリス。お前に冒険者は向いてない。わかったな?」
そう言って俺は、アリスから視線を逸らした。
ここまで言えば冒険者をやるとは言うまい。実際、冒険者の世界にも良いことはあるし、ここまで煽るほど危険ではない。しかしアリスの生きて来た世界を想像するに、こうやって拒絶してやったほうがいいだろう。
俺が再び視線を戻せば、アリスは視線を地面に向けていた。垂れ下がった髪の毛のために、どんな顔をしているのかは分からない。ただ、冒険者の道は諦めてくれるだろう。そう思っていたのだが、
「……なるほど。わたくしにぴったりですね」
話聞いてた? と顔を向けてみれば、アリスはふむふむと頷いていた。
「……自慢ではありませんが、わたくしは今まで、ずっとお家で過ごしてきました。あえて言うのなら、なにもしないをしていた、と言ってもいいでしょう」
さすが貴族である。そんなのプーさんくらいにしか許されないのに。
「ですから、わたくしはこれといった特技もなく、技能もありません。そして自分でお金を稼ぐ術も持ち合わせていません。ずっと家でぼーっとしていたのですから。このあたりはユースキーさんと同じですね」
ぶち殺すぞ。とも思ってみたが、親の脛を齧って生きるのは貴族と同じと思えば、悪い気はしない。姿形は違えども、やってることは同じ。どーも、ジェネリック貴族です。
「そして、ユースキーさんは先ほどおっしゃいました。冒険者は『後がない人間』が就く職業だと。であれば、全く働いたことがなく、これといった技能もなく、いまや家を捨てたわたくしもまた『後がない人間』ではないでしょうか」
確かに、貴族身分で生きてきた人間が俗世に出れば、なにもできない人間に成り下がるのは分かる。身分が無くなり、社会に上手く適応できなかった明治初期のお侍みたいなもんだろうか。
「というわけで、わたくしは冒険者としての資格を持っていると思うのですが。いかがでしょうか?」
そう言って、満足そうな顔を浮かべたアリス。
やや無理があるようにも思えるが、継承権を持たない貴族の次男三男が冒険者になるのはよくある話であり、案外理にかなってはいる。が、しかし。しかしである。
「けどよぉ、アリス。お前、冒険者としての訓練とか受けたことねぇだろ。実際の動きとかわかんのか?」
むろん、人数が多いほうが依頼成功の確率は高くなる。なのでここでアリスを迎え入れる選択は正しい。ただ、アリスは素人である。そんな人間と組めば、下手をすると俺自身に危害が及ぶ可能性がある。
するとアリスはパッと顔を明るくさせて、
「そのあたりはユースキーさんに教えてもらいなさいとお母様がおしゃっていました。もし断るようなら家を追い出すともおしゃっていました」
詰んだ。もしあの家を追い出されたら俺は生きていけない。が、まだだ。まだ諦めるには早い。
「ぐっ……だったら装備だ! 装備はどうする気なんだ!」
「装備、ですか? 一応、お母様にはこれで良いと言われたのですが……」
言って、アリスはその場で半周ほどしてみせる。ケツをこちらに向け、上半身をひねっていた。やや扇状的なポーズだった。
なので俺は、自然とアリスの装備に眼がいってしまう。
紅蓮のマント。先細りの帽子には白い羽が生え、胴回りには細々とした装飾が輝く。伸縮性に優れた感じのグローブと、太ももの中ほどまで伸びたブーツ。肌の露出は少ないが、その分、ブーツとショートパンツの間にできた絶対領域が際立つ。
そして、そんな素敵太ももに負けず劣らずな存在感を放つのが、腰に刺された細剣だった。しかも、それはただの細剣ではない。
「はぁ〜、魔術細剣ねぇ。しかもこれ、すげぇ業物じゃねぇか?」
「はい。そのように聞いています。なんでも、これだけでお家が買えるとか」
「ほーん。ならこれを売って金にしたほうが早く……あ?」
そこで気が付く。俺はその装いに見覚えがあった。というか、見覚えしかなかった。
「おい、これ母さんの装備じゃねぇか! なんでお前が着てやがる!」
バッとアリスの服を掴んでしまう。そしてそのまま引っぺがしにかかる。
「なっ、なにをするのですか! こんなところで服を脱がそうとするなんて正気ですか!」
「うるせぇ! そりゃ俺の母さんのもんだ! ええい返せ! とっとと脱げ! 脱がねぇなら俺が脱がすぞ!」
「違うんです! 違うんですぅ! これはお母様が貸してくださったんですぅ!」
ばっと、アリスは俺を突き飛ばすようにして距離を取った。よほど恐ろしかったのか涙目になっている。
「私が冒険者をするならと、ユースキーさんのお母様が貸してくれたんです。この剣だってお母様が持たせてくれたんです。あなたの魔法は強いから……きっとユースキーさんのお役に立てるからって、お母様に言われて……ううっ」
よほど服を脱がされそうになったのが怖かったのか、アリスはしくしくと泣き出してしまう。 そんな態度を取られてしまっては、俺も強く言えない。なにより、断るための術は全て失われた。
「……はぁ。分かったよ。勝手にしろ。だからもう泣くなって。な?」
「ほ、ほんとですか? それはつまり、私とパーティーを組んでくれるということですか?」「そう言ってるだろ。だから泣くな」
と、そのとき。コトンと何かが床に落ちた。見ればそれは三角形のガラス瓶。一応、この世界において目薬と目される物だった。
「……アリス。お前……」
「ううっ……言質はとりました」
いまだ嘘泣きをしてるアリスに対し、俺は頬をひくつかせてしまう。なるほど。前世の行いはこうやって帰ってくるらしい。これがカルマか。
「はぁ……。分かったよ。パーティー組んでやる。けど、期待すんな」
と、俺は念押しのつもりで言ってやった。
「俺はこども部屋おじさんだからな。普通の冒険者としての仕事はできないと思え」
そう言ってやれば、アリスは涙を引っ込めて不思議そうな顔を浮かべた。




