傑作だな、ユースキー
その翌日のことである。
久方ぶりに剣を引っ張り出した俺は、早朝の街を歩いていた。
朝靄が立ち込める道べでは、気の早い商人たちが露店の準備を進め、荷馬車がカタコトと音を立てて行き交っている。その荷台には冒険者らしき者の姿もあり、これから依頼をこなしに行くのか殺気立っているように見えた。
俺はそんな光景を横目にしつつ道を進み、大通りから一本入った路地を歩いていけば、遠目に木造建築の建物が見えてきた。
一階部分より二階部分が大きく、三階部分はそれよりも大きい。増改築を繰り返しているためか統合性が取れておらず、見ようによっては廃墟のようにも見える。
しかしここが本日の目的地であり、同時に、『冒険者ギルド』と呼ばれる建物でもあった。
俺は石畳になっている道を進み、そのまま入り口へと向かう。大きく放たれた扉から中に入ってみれば、得物を携えた人間がちらほら。しかし早朝ということもあってかそこまで混んでおらず、建物内は閑散としていた。
なので俺はそのまま、依頼が張り出されている掲示板に向かおうとする。が、そこで声をかけられた。
「よぉ、誰かと思えば、紅蓮とこの息子じゃねぇか」
その声に振り返ってみれば、色黒の男がこちらに向かって歩いて来ていた。
ツルッと丸刈りのスキンヘッドと、程よく鍛えられた体つき。タンクトップに長ズボンというラフな格好の男が、片手を上げながらこちらに近づいて来ていた。
「ああ、キースか。どうも」
「久しぶりだな、元気にしてたか?」
にっと白い歯を見せて笑う、その色黒の男。
俺がキースと呼んだこの男は、この冒険者ギルドの副所長にあたる人物だ。俺を小さい頃から知っており、なにかと気にかけてくれる存在でもある。
「なんとかな。つか、その『紅蓮とこの』って呼び方やめてくれって言ってるだろ」
「ははっ、わりぃわりぃ。そういや、この呼び方嫌ってたな。久しぶりすぎて忘れてたぜ」
言った割には、キースに反省の色は見られない。なので次に会ったときも同じ呼び方をされるだろう。
そのことを想像してため息をつけば、キースが再び笑った。
「しっかし、その名前で呼ばれるの、そんなに嫌なもんかねぇ」
「母さんみたいにスゴくないんでな。ここ(冒険者ギルド)でそう呼ばれると、勝手にハードルが上がって困るんだよ」
「ははっ。それもそうか。それに、ユースキーは冒険者じゃねぇもんなぁ」
ちなみに、『紅蓮の』とは母親の二つ名であり、現役時代は『紅蓮の風』と呼ばれていたらしい。で、その息子だから俺は紅蓮の息子。
「で、その冒険者じゃねぇユースキーなんでここに居るんだ? なんか用事か?」
「ちょっと入り用でな。単刀直入に言えば、金がいる」
「ほう、だから冒険者の仕事で手っ取り早く稼ごうってか。だったら……ん?」
ふと、キースが首を傾げた。
「お前、土木ギルドの石材所で働いてたろ? その仕事はどうした?」
「あー、なんつーか。吹き飛んだ」
「飛んだ? そりゃ、お前が仕事をバックれたってことか?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
じゃあどういうことだよ? と釈然としない感じのキース。なので俺が事のあらましを説明してみたところ……
「ガハハハ! そりゃ、傑作だなユースキー!」
普通に爆笑された。しかも歯茎が見える勢いで笑い転げているあたり、相当面白がっているらしい。
「笑い事じゃねーよ。目の前で会社が吹き飛んだんだぞ」
「おい、やめてくれ! 会社が吹き飛ぶとか、面白すぎる……あははっ!」
「ついでに俺の首も飛んだぁ!」
「もうやめてくれぇ! 俺が悪かったっ……あーはっはっはっ!」
そうしてしばらく笑い転げていたキースだったが、しばらくののちに落ち着きを取り戻す。コホンと咳払いをしたが、そこでもまだ笑っていた。
「ふふっ。すまん、すまん。それで、仕事だったか?」
「ああ。とりあえず、次の仕事が見つかるまでこっちの仕事をするつもりだ」
「そ、そうか。ところで、冒険者カードは持って来てるか?」
「もちろん」
言って俺が取り出したのは、名刺サイズのプレート。金属でできており、そこには氏名・年齢・職業などの個人情報が記載されている。これがなくては冒険者としての仕事はできず、依頼を受けることができない。まあ、お決まりのあれである。
キースはそのカードを受け取ると、念の為だろうか目を走らせた。
「よし。期限も切れてないし大丈夫そうだな。依頼を受ける時は、受付に出してくれ」
「あいよ」
俺は投げ返された冒険者カードをパシっと受け取り、そのままズボンに突っ込んだ。
「それで、なにか良さげな依頼はあるか? 久しぶりだし、できりゃ簡単なのから始めたいんだが」
「あー、それなんだがなぁ……」
キースはパシっと頭を叩き、困った感じの表情を浮かべた。
「実は、昨日までならそういう依頼がたくさんあったんだよ。初心者向け、ってわけでもないが、そこまで危なくなくて稼げるやつがな。けど、昨日の夜中にどこぞの貴族様がやってきて、その手の依頼を全部取っちまったんだ」
「あ? 一人でか?」
つい、驚きの声が出てしまう。
別段、まとめて依頼を受けることに問題はない。ただ、そういう依頼の受け方は、ギルド側が嫌がるのだ。
「いや、取り巻きがいた。さすがにその貴族一人だけなら、こっちとしても止めてたさ。まとめて受けて依頼を全部失敗されても困るしな」
そういうことらしい。ただ、それとは別な疑問も浮かぶ。
「しかし、不思議な話だな。なんで貴族が依頼なんか受けるんだ?」
普通は、である。貴族というのは働かなくてなんぼ、という存在である。
この世界における貴族は『我々は戦のおりに王の元へ馳せ参じるのが使命であって、冒険者家業は平民身分の人間がするもの』という価値観を持っている。そのため、貴族が冒険者ギルドで依頼を受けるのはまずあり得ない。
同じような疑問を持っていたのか、キースも肩をすくめた。
「さあな。ただ、相当な数の依頼を受けてたから、なにか目的があるんじゃないか? それに手慣れてる感じだったし、貴族の戯れってわけでもないだろう」
「ほーん」
となると、その貴族が依頼中にやらかして救出依頼が出る、みたいな美味しい話はなさそうである。
「まあ、そんなわけで、悪いが手頃な依頼がない状況なんだ。どうする? 採取とか、街中での依頼ならあるが」
「採取と街中の依頼なぁ……」
思わず、何色を示してしまう。正直、ありゃ金にならんのだ。
「他には?」
「他なぁ。つっても、お前の実力だと割と厳しそうなのしか残ってないと思うんだが……」
キースは頭を掻きながら歩き出した。なので後ろを着いて行けば、そこには所狭しと依頼書が張り出された掲示板。
キースはしばらく頭を悩ませていたが、その中からピッと依頼書を抜き取った。
「ん、これなんかどうだ? 金になるぞ?」
言って手渡された依頼書を読んでみれば、そこには『トロル』の3文字。俺は速攻で首を振った。
「お前、俺が『トロール』なんて倒せると思ってんのか? しかもこれ、武装トロルって書いてあるじゃねぇか」
「まぁ、無理だよなぁ。じゃあ、これはどうだ?」
「なになに……おい、これ『ゴーレム』って書いてあるじゃねぇか。なんでさっきのやつより強くなってんだよ」
「いや、いけるかなと思って。水魔法がよく効くぞ?」
「知っとるわ! つーかこれ、パーティー組むレベルの魔物だろ!」
「それもそうか。なら、これは?」
再び依頼書を差し出され、再び受け取る俺。
「ほうほう……スケルトン集団の討伐……あっ? 『なお、報酬は出せませんが、冒険者様の実績にはなります』……っておい! これただのボランティアじゃねぇか!」
「冒険者には金よりも大事なものがある。そう思わないか? ユースキー」
「思わねぇよ! ボランティアに命かけられるか!」
するとキースは大げさにため息をついた。
「まったく。ユースキー、お前はなんでそんなに弱いんだ?」
「俺が悪いみたいに言ってんじゃねーよ! 普通に傷つくだろ!」
そうして、半ば喧嘩腰にやり合ってしまう俺とキース。
「はぁ」とため息をつけば、隣から「ふぅ」と声が聞こえてくる。見ればキースはいまだに掲示板を見上げており、なんだかんだ言って俺のために依頼を探してくれているらしい。するとそこで、「おっ」と声を上げた。
「これなんかどうだ? 報酬もそこそこで、強すぎもしないと思うんだが」
言って、依頼書を手渡してくるキース。
が、いまが今までだっただけに、半信半疑でそれを受け取る。そして恐る恐るその依頼書に目を通してみれば……
「……スライム?」
「ああ、そうだ。街の外れで発見されたらしい。これならユースキーでも倒せるとは思うが、どうだ?」
キースはあつらえ向きだという顔をしてくる。しかしその逆、俺は微妙な反応をしてしまう。
スライム。よわっちい魔物の代表格。
多くのファンタジー作品でそういった扱いがされており、例にも漏れずこの世界でのそうなのかと言えば、ちょっと事情が違う。
この世界においてスライムとは、『冒険者に依頼として上がるスライムは厄介』なのである。
物理攻撃が効かず、有効な攻撃手段は魔法のみ。それゆえ、倒すためには魔法が必要。
ここまでならよくあるファンタジー作品と同じなのだが、そもそもスライムが発生するのは魔力だまりと呼ばれる場所だ。
そこでは魔物が大きくなりやすく、また産まれやすい。そのため、スライム討伐の依頼に出かけてみれば予想外の魔物が出現することが多々ある。なので冒険者に依頼として上がってくるスライム討伐というのは、なんらかのリスクを孕んでいる可能性があるために、『スライムは厄介』とされているのだ。
まあ、そんな事情はさておき、俺にはどうあがいてもこの依頼をこなせない理由があった。
俺は依頼書から顔をあげると、ふっと微笑んでみせた。
「なあ、キース」
「なんだ?」
依頼、受けんのか? とでも言いただけな顔をしていた。けど、違う。
「俺、魔法使えないんだが?」
するとキースはじっと俺を見つめ、
「……詰んでんな。お前」」
そう呟き、憐れみの目を向けてきた。




