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ただのニートじゃねぇか

 働いたことがある人間なら一度くらいは考えたことがあるだろう。明日、会社吹き飛んでねぇかなと。そうすれば働かなくて済むのになぁ、と。それが起きたのである。目の前で。

 あの後、俺の目の前に広がっていたのはぺんぺん草も生えないような酷い光景だった。

 幸い、場所が場所だったから死傷者もケガ人も出なかったが、会社は完全に潰れた。物理的に。文字通り。というか灰になってなにも残っていない。

 それから騒ぎを聞きつけたゴンザムが飛んできて、「今日から俺もお前も無職だな! ガハハ!」とやけくそ混じりに従業員全員をその場で解雇し、晴れて俺は無職の身になったのである。どうも、こども部屋おじさん改め、無職のこども部屋おじさんです。


「っておい! それただのニートじゃねぇか!」


 思わず叫んでみれば、街ゆく人々から好奇の目を向けられる。が、そう叫ばざるおえないくらいには、俺もやけくそになっていた。


「そうですか……それは大変ですねぇ」


 と、後ろから女の声がした。大変心配そうな声で言われたの振り返ってみれば、そこには大変な元凶がいた。

 ピンクがかった髪の毛に、色白の肌。それによって際立つ桜色の唇と、おっとりとした目元。そんな女が、こちらを心配そうに見つめていた。


「お前、よくそんなことが言えるな。ぶっ殺すぞ」

「まあ、そのような汚い言葉を使ってはいけません」

「死ね」

「まあ、まあ」


 あら、あらと言わんばかりに驚きの表情を浮かべる女。

 一瞬、ぶん殴ってやろうかと思ってがさすがにやめておく。

 ここで騒ぎを起こすのはまずい。先の一件で憲兵が敏感になっているはずだ。この国では街中での炎魔法の使用は禁じられており、被害が被害なら死罪もあり得る。

 もしこの女をボコボコにして憲兵にでも捕まり、この女が先の一件の犯人だと知られれば、一緒にいた俺もあらぬ疑いを掛けられる可能性がある。

 俺は怒れる拳を収めて歩き出せば、そのまま女も後を追ってくる。


「で、お前。なんでさっきから着いて来てんの? 放火魔と一緒にいたくねぇんだけど?」

「人聞が悪いです。私に放火の趣味はありません」

「あっそ」

 いったい、どの口が言ってんだ。

「実を申しますと、わたくし、宿を探しておりまして」

「はあ」

「昨日からなにも食べていないので、できれば食事を取れるところがいいのですが」

「はあ」

「ですが、ご覧の通り一文なしの身でして。いったい、どうしたものかと途方に暮れているのです」

「はぁ?」


 思わず、肩越しに女を見てしまう。自然と、その女のいでたちに眼がいった。

 煌びやかなドレス。ひと目見ただけで高そうだと分かるその服は、おおよそ平民身分が買える値段ではないだろう。おまけに、毛先や指先は小綺麗に整えられており、『労働』とは無縁な生活を送っているように思える。そんな女が平民街で宿を探し、おまけに一文なしとはどういうことだ。


「……なあ、あんた。何者なんだ?」


 すると女は「はて?」と首を傾げた。


「何者……哲学ですか?」

「ちげぇよ」

「ここにいる自分を認めなくてはならない。他の何者にもなれない自分を認めなくてはいけない。そういうことだと思います」

「だからちげぇよ!」


 なんだこの女。つーかなんかいいこと言ってんじゃねぇよ。

 チッと舌打ちが出てしまえば、女は再び「まあまあ」と驚いた顔をする。


「申し訳ありませんが、訳あって素性を明かせぬ身。ですが自己紹介はさせていただきます」


 言って女はスカートの裾を持ち上げ、小さく膝を折った。


「わたくし、名をアリスと申します。どうぞ、以後お見知り置きを」


 僅かに頭を下げ、まさに、と言った感じの礼法を見せつけてきた女。華美なドレスを纏っているためか、とても様になっていた。


「ふぅん、アリスさん、ね。まあ、別にお見知り置きになるつもりもねぇが、俺の名前は……あ?」


 思わず、女を見つめてしまう俺。

 ピンクがかった長髪。おっとりとした目元に、ぷっくりとした頬。幾度となく重ねたその白い肌と、服に隠されたふくよかな胸。今の今まで忘れていたが、この見た目はまさに……

 突如固まってしまった俺を不審に思ったのか、アリス、と名乗った女が不思議そうな顔で覗き込んでくる。


「あの、どうかされましたか?」

「い、いや。なんでもない。俺はユースキーだ」


 さすがに言えない。ダッチワイフの名前と同じだな、なんて。なんなら見た目も体付きも完全に同じだね、なんて。

 俺は咳払いをすると、ダッチワイフ、もといいアリスに向き直った。


「とにかく、今夜一発、じゃねぇや。アリスさんとやら。事情は分かった。お前が一文なしで宿にも泊まれなくて、行く宛てがないのもよーく分かった」

「ご理解、痛み入ります」

「けどな」


 と、俺は腕を組んだ。


「正直、俺に着いて来てもらっても困る。俺が普通の人間なら、お前に飯を奢るだの宿代を恵むだのするだろう。けど、俺は『こども部屋おじさん』だ」

「こど……なんです? それ?」

「こども部屋おじさんだ。いい歳こいて自立せずに実家に寄生してる奴のことだよ。主に理由としては大して稼げてないから実家に居座るしかない」

「自分で言ってて悲しくありませんか?」

「やかましい。それに、いまの俺は無職だ。だからお前に施しを与えようとする心の余裕も、助けてやれるだけの金銭的な余裕もない」

「それは大変ですねぇ」

「お前のせいなんだよ!」


 反射的に拳が出そうになるが、なんとか耐えた。


「そんなわけで、俺はお前を助けてやれない。わかったか?」

「なるほどです」


 ふむふむと頷き、アリスは一応納得の形を見せる。


「たしかに、そのような方を頼ろうとしたのは間違いでした。お父様からは『わたくしが困ったときは国の皆様が助けてくれる』と言っておられましたが、そうはいかない事情もあるようですね」


 なにか、よく分からないこと言い出したアリス。

 どういう意味かと聞こうとしたのだが、アリスがスカートの裾を持ち上げ、小さく頭を下げてしまう。


「それでは、これ以上ユースキーさんと話すことはなにもありません。失礼します」

「おい、言い方。言い方ぁ!」


 そうして、アリスはくるりときびつを返し、立ち去ろうとする。が、そのときだった。


『おい! 居たぞ! こっちだ!』


 遠くから叫び声が聞こえた。ハッと顔を向けてみれば、大通りの角から憲兵集団がこちらに駆けてくるのが分かった。


「いったい、なんの騒ぎでしょうか?」

「おめぇをとっ捕まえに来たんだよ!」

「えっ、なぜでしょう? わたくし、なにか悪いことをしたでしょうか?」

「したに決まってんだろこの放火魔が!」


 瞬間、俺は速攻で駆け出した。

 アリスを追っていた男2人組。奴らは俺をアリスの仲間だと思い込んでいた。もしあの男たちが今し方現れた憲兵共に話をしているのなら、確実に俺も容疑者になっているはずだ。なので逃げる他なかった。が、


「事情はわかりました。なら、ここはわたくしが足止めを致します。ユースキーさんはそのうちにお逃げください!」


 思わず、足が止まった。振り返ってみれば、アリスの周囲にはすでに火の粉が舞っていた。


「おい、お前。まさか……」

「はい! 魔法を使います。さあ、いざ!」


 アリスは右手を構える。それに伴い、右手に炎の塊が出現した。


「おい、ばっか! やめろ! これ以上罪を重ねるな! お母さんも泣いているぞ!」

「わたくしにお母様はいません! わたくしが小さい頃に亡くなったと聞いております!」

「それは悪かった! でもやめろ! 頼むからやめてくれ!」

「問題ありません。少し威力を落とします!」

「問題しかねぇんだよ! このボケ!」


 俺はとっさにアリスに飛びつき、魔法の発動を止めようとする。


「頼む、頼むからやめてくれ! 飯くらい奢ってやる! だからその炎を引っ込めろ!」

「ありがとうございます! それでは、あの方々たちを追い払って食事にしましょう!」

「話を聞け!」と、言ったには遅かった。


「フランマ・フラゴル!」


 その掛け声と共に、視界が一気に爆ぜた。

 確かに威力は抑えられていた。確かそれは中級程度の魔法だったはずだ。

 しかしそれでも街中で使うには強力すぎる魔法であり、周囲の建物は全て半壊した。土煙が舞う中、俺とアリスは逃げ出す他なかった。

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