わしは神じゃよ
再び眼が開いた。
眼だけ動かして周囲を確認してみれば、真っ白な空間が広がっている。
俺はむくり起き上がり、辺りを見回す。が、やはり何もなく、白の世界がどこまでも続いているだけだった。
「おお、気がつきおったか」
後ろから声を掛けられた。パッと振り返ってみれば、そこには老年の男が立っていた。
灰色の髭に、灰色のローブ。右手に杖を持ち、その先端には水晶石のようなものが取り付けられている。見ようによっては、魔法使いのようにも見えた。
「これこれ、そう恐るるでない。なにも危害を加えはせん」
思わず身構えてしまった俺に、初老の男は優しく微笑んだ。だが俺は警戒を解くことはせず、
ゆっくりと立ち上がった。
「あんた、何者だ?」
「ほっ、ほっ、ほっ。そう焦るではない。それに、名前を聞くときはまずは自分から名乗るもんじゃぞ。のう、祐介や」
すっと、心に冷たいものが入ったのを感じた。この男、なぜ俺の名前を知っている?
そんな考えが顔に出たのだろうか、その初老の男は再び笑った。
「今度はだんまりか。まぁ、それもよいじゃろう」
「……別に、そんなつもりはねぇよ。で、あんたは何者なんだ?」
「そうじゃのう、一言でいうなら、神じゃよ」
「は? 神様?」
思わず、その「神」を名乗った男をじっと見つめてしまう。すると、その男は小さく頷いた。
「いかにも。わしは神じゃよ」
「いや、いやいやいやいや」
と、口早に否定の言葉が出た。
「お前、神様がそんなカッコしてるわけねぇだろ。そんな、ヘンテコ魔法使いみたいな格好をよぉ」
「それは、お主が想像する『神』がこういう姿だからじゃよ。わしの姿は、その人間によって見た目が変わるのじゃ」
「んなの信じられっか。第一、神様がそんな都合のいい存在なわけねぇだろ」
「本当じゃ。試しに、ほれ」
言った瞬間、その神とやらの姿が変わった。栗毛の長髪。蓄えられた顎髭。俺の覚えが正しければそいつは、
「ジ、ジーザス!」
「それから、ほれ」
「オ、オーディン!?」
「そして、ほれ」
「アマテラスか!」
そして再び魔法使いの姿に戻った神とやら。
「これで、少しは信じる気になったかの?」
「あ、ああ」
驚きつつも、小さく頷いた。
確かに神様ではあった。ただ、どうにも俺の記憶から呼び起こしているらしく、どいつもこいつもアニメか漫画で描かれてる神の姿をしていた。ただ、こいつが神様だとすると疑問が湧いてくる。
「あんたが神様なのは、まあ、信じよう。でも、なんで俺はここにいるんだ? てか、ここはどこなんだ?」
すると神様はトンと杖を打ち鳴らした。
「うむ。ここは天国と地獄の間。さしずめ、保留部屋、と言ったところじゃな」
「保留部屋?」
「左様。普通、人は死ねば向かうべきところへ向かう定め。しかし中には、ワシが自らが話をしにいく人間もおる。なぜだか分かるか?」
さあな、と俺は肩をすくめる。
「けど、神様がわざわざ会いにくるってことは、なんかあるんだろ?」
「いかにも。ワシが会う人間は、現世でまだ死ぬ運命になかった人間。つまり、手違いで死んでしまった人間でな」
「ほーん、手違いで死んだ人間ねぇ。……ちょっと待て、お前なんつった?」
なんだ? 俺の聞き間違いか? 手違いで死んだとか言った気がすんだけど。
思わず疑念の目を向ければ、その神とやらは大きく頷いた。
「いかにも。お主は手違いで死んだのじゃ。悲しいのぉ、不憫じゃのぉ」
「なーに、人ごとみてぇに言ってんだよ。テメェのミスだろうが」
「いかにも、いかにも。悲しいのぉ、悲しいのぉ」
と言って目柱を押さえる神とやら。
「さらに言えば、手違いで死んでしまったとはいえ、生き返らせることはできぬ。人間とは死ぬべき定め。限りある命なのじゃよ」
サラッととんでもねぇことを口走りやがった。深いことを言っている感じの口調に腹が立ったが、納得できるわけがなかった。
「お前、ふざけんじゃねぇぞ! 手違いで殺しといてそりゃねぇだろ!」
「わかっておる、わかっておるわ。しかし、お主もお主じゃ。あのような遊びをしておれば、わしとて勘違いをするというものじゃ。コイツは死にたいのじゃのう、と」
そう言われ、思わず言葉に詰まってしまう。
この神が人の生き死にを決めているとして、あの状態を俺を見れば死にたがっていると思われても仕方ないと思った。
存外、俺も悪いのではないかと思ってしまい、ろくな反論も思いつかなくなる。すると神が感慨深く頷き始めた。
「しかし、手違いによって人を死なせたとはいえ、それはそれで問題じゃ。なんせ『理り』に乱れが生じる。それはいかんこのじゃ」
「はぁ」と、曖昧な返事を返してしまう。森羅万象、とかそういう話なのだろうか。もしくは高次の存在がどうの、という話なのかもしれない。
「まあ、そういうわけでの。お前さんには、死の運命が来るその日まで、生きてもらわないといかん。しかし、元の身体に戻すこともできん。そこで、じゃ」
神様が杖をぽんと打ち鳴らした。
その瞬間、ぶわっと地面の色が変わった。
レンガ造りの家々が立ち並ぶ、西洋風の街並み。その中にある一軒家を、俯瞰で見下ろすような映像が広がった。
「これは?」
「見覚えはあるじゃろう。ほれ」
とん、と杖を叩けば、その家に向かって一気に距離が縮む。屋根をすり抜け、屋根裏も通り抜け、そして一室が映し出された。
「……さっきのか」
そこに居たのは、シーツに包まれ、すやすやと眠る赤子。その傍らにはあの栗毛の女が横たわり、向いでは男が赤ちゃんに慈しみの目を向けている。
「先ほどお前さんが見たのは、夢でもなんでもない。現実じゃよ。手違いで死んでしまったお前さんを、あの赤子の魂として転生させたのじゃ。新しい生を得て、死の運命を全うするためにな」
なるほど。要はそうすることで、神様が言った『理り』とやらに乱れが生じないようにするのだろう。
「つまり俺は、生まれ変わってあの赤ちゃんとして人生を生きろ、と」
「まあ、そんなとこじゃな。ただ、魂の形は変えられぬゆえ、記憶はそのまま引き継がれるがの」
「なるほど、な」
ふと、沈黙が流れた。俺がどう答えるのか、というのを神様は伺っているらしかった。
「ちなみに、それって断れるのか?」
「無理じゃな。こちらの手違いとはいえ、それはできん。お前さんが断ろうとも、赤子の元へと魂は向かう」
「拒否権ねぇのかよ……」
とは言え、さすがに説明なしで転生させらるよりはマシだと思った。
「分かったよ。つか、あんな場所でウロチョロしてた俺も悪かったしな。それに、現世に未練もない。クソみたいな人生だったしな」
「ほっ、ほっ、ほっ。そうか、そうか。じゃがな、この赤子となって送る人生は、前世とは少し違ったものになるじゃろう」
「違ったもの?」
俺が首を傾げれば、神様はうむ、と頷いた。
「手違いの代償、というわけではないが、ある程度は神の加護を持って人生を送れるようにしておいた。それゆえ、現世のお前さんとはまた違った人生になるじゃろうて」
「はぁ……」
「それに付け加え、お主が転生する世界も『お主好の世界』を選んだつもりじゃ」
「……」
ますます意味が分からず、黙りこくってしまう。すると神は「うーむ」と顎に手を当てた。
「そうじゃの、ところでお主。お主は、いつも部屋でピコピコをしておったが、ファンタジーゲーム、と言うんじゃったかな?」
急に俗物的な単語を発した神に、俺は毒気を抜かれる。しかしピコピコかぁ。いまどき婆様でも言わねぇと思うが。
「ああ、RPGゲームのことな。それで?」
「うむ。お主が生まれ変わる世界、実は現世とは違う、剣と魔法の世界なのじゃ」
「えっ!?」
声が裏返った。俺は一気に神様へと詰め寄っていく。
えっ……え? ちょっとまて。ちょっと落ち着こう。
だって、だってだぞ? 聞き間違いでなければ、いま神様は『剣と魔法の世界』って言ったんだぞ? それってファンタジー世界のことなんだぞ? つまりそれは、漫画アニメで見た異世界転生ってことなんだぞ? つまりそれって……
俺は高鳴る気持ちを抑え、神様を見上げた。確認せずにはいられなかった。
「つ、つまり! 俺はなんか使命を持って生まれ変わるってことか! 例えば、魔王を倒すとか!」
「いかにも」
「じゃあ、その世界を救う過程で、いろんな女の子とイチャイチャできたりするってことか! 例えば、パーティーは全員女とか!」
「やりようによっては」
「そっ、それなら、俺がすげぇ力持ってて、それで『俺つぇー』って出来たりするのか? 実はすごいって認められたい、っていう欲求を満たしてくれるのか?」
「可能じゃろうな」
「ふぉおおおおおおおおおおおおお!!」
その瞬間、俺は狂ったように舞い踊った。
やった。やったぞ! なんてこった。なんてこった! まさか憧れていた世界に行けるなんて。俺も行ってみてぇなと画面越しに呟くだけだった世界に行けるなんて。なんて俺は幸運なんだ!
「ありがとう神様! 俺……、俺、死んでよかった! 殺してくれてありがとう!」
「む、そ、そうか。それは良かったのぉ」
さすがの神も殺害の礼を言われるとは思ってなかったのだろう。若干引き気味の返事が返ってきた。しかし今の俺にはそんなものを気にする時間などなかった。
「さあ、神様! とっとと俺をあの世界に送ってくれ! さあ早く!」
「ま、待たれよ。お主、現世に未練はないのか。死んだとは言え、数分程度なら家族と別れの言葉を交わす余裕を与えようと思ったのだ」
「いらん!」
「いや、待たれよ。そして見よ!」
神様がとん、と杖を叩けば、地面の色が変わり、今度は病院の一室が映し出された。
そこには包帯ぐるぐる巻きの俺が横たわり、生命維持装置らしきものをつけている。その横では母が俺の手を握って涙を流し、父は椅子に座ってうなだれていた。おまけに、付き添いで来ていたらしい大輔と綾香さんは悔やむような顔をして、文香と健介は泣きそうな顔をしている。が、そんな場面を見せられた俺は、
「いいから! もういいから! 頼む! このまま死なせてくれ! 二度とこども部屋おじさんの身体になんて戻りたくないんだ!」
「む、そっ、そうか……」
若干しょんぼりした神は、もう一度杖を叩いて景色を変えた。あの、赤子のいる部屋に戻ってきた。
「では、気をとり直して……ふん!」
とん、と神様が再び杖を叩いた。俺の身体から金色の粉が立ち昇り、さらさらと流れていくのが分かった。
「こ、これは!?」
「転生が始まったのじゃ。さあ、ゆくがよい祐介。いや、ユースキーよ。その迷える魂のまま赤子の元へと向い、為すべきことをなすのじゃ」
「はい! 神様!」
「じゃが、忘れるでないぞ。お主には神の加護があるとはいえ、魂の形は変わらぬ。堕落すれば前世と同じ人生を送ることになるじゃろう」
「はい! 神様!」
「よい返事じゃ。じゃが、本当に本当に忘れるでないぞ。堕落したが最後、お主は前世と変わらぬこども部屋おじさんに……」
「わかってますよ!」
俺は満面の笑みを浮かべて見せた。すると神様は呆気に取られたような顔になる。きっと、こんな自信に満ち溢れた顔を見せられるとは思っていなかったのだろう。
「大丈夫ですよ、神様。俺、ずっとこういう日を夢見てたんです。生まれ変われるなら、生まれ変わって別の人間になれるなら、そのチャンスを絶対にものにしてみせるって」
足元から、俺の身体が次第に光の粉へと変わってゆく。キラキラと輝くその粉は、俺の門出を祝福してくれているようにも思えた。
「だから大丈夫です、神様! 俺は絶対、あっちの世界じゃちゃんと生きます! 本気出して頑張ります! まっとうな大人になってみせます!」
ゆっくりと、だが確実に魂があちらの世界に向かっていくのが分かった。いまや、胸のあたりまでしか実体がなくなっていた。
「だから安心してください神様! 俺はぜったい……」
そうして、俺は言った。まるで、今までの人生に決別するように。
「俺は絶対に、こども部屋おじさんになったりしませんから!」
「……さようか」
ふっと、神様は微笑んだ。それから俺に対し、慈しみに似た眼を向けてきた。
「なら、なにも心配することはあるまい。では、行っていまいれ。そしてさらばじゃ、祐介。 いや、ユースキーよ!」
「はい、さようなら神様! 本当に……本当に殺してくれてありがとう!」
その瞬間、俺の身体は光の粉となって消えた。ふっと意識が消え、同時に、あの赤子の身体にすっと入り込んでいくのを感じた。
さあ、新しい人生を始めよう。
今度こそ本気で人生を生きるのだ。
少なくとも、前世と同じような生き方はしない。いや、してはいけない。
前世と同じこども部屋おじさんにだけは絶対にならない。
絶対の絶対、こども部屋おじさんにだけはならないぞ!




