あんぱんはつぶあん派?こしあん派?
「海に決まってるだろ海!」
「いいや、山だね。大自然こそが夏の魅力だろ!」
「私はどっちかと言うと海かなぁ。でも男子がやらしい目で見てくるからプライベートビーチに行きたい」
「べ、べべ、別にお前の水着なんて興味ねーし」
「私だってあんたの貧相な体なんて興味ないし」
「痴話喧嘩は他所でやれ。それと、山だって川や湖があるから泳げるぞ」
「川なんて毎年流されて死んでるやついるじゃん。俺は安全な海一択」
「海だって普通に死んでるだろ。そんなことより山の方が飯が美味い!」
「わかってねぇなぁ。海の家のあのまずい飯を食うのが醍醐味だろ」
「山で食べる時って自炊するんでしょ?めんどいじゃん」
「それが良いだろうが!山でみんなでBBQ!これこそが夏の王道だ!」
「BBQなんて夏じゃなくてもできるっしょ」
「お前は言ってはならないことを言った」
昼休みにトイレから戻って来たら、教室が妙に騒がしかった。
海だの夏だの、なんの話だろうか。
「湖西、これは何の騒ぎだ?」
俺は自分の席に戻ると、後ろの席の男子に騒ぎの原因について聞いてみた。
「あれ? 一色居なかったんだ」
「ああ、ちょっとトイレに行っててな。それで?」
「陽キャ共が、夏は海が良いか山が良いかで騒いでるんだよ」
「ふ~ん……ってまだ五月だろ。気が早いな」
「あいつらいつも季節感ガン無視した話題で盛り上がってるじゃん」
「確かに」
どんなことでも明るく楽しめるのが陽キャが陽キャたる所以なのだろう。ここで『まだ相当先のことなのに何言ってるんだ?』なんて空気を読めない発言をすると、陰キャコースまっしぐらだ。
俺、一色 十瑠がどちらかと言うと、空気は読めてると思うがあそこまで派手に騒ぐ気にはならないから中間と言ったところだろうか。はは、一番つまらん人間かもな。
「俺達には関わりない話か。ちなみに聞くが、湖西はどっちなんだ?」
「なんだよ陽キャの仲間入りでもする気か?」
「そんなんじゃねーよ。なんとなくだなんとなく」
「まぁ良いけどさ。俺がどっちかなんて決まってるだろ」
「…………ああ、そうだったな」
「「家が一番」」
極めて陰寄りの湖西が、夏に海やら山やら陽な場所に行くわけが無い。家に引きこもって毎日FPSをやりながらブチ切れてるのが目に見えている。
「そういう一色はどうなんだよ」
「俺か?」
海か山か。
そんなの決まってるだろ。
「男なら海一択だろ」
「エロ魔人め」
「全世界の男子に向けた誉め言葉だな」
なんて女子には聞かせられない会話をしながら笑い合う。
所詮俺達には関係ない世界の話なのだ。
このくらいふざけても構わないだろう。
と思って湖西とゲームの話でもしようと思ったら、興味を惹かれる質問が耳に飛び込んで来た。
「姫はどっちが良い?」
姫。
クラスメイトの女子の愛称で、本名は姫路 芙凛。
なんとも可哀想なキラキラネームだが、本人はそれをネタにして『プリンセスなのでプリンだそうです。だから姫と呼んでくださいね』だなんて自己紹介で言ってのける胆力がある。単に諦めて吹っ切れただけかもしれないが。
立ち居振る舞いがかなりおしとやかで姫らしく、男女問わず守ってあげたくなる感じのかわいい子で、俺も見た目は気に入っている。中身は知らん。だってまともに話したこと無いし。
「え?わ、私?」
突然話を振られたことに驚いている様子だが、すぐに答えを考え出した。
人差し指を頬にあてて悩む姿もとてもかわいらしい。あれは素でやっているのだろうか。
彼女はしばらく考えてから、答えを口にした。
「山……かな?」
へぇ、彼女は山派なのか。
閑静な避暑地でワンピースを着た彼女がおだやかな風に髪をなびかせながら本を読む姿とか、絵になりそうだ。
「やっぱり山だよね!」
「姫と同じだ、やった!」
「山に決まってるだろ」
「お前、さっき海って言ってたじゃねーか」
「気のせいだろ。海なんてありえないって。山しか勝たん」
「夏に海とか、下心ありすぎて嫌だもんね」
「やっぱり空気の良い山が最高!」
「う~ん、山に行きたくなってきた!」
先程までどちらが良いか議論していたのに、姫が答えたら全員が山が良いと言い出しやがった。なんて都合の良い奴らなんだ。掌くるっくるで捩じ切れちまえ。
その姿に嫌悪感を抱いたのか、湖西が彼らには聞こえないようにとボソりと呟いた。
「けっ、そこまでして姫に気に入られたいのかね」
「おい馬鹿。聞こえたら袋叩きに合うぞ」
「俺のことなんか誰も気にしてないから平気さ」
気にしてないからこそ、耳に入ったら遠慮なく言葉の暴力を喰らうだけなんだぞ。
それが分かっているから小声にしているのだろうが。
姫に気に入られたいねぇ。
確かに同じ意見であれば喜んでくれるだろうが、さっきまで反対意見だったのに無理矢理意見を翻すのは流石にどうかと思う。お姫様だって苦笑しているじゃないか。
「それよりお姫様が山だそうだが、一色も変えるのか?」
「はは、変えねーよ。男なら海一択だ」
「お姫様に聞こえて無いからそう言えるんだろ」
「いやいや、聞こえても俺は変わらねーよ」
「ふ~ん、なら聞こえるような声で宣言してみろよ」
「なんで俺だけ。やるならお前も一緒だ」
「ちっ……分かったよ」
陽キャ達とはあまり関わりたくないのだが、彼らは教室でそれなりに目立つように会話をしているから、他のグループが話題を拾ったっておかしくないと思って気にすることは無いと信じたい。
というかこいつ、陰キャの癖に目立つこと嫌いじゃないのな。これまでのことを思い返すと、一緒にやろうぜって言うと絶対断らない気がする。かまってちゃんかよ。
「それじゃあいくぞ」
「せーの」
「海!」
「山!」
おいこいつ今なんて言いやがった!?
「てめぇ家じゃなかったのかよ!」
「何言ってる。夏なら山に決まってるだろ」
「裏切りやがった!」
そういえばこいつ、姫に気があるようなことを前に言ってたな。
つまりは、俺を下げつつ自分は山好きだとアピールして共感を得ようという作戦か。なんて卑怯な奴なんだ。
「うっわ。一色のやつ海だって」
「さいてー」
「エロいことしか考えて無いんだな」
「そういう人だったんだ……」
ぐっ……陽キャどもが容赦なく俺の心を削ってきやがる。お前らだって半分は本当は海が良いはずなのに。男共の大半は女の水着が見たい癖に!
「くっくっくっ、一色、そういうのは良くないぜ」
「どの口がいいやがる。この卑怯者が」
「人聞きが悪いことを言うなよ。俺は家が良いとは言ったが、海と山でどっちが良いかは答えて無かったぜ」
「そういうところが卑怯だって言ってんだよ。まったく」
やはりこいつはまぎれもなく陰キャだった。
陰険という意味でな。
まったく、この様子じゃ姫に嫌われちまったかな。
そう思いながら彼女の様子を確認すると、彼女は驚いた目で俺を見ていた。
あれ、変だな。
嫌悪感とかそういうのが全く無くて、純粋に驚いているだけだぞ。
どういうことなのだろうか。
その意味が分かったのは次の休みの日の事だった。
ーーーーーーーー
パンを買いに行こう。
俺の趣味の一つに、パン屋巡りというものがある。
そして今日、家の近くに新しいパン屋がオープンするという話を聞いてしまっては、行くしかないだろう。
先日の海か山かの話で、不当にもクラスメイトから白い目で見られるようになってストレス溜まってるから、おいしいパンをゲットして発散してやる。
「おお、混んでるなぁ」
オープン初日ということもあり、そこそこ賑わっている。
でもタイミングが良かったのか、すぐに店内に入ることが出来た。
「んん~良い香り」
店外にも漂っていたが、店内に入るとまた一際強い小麦やバターの香りが食欲を刺激してくる。
さてと、トレーとトングを手に、まずはどんな商品が売っているのかを確認しようか。
「お、あんぱんか」
「あ、あんぱんだ」
おや、声がハモったぞ。
なんか気恥ずかしいな。
お相手は女性の声だった。
スルーしようかとも思ったけれど、なんとなく軽く会釈くらいはしておくことにした。
そう思って隣を見てみると。
「姫……路さん?」
「一色くん?」
なんとそこに居たのは例の姫だった。
うわ、白を基準としたフリル多めの私服が超かわいいじゃないか。
おっと、今はそんな場合じゃないだろ。
「奇遇だな。パン好きなのか?」
「うん。一色くんも?」
「ああ、パン屋巡りが趣味なんだ」
「本当!?私もなんだ!」
ぱあっと笑顔の花が咲き、ぐっと惹き込まれそうになってしまった。
クラスで自分と同じ意見の人がいてもここまで喜ばないのに、どうして今回はこんなに喜んでくれるんだ?
「もっと詳しく話したいところだけど……」
「他の人の邪魔になっちゃうもんね」
同じパン屋好きとして色々と情報交換をしたいが、オープン初日の店内でゆっくり話なんてしていては迷惑だろう。ここは先に品物を選ぶべきだ。
「やっぱりあんぱんは王道だよな」
「そうそう」
お互いにあんぱんをトレーに乗せる。
だがその直後、俺達は同時に硬直することになる。
「どういう……ことだ……?」
「それはこっちの台詞だよ?」
お互いに視線を交わしてバチバチとやり合う。
かわいいとかそんなのはもうどうでも良い。
どうしても譲れない大問題が発生したのだから。
「あんぱんはつぶあんに決まってるだろ!?」
「こしあん以外ありえないよ!」
そう。
俺と彼女とでは派閥が違ったのだ。
「ふっくらもちもちしたパンの弾力と小豆の独特な食感が合わさって、もぐもぐしていて楽しいんじゃないか」
「パンがふわふわでもちもちしているからこそ、なめらかで口溶けが良いこしあんがマッチするの」
「強めの食感があるからこそ食べ応えがあるし、小豆を噛んだ瞬間にぶわっと風味が広がるのが良いんだって!」
「こしあんなら小豆の皮が口に残ることがないし、雑味が無くて上品な甘さを感じられるんだよ!」
お互いに強い拘りがある以上、退くわけには行かない。
店内が混んでいて迷惑だというのは分かっているのに、つい熱くなって睨み合ってしまう。
「…………」
「…………」
一触即発の大喧嘩か。
店内に不穏な空気が充満しそうになったその時。
「「ぷっ、あははは!」」
あんぱんはつぶあんが好きか、こしあんが好きか。
そんなことで真面目に討論している自分達がおかしくなって笑い出してしまったのだ。
「あ、ごめんなさい、どきますね」
「ごめんなさい」
他のお客に迷惑をかけたので謝りながら、俺達はあんぱんの前から移動した。
「この話はまた後でしようぜ」
「うん、そうだね。今はパンを買っちゃお」
姫と別れ、色とりどりのパンに目移りしながらも、さっきの議論を思い出す。
短い時間だったけれど、好きなことをぶつけ合うのって楽しかったな。
おっと今はパンのことを考えないと、欲しいのが売り切れてしまう。
絶対にゲットしたいパンはいくつかあるが、その中でまだトレーに置いていないものは……カレーパンだ!
慌ててその場所に行くと、一つだけ残されていた。
「良かった、残ってた」
「良かった、残ってた」
このパターンはもしかして。
一つのカレーパンに差し出されたもう一方のトングの持ち主を見ると、姫だった。
「姫路さんもカレーパン狙いだったの?」
「う、うん。でも一個しかないね」
「…………」
「…………」
お互いにパンが好きだから、どうしても欲しい。
でもここで強引に奪う程、俺は自分本位じゃない。
姫にそれを譲ろうと思ったのだが、彼女に先手を取られてしまった。
「一色くんにあげる」
「いやいや、姫路さんこそどうぞ」
「ううん、さっきのが楽しかったからそのお礼ってことで、どうぞどうぞ」
確かに楽しそうだったが、お礼に好きな物を譲るってほどのことだろうか。
それに譲ると言いつつも、残念そうな顔を隠しきれていない。
「分かった。それじゃあ遠慮なく」
だから俺はカレーパンをトングで取って、彼女のトレーに置いた。
「え?」
彼女は目を真ん丸にして驚いていたが、すぐに俺の行動の意味が分かったのか、またしても大輪の笑顔の花が咲いた。
「ありがとう。優しいんだね」
その言葉に照れ臭くなった俺は、誤魔化そうとしたのだが。
「そうそう。俺は優しい……」
「カレーパン焼きあがりました!」
「…………」
「…………」
お、おい、待てよ。
これってヤバい状況じゃないか?
時間が経った最後の一つを姫に押し付け、俺は出来たてのカレーパンをゲットする酷い奴じゃないか!
「いや、まて、これは、その、気付いてなくて、だな」
どうにか弁解して焦り、彼女のトレーからカレーパンを取り返そうかと思ったその時。
「ぷっ……あはははは!一色くん焦りすぎだって!わざとじゃないなんて分かってるから大丈夫だよ!」
彼女はそう言って盛大に笑い、新しいカレーパンをトングで取り、俺のトレーに置いたのだった。
「はい、どうぞ」
「うう……あ、ありがとう」
「ふふ、あ~面白い。そうだ一色くん。私食べたいパンがあるんだけど、これ以上買うと高くなっちゃうから、一緒に買って半分こしない?」
「お、おう。い、いいぜ?」
「じゃあ食べながらさっきの話の続きしよ!」
姫が何かを言っていたが、動揺している俺は何が何だか分からない。
彼女とパンを一緒に食べる流れになっていたことに気付いたのは、パンを全て買い終えた後だった。
ーーーーーーーー
「おいしーーーー!」
「確かに美味いな。当たりのパン屋だ」
俺達はパン屋の近くの公園で、ベンチに並んで座りながら購入したパンを食べ始めた。
頬を手のひらで抑えながらかわいらしく美味しさを表現する姫の横で、俺もまた購入したクロワッサンを齧りバターの香りとサクふわ食感を堪能する。
「ベーカリー四五六 と良い勝負だな」
「それって駅の反対側にあるところだよね。私もあそこのパン好き!」
「あそこ結構通いけど、姫路さんも行ったことあるんだ」
「もちろんだよ。この近くのパン屋なら全部行ったことあるよ」
「へぇ、じゃあ……」
パン好き同士のパン屋談義が止まらない。
自分と同じくらいパン好きな人に会ったのがお互いに初めてなんだろうな。
これまで沢山語りたかったことを喜んで聞いてくれる相手についに出会えたのだから、楽しくて嬉しいに決まっている。
俺達は長時間そこで話し続け、ようやく例の話に戻って来た。
「あそこのパン屋はあんぱんがこしあんしか無いから許せん」
「私は大好き」
「だろうな!」
つぶあん派とこしあん派。
せっかくこれまで楽しく話をしていたのに、敢えてケンカするような話題に戻す必要も無いのにと思う人もいるかもしれないが、楽しくケンカしてるから良いんだよ。
でも俺はともかく、姫までかなり楽しそうにしているなんて不思議だな。
「どうしたの?」
俺が余計なことを考えたのを察したのか、姫がこしあんの良さを語る早口オタクモードから復帰してきた。
「いやさ、姫路さんって自分と意見が違うのに楽しそうだなって思って」
学校ではそんな姿は全く見せなかったから、違和感があったんだ。
彼女は俺の疑問を聞き、苦笑する。
「あはは、学校だと皆私に合わせてくれるけど、本当はこうしてお互いに好きな物を語り合いたかったの」
男子はかわいい子に気に入られようと共感しているフリをして、女子はカースト上位の彼女と共感するフリをしてグループから弾かれないようにしている。その結果、学校では彼女に反対する意見を口にする人がいなくなってしまっていたが、彼女はそのことを寂しく思っていたのだ。
「私に合わせてくれるのは嬉しいけど、皆やりすぎなんだよ……」
「はは、その話を皆が聞いたらどう思うかな」
「だから言えないの」
がっかりさせるかもしれない。
恥をかかされたと女子に敵視されてしまうかもしれない。
あるいは彼女の言葉を過大解釈して全員が好き放題言うようになって、クラスの仲が悪くなるなんてこともあるかもしれない。
だから姫は現状を甘んじて受け入れるしか無かったのかな。
「でも一色くんは意見を変えなかったからびっくりしちゃった」
「それって海とか山の話の事か?」
「うん」
だから彼女はあの時、驚いて俺を見ていたのか。
「そうだ。そのことを謝らないとって思ってたんだ。ごめんね、私のせいで一色くんが白い目で見られるようになっちゃって」
「いやいや、姫路さんが謝ることじゃないだろ。姫路さんに気に入られたいからって反対意見の俺を敵視する皆がおかしいんだって」
「ほんっっっっとうにそう思う。でも、私が上手く言えれば、せめて海って言ってればこんなことには……」
「気にすんな」
人気者ってのも大変だなぁ。
色々なとこに気を使わなきゃならないんだから。
なんて水を飲みながら他人事だと思っていたら、彼女はいきなりとんでもない爆弾発言をしてきた。
「そうだ!私達付き合わない?」
「ぶふぅー!」
「わわ!汚いよ!」
パンを食べている途中じゃなくて良かった。
でも水が気管支に入ってちょっと辛い。
「けほっ、けほっ、だ、だっていきなり変なこと言うから、けほっ」
「大丈夫?」
咳は時間が経てば治まってくるが、胸のドキドキは反比例して酷くなっていった。
だって姫が突然告白して来たんだぜ?
そりゃあ動揺するだろうさ。
「ふぅ、落ち着いた。で、さっきの意味は?」
「意味?そのままの意味だよ?」
「やはり意味が分からん。何でそうなるんだ」
「だってそうなれば一色くんがクラスの皆から浮かなくなるでしょ」
「別の意味で浮くだろうが」
特に男子からはやっかみの視線で見られることになり、これまで以上に面倒なことになりそうだ。
「そこはほら、有名税というやつで」
「税率狂ってないか?」
「なんで!? 私と付き合えるんだよ!?」
おい、姫がそんなこと言うな。
というかまさか。
「実はさっきから気付いてたんだが、姫路さんって……その……」
「姫は姫でもお転婆姫だよ」
「自分で言うな」
そっか、学校での大人しい姿は仮だったのか。
このことに何人が気付いているやら。
「だとするとやはり解せない。俺と付き合うって、何か理由があるだろ」
「ベ、ベツニナイヨー」
「わざとらしい片言やめい。そんなに言いにくいことなのか?」
「そんなことないよ。ただ、そんなことのためにって思われそうで……」
「絶対に言わないから説明してくれ。じゃないと答えるにも答えられん」
どんな理由だろうが、彼女がお転婆姫だろうが、答えは変わらないんだけどな。
でもやっぱり大切なことだし、知っておきたいじゃないか。
「う~ん……分かった」
はたしてどんな理由が飛び出して来るやら。
「パン好き仲間として色々なパン屋に行ったりパンのお話したいんだけど、友達としてそれやると穿った見方されて面倒なことになるかなぁって」
パンの話をするくらいなら男女間の会話でも大丈夫だろうが、今日みたいに和気藹々と話をしていたり、一緒に何度もパン屋に行ったりしたら、付き合ってるだのデートしているだの言われるのも自然な話だ。それが面倒だから、だったら最初から付き合っていることにしてしまえってことか。
「判断し辛い話だ」
気持ちは分かる。
分かるんだが、微妙な気分だ。
だってそれって別に俺のことが好きって訳じゃなくて、話が合う相手と遊びたいから仮で付き合っている体にするってことだろ。
そう悩んでいる俺に、彼女は声をかけてくる。
「なんか勘違いしてない?」
「え?」
これまで普通の様子だった姫の顔が、良く見るとほんのり赤くなっている。
「一色くんと本当に付き合って良いって思ってるんだよ」
彼女の提案は仮の恋人関係では無く、本当に付き合うという意味だった。
それはそれでまたしても疑問が湧いて来る。
「……何でだ?俺達ってまともに会話したの今日が初めてだろ?」
「時間は関係無いよ。一色くんとは気が合うし、話をするのも楽しいし、一緒に好きなことを共有してみたいって思ったから」
それは俺も納得だな。
共通の趣味がある人と一緒に楽しく過ごしてみたいという気持ちは大いにある。
だがそれは男女の関係とは別の話だと思うのだが。
「それにね。一色くんが私に遠慮しないで自分の好きなことを主張してくれて嬉しかった。それに、最後のカレーパンを譲ってくれたように私を思いやってくれる。だから私の好感度は付き合っても良いかなって思えるくらいに高いのです」
そんなことで、と口にしかけて止めた。
彼女が本気でそう思ってくれていることが、なんとなく伝わったから。
相手に無理矢理合わせるのは思いやりではない、か。
クラスメイト達はそれが分からないから、彼女の心を掴めなかったのだろう。
「分かった。それじゃあこれからよろしくな」
「いいの!?」
「もちろんさ。姫」
「あ!やっと姫って呼んでくれた!」
「マジで姫呼びの方が良かったのか。じゃあ今度からはプリンセスって呼……」
「こしあんにしてやろうか!?」
「ひえ!食べられちゃう!」
「「あはははは!」」
俺と付き合いだしたことで、彼女はこれから徐々に学校で本性を見せ始めるのだろう。
果たしてクラスメイトはどう反応するのかなと思うと、そして彼女との楽しい毎日を想像すると、俺は自然と笑顔になるのだった。
つぶあん派だけは絶対に変わらないけどな。
作者は圧倒的なつぶあん派です。




