第97話 何だかみんなできる気がしてきた
「大変ですっ、ここにキキュールさんがいるんです!
早く助けないと、粉になっちゃいますー!」
「ききゅって、だれ?」
「え、えーと……」
夕凪が尋ねると、チヒロラは説明に困ってしまう。
キキュールさんは、キキュールさんだからだ。
いやそうでもない。
お師さまとのお喋りで、何度もその名が出てくる。
そのときお師さまは、キキュールのことを何と言っていたか?
チヒロラは思い出す。
――彼女とは、ずっとずっと昔からの知り合いなのだよ
「そうですっ。キキュールさんは、お師さまのずっとお友だちの人ですっ」
「えっ、ともだち、なのっ」
夕凪はきのうの夜、チヒロラから「ともだち」という言葉を教わったばかりだ。
友達とは大切な人のことなのである。
「それ、たすけなきゃ」
「そうなんですっ」
「どこいんの?」
「わーっ、分からないですっ。
でも早くしないと踏まれちゃいますーっ」
チヒロラは足元の白い砂を見て、キキュールが踏まれて砂になる所を想像してしまう。
「わーっ、うーなぎさん!」
「ど、どうしようっ」
夕凪はアンデッドたちの人海の向こう、城壁に空いた暗い穴を見る。
巨大幽鬼が覆いかぶさったベイルフ内は、昼間なのにまるで夜のようだった。
がしゃたちの姿は見えないけれど、遠くで鳴る鐘の音のように打撃音が響き続けている。
いまも延々と殴り合っているのだろう。
夕凪はてのひらをギュッと握りしめた。
霧乃がそれを見て、夕凪を慌ててとめる。
ずっと一緒にいるので、何を考えているか分かった。
「うーなぎ、むりっ。
今のがしゃは、いつもとちがう。
きりたちじゃ、とめられないっ」
霧乃は夕凪と違い、ずっとトリクミを見ていて顔が青くなったのだ。
何というか今日のがしゃは暴走している。
「きり……」
夕凪はますます勢いづいている山火事を見た。
そしてもう一度ベイルフを見る。
目の前のトリクミも、後ろの山火事もどちらも止められない。
夕凪はどうすれば良いのか分からなかった。
下唇を噛み、うつむいてしまう。
夕凪はここに居ない名をつぶやいた。
「らくーち……どうしたら……いい?」
しゅるしゅるしゅる……
「ん?」
うつむく夕凪の獣耳が、不思議な音をとらえた。
風の音に近いけれど少し違う。
ゾンビのうめき声や、山火事のはぜる音。
ベイルフ内からの鐘の音。
色々な音の混ざる中で、その音は聞こえる。
霧乃も気付いたようで、しきりに獣耳を動かしていた。
残りの三人もキョロキョロしている。
朱儀とチヒロラは角で、豆福は頭のつる草でなにかを感じているようだ。
「うーなぎ、あれっ」
霧乃が最初に見付けて指を差した。
霧乃たちの正面にあるアンデッドの人垣。
その向こうに小さな黒いつむじ風が起きていた。
細く縦にのびる風は、しゅるしゅると音をたてて人垣の向こうで回っている。
そのつむじ風はどんどん色濃くなっていき、最後には「パンッ」と空気の割れる音を残して消えてしまった。
音の正体は半径二メートルほどの別の空間が、元からある空間を押し分けて、割り込んだために起きた音だった。
元の空間に立っていたゾンビが、何体か四方に吹っ飛んでいく。
これはダークエルフが使うものとは、別系統の転移魔法だった。
霧乃たちが何事かと見ていると、人垣の向こうから声がした。
周りの騒音の中で、霧乃と夕凪の獣耳はしっかりとその声をとらえる。
「うわっ、くっさい!
シノさん、ここゾンビのど真ん中じゃないですかっ、勘弁してくださいよーっ」
「むっ、そう言われましても、なかなか微調整が……むむ!
ラク殿ここはベイルフですぞっ、なんとベイルフまできてしまったかっ」
霧乃と夕凪は、獣耳をピンと立て目を丸くする。
夕凪は小さな手を、ギュッと握りしめた。
「うわっ、シノさん後ろ見てくださいっ。
遠くから見えてた煙ここですよっ、山火事が!」
「もう何がなにやら……むっ、ラク殿、南へ行き過ぎたようです。
チヒロラはもう少し北ですな」
「こっから、どれぐらいです?」
「ふむ、わりと近いですな……このゾンビの向こうかな?」
霧乃がだっこしていた豆福を、きゅっと抱きしめる。
「うわっ、ここ掻きわけて行くんですか? シノさん先どうぞっ」
「なに、ラク殿が歩けば、自ずとそこに道が開けましょうぞ」
「えー」
霧乃たちの方へ、声がどんどん近付いてくる。
そして目の前のゾンビたちが左右に分かれて、ふくれっ面の楽市と、その後ろから付いてくるシノの姿が見えた。
「らくーち!」
「あーっ、らくーち!」
「らくーちだ!」
「お師さま!」
「あっ、あんたたち!」
「むっ、チヒロラ!」
「ぶああああああっ」
楽市の顔をみた豆福が大泣きし始めた。
楽市は霧乃から豆福を受け取ると、上下に揺らして顔をのぞき込む。
「どうした豆福、なになに?」
「ぶああああっ、らくーちぶああああっ、けー、しー、てー!」
豆福を抱きながら、楽市はしゃがみ込む。
すると霧乃、夕凪、朱儀が抱きついてきた。
夕凪が不思議そうな目で楽市を見る。
「らくーち、何で、わかったの?」
「ん、何が?」
「さっき、らくーちって、よんだんだよ、そしたら来た」
「へー」
もちろん偶然である。
しかし楽市はそこでニヤリとした。
茶目っ気たっぷりにからかってやる。
「ふふふ、当たり前だろー。
何てったて、らくーちさんだからね」
「そっか、らくーちかーっ」
夕凪は嬉しそうに笑った。
楽市たちの後ろで、シノにだっこされたチヒロラが、一生懸命にキキュールが危ないと訴えている。
「お師さま、キキュールさんが粉になっちゃいますっ。
キキュールさんがっ」
「むむっ」
楽市は霧乃たちから、シノはチヒロラから、それぞれ事情を聞いたあとふたりは腕組する。
「シノさん。キキュールさんの場所、分かりますか?」
「キキュールの店は知っています」
うなずくシノの手を、チヒロラが強く握る。
それを見て、楽市がチヒロラに声をかける。
「分かりました……チヒロラ」
「はいっ」
「お師さまと一緒に、キキュールさんを助けてあげて。できる?」
大きな仕事を任されたチヒロラは、鼻息を荒くして答える。
「はいできますっ。
お師さまと一緒に、キキュールさんを助けます!」
「よし、いい返事だ」
楽市はにっこりして、チヒロラの頭をなでる。
そして振り向く。
「霧乃、夕凪、朱儀、豆福っ」
「なにっ」
「なんだなんだっ」
「はーいっ」
「ぶああああっ」
「あたしたちでトリクミを止めるよっ。
そして山火事を消す!」
今まで無理だと思っていたけれど、楽市が力強く言うと何だかできる気がしてきた。
「わー、らくーちっ」
「まかせろ、らくーちっ」
「らくーち、やるやるっ」
「ぶあーっ」
「さあ、行くよみんな!」
「「「「「おーー!」」」」」
「ラク殿、おうっ」
みんなが一丸となって動き出そうとしたとき、後ろから声がかかった。
「あ……あの、あたしたちは……」
クローサである。
楽市はクローサを見て首をかしげる。
「ん……だれ?」




