第94話 夕凪は考えるのを止めた
「うわー」
夕凪はしかめっ面で、顔をひっこめた。
あの青い光にあまり良い記憶がないからだ。
けれどあの必死の形相が気になって、もう一度下をのぞいてみる。
すると真下の三人と目があってしまった。
「ええー」
先ほどの女は力強い目で、左の女は怯えた目で、右の女は目を赤く腫らして夕凪を見つめていた。
三人の目はなにか訴えてくるものがあった。
夕凪はチラリと霧乃たちを見る。
大興奮のまっ最中でゴンゴンうるさいし、こっちのことは全く気付いていない。
夕凪はちょっと迷ったあと、ぴょんと下に飛び降りた。
ふくれっ面で三人を見る。
真ん中の大の字になっていた女が、身を起こして夕凪に話しかける。
けれどトリクミの大騒音で、ぜんぜん声が聞こえないのだった。
夕凪は仕方なく三人の前にチョコンと座り、真ん中の女の足に触れる。
ぐいっと手を取り憑かせて、小首をかしげて問いかけた。
「なんで、こんなとこいんの?
あぶないから、どっか行ったほうがいいよ」
突然ハッキリと聞こえた声に、真ん中の女が身を強張らせる。
しかしそれだけだ。
足と手が同化していることに動揺せず、夕凪を熱い眼差しでみつめた。
なかなか度胸が座っているようだ。
ただ若干、目の焦点が合ってないようにも見えて、危うい雰囲気を漂わせていた。
「あたしの声も、そっちに聞こえるの?」
「うん、きこえる」
女はそれを聞き、荒く息を吐きながら逡巡している。
何から話そうか考えているようだった。
夕凪に手を介してごったな心象が伝わってくる。
話を早くすませてトリクミを観戦したい夕凪は、先回りして釘をさす。
「むずかしいことは、分かんないよ。すっごい、かんたんにして」
女はうなずき、まずは名乗った。
「あたしはヤークト。こっちはパーナとクローサというの」
「ふーん……あっ」
夕凪は楽市に言われたことを思い出す。
あいさつは大事。
「あたしは、うーなぎっ、こんにちはっ」
元気よく挨拶をする。
こんな状況で「こんにちは」と言われて、拍子抜けしたのだろうか、ヤークトの目元が少し柔らかくなった。
ヤークトは何度も巨大アンデッドと、夕凪の獣耳と尻尾を見てから簡潔にきいた。
「……あなたは、北の魔女の仲間なの?」
「きたのまじょ?」
夕凪は野生児なので、方角を示す「北」の意味は知っていたけれど、魔女の意味が分からなかった。
ただかすめ取る心象で補い、何となく意味が分かる。
「あー、らくーちのことか。うん、そうだよ」
「ラクーチ? それが北の魔女の名前なの?」
「そうそう……まじょ? まあいいか、それそれ」
それを聞いてヤークトは、泣き顔のパーナに顔を近付けて耳打ちをする。
夕凪はヤークトに取り憑いているので、その声もハッキリと聞こえた。
「この子は、北の魔女の眷族だっ。
本当にいたんだよ、北に獣人種の魔女が!」
それを聞かされたパーナは数瞬ポカンとしたけれど、目をみひらき猛然と夕凪へ語り始めた。
しかし、がしゃたちのトリクミのせいで聞こえない。
自分の声が相手に届いていないと、気付かないのだろうか?
普通ならば相手の表情と周りの状況で、すぐ気付くはずだ。
けれどパーナはまくし立てる。
パーナの瞳に、狂気が宿っていた。
まるで何か薬でもやっているかのようだ。(やっている)
夕凪は大変迷ったが、パーナの手を掴み取り憑いた。
それを見てパーナがビクリとする。
夕凪が面倒くさそうに言った。
「これで、こえが、きこえるから」
本当は喋らずとも通話できるのだけれど、コツを教えるのがそれこそ面倒くさい。
パーナは荒い息を一つ挟んで、泣きながらまくし立てる。
「どうして私たちは、退けられているのでしょうか!?
どうしてアンデッドたちを受け入れて、私たちを拒絶するのでしょうか!?」
「んー??」
「静かな森で獣たちと穏やかに触れ合う、アンデッドたちを見ると、私は胸が苦しくなるのです。
あの光景を見るたびに、そこに私たち獣人の居場所はありません。
北の魔女さまは、獣人の方だと聞き及んでおります。
それなのに北の魔女さまは、なぜ獣人の私たちを拒絶するのでしょうか!?」
「きょ……きょ? んんー??」
「私たち獣人はなぜ北の魔女さまの下へ集い、喜びを分かち合えないのでしょうか!?」
「つ……つど? ん゛ん゛ー??」
心象をかすめ取り、言葉の意味を考えるのはイッコまで。
それ以上は面倒くさい。
夕凪は考えるのを止めた……




