第93話 ヤークト、夕凪のすそをひっぱる
角つきがしゃが、五人を乗せた手のひらを近くの城壁塔へ下ろしていく。
ここで待っていてくれと、言っているようだ。
子供たちはピョンとその上部へ飛び移り、がしゃを見上げた。
霧乃が豆福をあやしながら、角つきに触れて念を押す。
「はやく、おわらせてよね」
角つきはゆっくりとうなずき、再び三体と対峙するのだった。
ジッとにらみ合うがしゃたち。
その間には、お互いの発する怒気が渦巻いている。
その気に触発されたのか、朱儀がぴょんと跳ねた。
「はいっ、あーぎが、やりたい、ごんやりたーいっ」
朱儀は何かをやりたがり、霧乃と夕凪にアピールし始める。
「いいよ、おっきな、こえでね」
「おっ、やれやれー」
「うんっ」
ふたりにオーケーをもらった朱儀は、嬉しそうに一歩前にでた。
朱儀は足を踏ん張り、深呼吸してから声を張り上げる。
「こっちはー、がーしゃー!
こっちもー、がーしゃー!
はっけよーい……」
ここで間を開け、朱儀は全身から鬼火をだした。
「ごーーーーん!」
朱儀の合図と共に、四足獣スケルトン二体が角つきに突っ込んだ。
ゴーレムの時のように待つ戦い方はしない。
一気にはかばーのナンバーワンを仕留める気だ。
角つきが、ガッツリ二体を受け止める。
がしゃ同士の激突音は、とても骨同士が当たるような軽い音ではなかった。
四足獣の頭蓋が角つきの胸骨へ当たったとき、密度の詰まった釣鐘のような音がする。
ゴオオオオオオオオンン!
がしゃたちの骨密度は、はかばーで鍛えられてめちゃくちゃ硬いのだ。
その音は空気をふるわし、朱儀の腹にどんっときた。
「あははっ、おなかきたっ」
朱儀はご満悦である。
ほかの四人のお腹にもきて、みんな大興奮だ。
豆福は腹を立てながら喜び、チヒロラは始めての体験で顔が真っ赤になった。
チヒロラの鬼の気性が、すっごく揺さぶられてしまう。
「はーっ、すごいですー!」
角つきが四足獣の背中に、肘鉄を打ちおろしていく。
四足獣たちはかまわず、そのままテイクダウンを取った。
上から角つきの首筋に噛みつこうとする。
頸骨を嚙み砕く気だ。
角つきはそうはさせじと、四足獣にのど輪を食らわせ、もう一方の拳でぶん殴った。
下から猛烈に拳をくりだす。
殴るたび、ぶつかるたびに、何度も釣鐘のような音が鳴る。
ゴオオオオオオオオン!
ゴッ、ゴオオオオン!
ゴッゴッゴッゴオオオオン!
「わー、ちかい!」
「すげー、うるさい!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛、すきっ」
「ぶぁーっ」
「はあっはあっはあっ、カッコイイですー!」
ほっぺたを真っ赤にして、大興奮する五人だった。
そんな中、夕凪のワンピースを引っ張る者がいる。
夕凪が振り向くと、必死の形相で裾を引っぱる獣人種の女と目があった。
体が半分、塔のフチから出ている。
どうやら下から登ってきたらしい。
その女はそこで力尽きたのだろうか、ワンピースの裾から手を離し、ずるずると下半身の重みで下へ落ちていった。
びっくりした夕凪は、塔のフチから下をのぞき込む。
すると城壁の上部通路に大の字になった女と、それを介抱するふたりの女の姿があった。
全員獣人種で、白いゆったりとしたガウンを羽織っている。
三人の体は青く光り、水流のような膜に包まれていた。
「あー」
夕凪はその光に見覚えがあり、嫌そうに顔をしかめた。




