第89話 コールカインがぶ飲みする
沈み込むパーナの意識に、呼びかける者がいた。
パーナの名を必死に呼んでくれるものだから、パーナはやっと重いまぶたを開くことができた。
放っとかれたら、このまま永遠の眠りについたかも知れない。
霞む目で見上げると、そこにクローサの顔があった。
「パーナ良かった、目を開けてくれたっ」
涙ぐむクローサが、横たわるパーナをギュッと抱き締めたので、首がくたりと折れ曲がる。
やけに頭が重かった。
こめかみが脈打ちひどく痛みが走る。
痛みは眼球の奥までつたわり、目を開けているのが辛い。
それに耳鳴りもひどかった。
「あれ私……どうしたんだっけ?」
その質問に答える声が、横から聞こえてくる。
「クローサが、外側から強制的に千里眼を解いてくれたんだ。
あのままだったら、あたしたちふたりとも取り殺されてたよ」
痛む首を曲げると、隣にヤークトが横たわっていた。
目と目があうと、ヤークトがいつもの癖で「こんなもの何でもないさ」みたいな笑顔を作ろうとするけれど、失敗している。
パーナと同様にかなり疲弊しているようだ。
ヤークトの顔を見て、やっとぼやけていた思考と記憶が結びついてきた。
パーナは脳裏に幽鬼の姿が浮かび、恐怖ではね起きようとする。
「ああああ!」
「パーナ無理しないでっ」
「クローサっ、早く部隊に知らせないと大変なことが!」
「分かってるパーナ、もう……」
かぼそくなったクローサの声が、金属音のような耳鳴りのせいで聞き取れない。
「クローサ?」
クローサは泣きそうな顔になって、石造りの窓へ視線を動かす。
パーナはその視線の意味に気が付いた。
「まさか、もう来てっ……」
ベイルフ北側の城壁塔の真正面。
アンデッドたちが踏み荒らした田園風景。
そこをゆっくりと歩き、近づいてくる巨大な姿があった。
四足獣の巨大スケルトンが二体ならんで歩き、その後ろから、夏の日差しをものともせず巨大な幽鬼が続く。
巨大アンデッドの前を歩くゾンビやスケルトンが、次々に動けなくなり、オーバドーズで茶褐色や白い砂と化していった。
それらを待ち構えるように、城壁塔の前でマース級のストーンゴーレムが四体たちふさがる。
すでに体の上部を回転させ、最高速度にまで達していた。
空気を切りさく金属音が鳴り響く。
金属音はパーナの耳鳴りではなっかたのだ。
マース級ストーンゴーレムは、足元に溢れるゾンビやスケルトンの海を、完全に無視していた。
狙いは前方に迫りくる巨大なアンデッドのみ。
流れ溢れるアンデッドどもは、ベイルフの城壁にへばりつき爪で壁を掻きむしっている。
今はまだもっているけれど、これからどうなるかは分からなかった。
ヤークトが荒い呼吸を整えながら言う。
「体がぜんぜんいうこと聞かないよ。
クローサ、城壁塔にあるコールカインをありったけ持ってきて」
「えっ、でもあのポーションは体に毒ってうわさが……」
「こんな時に、飲まないでどうするのさ?
この疲労感には、通常の回復魔法が効かないんだ。
体の心配なんて生き残ってからするよ」




