第87話 ベイルフじわりと圧がかかる
リールーは盆地のアンデッドが消滅した瞬間、手首に付けているバングルを凝視した。
そこに嵌め込まれている、五つの宝石は無傷だ。
輝きは失われていない。
「ふう……ふう……あのでっかいスケルトン、アイツほどじゃ無いってわけね。
ふふふ……」
そこへサンフィルドが小声で突っ込む。
「そんなもんが判断基準になるかよっ。
もう転移はやばいっ。リールー!」
「分かってるってっ。魔力足りなくなったら寄こしなさいよっ」
さすがにリールーも危機感が戻ってきたようだ。
名を呼ばれただけで、自分の成すことを始める。
リールーは片っ端から魔法をかけた。
「最適強化!
持続時間増大!
効果範囲増大!
消音!
不可視!
暗幕効果!
三重効果!」
一気に「潜伏系」の魔法をかけたリールーが呼吸を整える。
「ふう……ふう……ふう……」
イースがそんなリールーに声をかけた。
「すまないリールー」
リールーが目を細めてニヤリとする。
「イース……あたしは、あなたと最期に居れればいい……」
「リールー……」
ふたりは刹那の時間を永遠へ刻みこむため、見つめ合うのだった。
そこへサンフィルドが割って入る。
「勝手に最期みたいな雰囲気作ってんじゃねえよっ。
イースもやる事あるだろうが!」
「ああそうだった」
イースは見つかった場合に備えて攻撃魔法を、サンフィルドは防御魔法をそれぞれ準備し始める。
*
ベイルフ北面・城壁塔にて――
本日の千里眼担当である、パーナ、ヤークト、クローサが、アンデッド監視のため石造りの城壁塔に詰めていた。
三人同時に行うのではなく、二人が千里眼を発動させ一人がサポートを行う。
自動筆記の紙の補充や、金属関節の油さしなどを行うのだ。
それを一時間交代で入れ替わっていく。
今はパーナとヤークトが監視し、クローサがサポートに回っていた。
パーナとヤークトの自動筆記が、少し文字を乱れさせながらもしっかり二人の心象を書き留めていった。
その文面をチェックしていたクローサの顔が、驚愕の表情へとかわる。
「パーナ、ヤークトっ、一体なにを見ているの!?」
俯瞰した視点で、パーナとヤークトの視線が飛び交う。
眼下では、今まで北方に気を取られていたアンデッドたちが、南下しているように見えた。
アンデッド全てだ。
それは今までのような、母体から剝がれた一部の集団とは質が違っていた。
あまりにも多く、一体一体の顔など識別することができない。
それは一個の巨大な不定形の生物のように、生きる者の世界を飲み込もうとしていた。
パーナとヤークトはパニックを起こしていたが、千里眼発動中はその表情を動かすことが出来ない。
術を解除すればいいのだけれど、アンデッドたちを追い立てるように、その後方からやってくる巨影に目が釘付けとなっていた。
巨大な四足獣のスケルトンが二体、谷底を並んで歩いてくる。
さらにその後ろから、半透明の巨大な幽鬼がいた。
フードを被っているように見えて、顔がよく見えない。
パーナの視線が恐怖心を忘れて、幽鬼へ近づいていく。
いや幽鬼がパーナの視線に気付き、吸い寄せているのかもしれない。
すると幽鬼の顔がすっと上がる。
――見られた
そう思った瞬間、パーナの意識がフツリと切れた。
*
「おや……?」
ヤクトハルスの巨樹に吊り下げられたハンモックで、くつろいでいたシノが不思議そうな声をだす。
そして自分の左手をまじまじと見る。
その左手には薬指がなかった。
「どうしたんです、シノさん?」
その隣に座っていた、楽市が声をかける。
ふたりが乗るハンモックは、五人と一匹がゆうゆうと寝そべられるように、かなり大きく作ってあるのだ。
「ラクイチ殿、子供たちは確か北へ狩りに行ったんですよね」
「ええ、北に良い狩場があるんですよ」
「いまチヒロラが〈南〉へ飛びました……」
「は?」




