第85話 はかばー滑り台
「がしゃー、がしゃー!」
「がしゃがしゃー!」
「がー、しゃー!」
霧乃たちの声に呼応して、砂が一段と大きく盛り上がっていく。
砂を押し分け、大きな頭蓋骨がゆっくりと現れた。
そこから脛骨、上腕骨、胸骨と続いて、巨大な上半身が現れる。
こめかみからは、二本のねじれた角が生えていた。
背中には大きな骨の翼があり、折りたたまれている。
下半身は砂のなか。
けれど長い尾骨だけ砂上に出ており、ゆっくりとくねっていた。
「ふあー、凄い大きいですっ……ぶはっ」
チヒロラが大量に流れでた砂に足を取られて転んだ。
「あははっ、こいつは、がしゃだよっ」
夕凪も砂に流され転がっている。
霧乃と朱儀もそうだ。
どうやらワザと流されて、楽しんでいるみたい。
三人はすかさず飛び起きて移動する。
「次、あっちあっち。まってて、くれてるからっ」
チヒロラは何のことか分からず、夕凪に手を引かれていく。
走る先には、ちょこっとだけ頭蓋骨のてっぺんが見えた。
霧乃たちが近付くと、その個体が巨大な姿を現し始める。
また大量の砂に、四人は流されてしまった。
転がりながら霧乃たちは大喜びだ。
「きーりー?」
取り憑いていた霧乃の体が激しく転がるものだから、さすがに豆福が起きてきた。
無理に起こされてご機嫌ななめだ。
「もー」
「あっ、まめ、よかったね、まだのこってるよ」
「あっ」
豆福の前にチヒロラと朱儀が転がってきた。
「きりっ、まめも!」
「うんうん」
霧乃は豆福をだいて、次の「はかばー滑り台」へと走る。
この遊びを理解した、チヒロラが満面の笑顔となった。
「あー、分かりましたーっ、次ですね、次はあっちですねっ」
視線の先には幾つもの個体が、ちょっとだけ頭をのぞかせている。
白く輝くはかばーから、純白の骨たちが現れる。
巨大アンデッドの体から落ちる砂が、空中で光を乱反射していた。
ぼんやりと世界を輝かせながら現れるその姿は、幻想的で美しく、まるで天使が羽化しているようだった。
チヒロラがその光景に、胸を打たれて涙ぐんでしまう。
「はあー、すっごいきれいです。お師さまにも、見せてあげたいなあ……」
一通り滑ったあと、みんなで最初に出てきた翼つきの「がしゃ」に戻る。
夕凪が改めて、チヒロラにがしゃを紹介した。
「らくーちが言ってた。
たぶんこいつが、はかばーで、いちばんつよい」
確かに角や翼が付いていて、強そうだとチヒロラは思う。
霧乃が、がしゃに話しかける。
「ねえがしゃ。チロが、すなもってきたの。
まぜてもいい?」
がしゃは口を開き、じっとしている。
チヒロラが霧乃にたずねた。
「えっ、何て言ってるんですか?」
「しらない。でもらくーちが、あいさつはだいじって、言ってたからね」
チヒロラがフードから革袋を取り出した。
それを見て夕凪が北を差しながら、チヒロラにたずねる。
「それさ、もっとあっちで、だす?」
アンデッドは北の「一点」を目指していたのだ。
ならそこで撒く方が良いのではないかと聞いていた。
チヒロラは少し考えてから答える。
「ううん、ここがいいと思うんです。
みんなと一緒のほうが、楽しいと思うんです」
「あ、そっか!」
夕凪は何度もうなずいた。
さっきも、みんなで遊んで楽しかったからだ。
チヒロラが革袋の口を開けて、足元へ白い砂をこぼす。
少し風で流されてキラキラと光っていた。
みんなでそれを眺める。
それでおしまい。
チヒロラは少ししんみりする。
するととたんに眠気がおそってきた。
「ふああ……」
静かな雰囲気で欠伸をしてしまい、チヒロラの顔が真っ赤になってしまう。
興奮が過ぎ去って、いまごろ眠くなったのだ。
「はー、すみませんっ。何だか急に……うにゅ」
それを見て霧乃が笑う。
「じゃあさ、みんなで、お昼ねしよっか」
実は全員、まだ少し眠いのだった。
「お昼寝ですか?」
チヒロラが周りを見る。
ここは少し明るすぎた。
すると霧乃が、がしゃに声をかけた。
「がしゃ、おねがい、お昼ねしたいのーっ」
がしゃが霧乃の声を聞き、ゆっくりと頭を下げてくる。
下顎が砂に潜り込み、ちょうど眼窩が霧乃たちの目の高さになった。
「ありがと、がしゃ」
「えらいぞ、がしゃ」
「がー、しゃー、がー、しゃーっ」
「やーっ」
そう言ってみんなが目の中へ入っていく。
「ええっ、そこ入れるんですかっ」
「おいで、おいで」
驚くチヒロラに、霧乃が手招きする。
がしゃの内部は目の裏にある薄い骨が朽ちており、脳みそがあったであろう、大きな伽藍洞と地続きだった。
輝く外とは対照的に、がしゃの中は暗くてヒンヤリしていた。
ほてった体にこれは気持ち良すぎる。
チヒロラは最後の驚きをふり絞ったけれど、いつの間にか目をつぶり深い眠りへ落ちていくのだった。
ほかの四人も、かわいい寝息をたてはじめる。
*
みんなが寝入るなか、ふと豆福が目を覚ました。
五人の中で一番眠っていたので、眠りが浅かったのかもしれない。
豆福だけが、匂いの変化に気付いたのだ。
森の匂いが、急に濃くなったのである。
豆福は目をこすりながら、眼窩のふちに手をかけて、ひょいと外をのぞく。
すると外は、はかばーではなく森の中だった。
「ふあー」
豆福は少し不思議に思ったけれど、それだけである。
きたことのない森だった。
あとで霧乃に連れてってもらおうと思い、豆福は楽しそうに森をながめる。