第84話 はかばー
東西から集まってくる中位アンデッドが、小さな盆地にみっちりと溜まっていく。
その数は、軽く十万を超えているだろう。
それでも低位アンデッド全体が生んだ、中位アンデッドの一部でしかない。
溜まっていくアンデッドを見て、サンフィルドの危機メーターが急上昇である。
サンフィルドは、自分が損な役回りだと感じていた。
ここ半年ほどは特にそうだ。
目の前のふたりは、なぜ下がろうとしないのか?
こいつらは危機意識を、どこかに捨ててきているのだ。
サンフィルドは、イースとリールーを見てそう確信している。
鼻息をあらくして一緒に山頂から観察していると、中位アンデッドの集団に変化が起き始めた。
盆地に溜まったアンデッド全体が、ゆっくりと右に回転し始めたのだ。
盆地にゆるい渦ができる。
いかつい顔で規則ただしく回る姿は、なんだか楽しそうにも見えた。
「なにあれ、ふふふ……ダンスでもしているのかしら?」
「そんなわけねえだろっ」
サンフィルドの物言いに、リールーがむくれた。
「最近のサンフィルドは、遊び心がないぞ」
リールーが何やらぶつくさ言っているが、そういう事じゃねえだろと、サンフィルドは心の中で毒づいた。
三人の中でガード役のサンフィルドは、胃がキリキリしてしまう。
「ああ、またやせる……」
*
サンフィルドの胃がキリキリと痛むころ。
遠い北の地で、はしゃぐ少女がいる。
「わーっ、見えました!」
突き進むチヒロラの先に、キラキラ光るものがあった。
夏の日差しを浴びて、「はかばー」が白く輝いているのだ。
青い空。
白い雲。
暗緑の山々に、白いはかばー。
そのコントラストの美しさに、チヒロラは見とれてしまった。
「きれいですーっ、あれがはかばー、なんですねっ」
「チロ、ちょっとまって。おりるとこ、決まってるから」
「はいっ」
霧乃の声をきき、素直に後ろから付いていく。
けれど跳ねるような飛び方に、チヒロラの気持ちが表れていた。
――早くおりたい!
霧乃と夕凪は山の形でポイントを覚えているようで、すぐに見つけてそちらへ向かった。
三人同時に元へ戻り、輝く世界にポンと着地する。
すると素足に体重がかかり、くるぶしまで沈んだ。
チヒロラは日差しで炙られた砂の熱さにビックリする。
「あついですっ、まぶしいですーっ」
「ふふふ、あついでしょ、まぶしいでしょ」
「すぐなれるぞ、だいじょーぶ」
「はいっ」
霧乃と夕凪もそう言いながら、元気に足を上げ下げしている。
「ついた?」
朱儀がそのさわぎで起きたようだ。
夕凪からするりと出てきて、アツアツの砂に足を突っ込んだ。
「ふあー、あつい、あはははははっ」
なぜか上機嫌で、そのまま走り出している。
すると霧乃と夕凪が追いかけ始めた。
「まてー、あーぎーっ」
「まてまてーっ」
とうとつにオニごっこが始まったようだ。
「えっ、え!?」
チヒロラがノリに付いていけずオロオロしていると、霧乃が声をかけてくれた。
「チロも、はしってっ」
「は、はいーっ」
チヒロラは良く分からず、とにかく走るのだった。
霧乃たちにとってオニごっこは、「あたしたちがきたぞ」という合図なのである。
これは霧乃と夕凪が、始めてここへやってきたときから続くものだ。
はかばーの地下深く。
ジッとしている者たちが、その足音を聞きつけて浮上し始めた。
いたる所で砂が盛り上がり、サラサラと崩れる。
顔を出したのは、白い骨のアンデッドたちであった。
「ふああああっ、すっごい沢山いますっ」
チヒロラが目を丸くしている。
獣。
鳥。
蛇。
様々な種類の骨がいる。
ここは死者である、アンデッドにとっても過酷な地だった。
なので柔らかな肉片など一片も付いていない、カチカチの骨ばかりである。
もしくは骨さえない幽鬼の世界だ。
霧乃たちが何かを呼び始めた。
「がしゃー、がしゃー!」
「がしゃがしゃー!」
「がー、しゃー!」