第83話 エルダーリッチの妄想お手紙
低位のスケルトン、ゾンビ、幽鬼たち。
それらが大量に集まれば、彼らよりあふれ出る「憎悪」が地中に染み込む。
染み込む憎悪は、地下深く眠る古代の戦人へとたどり着くだろう。
そして憎悪は、死人に絡みつきささやくのだ。
おまえも生者を殺せと。
憎悪が幾重にも絡みつくころには、その道筋がぬかるみとなり、戦人が這いあがってくるだろう。
戦人は「生者を絶対に殺す」という意思に染まり、地上にあふれ出るのだ。
そのとき憎悪が死者に「贈る」新たな甲冑や武具があり、それはとても禍々しいフォルムをしていた。
触れるもの全てを切り裂くため、至る所が鋭利にとがっているのだ。
これが低位アンデッドから、新たに強力な中位アンデッドがポップする「プロセス」である。
新たに生まれた中位アンデッドは、そのスペックを生かしさらに北へと進む。
しかしある地点でピタリと歩みを止めてしまう。
そこら辺は低位アンデッドと、同じ理屈なのだろう。
これ以上進んだら危険だと、防衛本能が働くのだ。
それを山頂からながめれば、外側に低位アンデッドの層、内側に中位アンデッドの層といった具合に、ハッキリと別れているのが見てとれるだろう。
山間部なのでアンデッドコロニー同士は、谷や川で細かく分断されている。
しかしこれらを更に高い位置からながめてみれば、違う様相が見えてくる。
高所からながめる者は、北の一点を中心にした、低位アンデッドと中位アンデッドの「巨大な二重リング」が確認できるはずだ。
*
「随分と増えたなあ、中位アンデッド」
イースが山頂で双眼鏡をのぞきながら、うんざりした声をだす。
「増えただけじゃねえよ、あいつら何してんの?」
サンフィルドも双眼鏡をのぞきながら、舌打ちしていた。
ふたりのいる山頂。
そこから見える眼下の盆地へ、周りの中位アンデッドがどんどん集まってきているのだ。
イースたちは早朝から髪をおだんごにして、アンデッドコロニーを観察していた。
すると発生した中位アンデッドたちが、どこかへ移動していくのを目撃する。
どこへ行くのかと思い付いていくと、少し離れた場所にある盆地へ集まりそんな具合であった。
イースたちが付いていった中位アンデッドだけでなく、他の場所からもぞくぞく集まってきている。
一体なにをしているのか?
「何してるか分からないけどよ、分かることはあるぜ」
「なんだいサンフィルド?」
「あれ絶対、俺たち生きてる奴にとって、ろくなもんじゃねえよ」
「あー、それは間違いないね」
「イース、なー帰ろうぜ」
「いや、それはちょっと……」
イースの安全を確保したがるサンフィルドと、観察したくて、それをのらりくらりと躱すイース。
そのやり取りの横で、リールーは黙々と双眼鏡でながめていた。
不安から口数が多くなる男子とは違い、リールーは黙して熱するのだ。
サンフィルドの提案をかわすためなのか、イースはふと思い出したことを口にする。
「ねえ、エルダーリッチの書簡って知っているかい?」
「なんだよそれ?」
「話して」
黙して熱するリールーも食いついてきた。
「大昔にエルダーリッチが、他のエルダーリッチに当てた手紙さ。
そこにはアンデッド発生の、考察が書かれているんだ。
主題は中位アンデッドが集まるとどうなるか?」
「ふんふん」
「続けて」
「結論からいうと、現実的じゃないって書かれている」
「どういう事だ?」
「続けて」
「中位アンデッドが集まるなんて、地獄でもない限り無理だって書いてあるんだ。
それはもし地上で集まることになったら、たちまち生者が介入して潰しにかかるからさ。
中位アンデッドが集まるには、その前段階で、大量の低位アンデッドが必要になってくる。
もうその時点で、生者どもに潰されるだろうと書かれている」
「あー」
「それだけ?」
「いや、ここからが面白い。
それでも、もし集まれたという仮定で手紙はつづく。
せっかく中位アンデッドが集まるんだから、単純にまた地中から強いアンデッドが、発生するんじゃ面白くないと書いている。
私が考えるに天然のアンデッド発生の上位現象として、天然召喚式がきてほしいと書いている」
「天然召喚式ってなんだよ、聞いたことねえぞ」
「本当にあるの?」
「ないよ彼が作った造語さ。
そう言いうのがあったら良いなっていう願望だね。
そいつで凄いやつを呼び出して、ダークエルフを蹴散らしたいと書いて手紙は結ばれている」
「なんだよそれ。ただのエルダー妄想お手紙かよ」
「ばかみたい」
「うんそうなんだよ。でもさ……」
そう言ってイースは眼下に広がる景色を眺めた。
その妄想の第一段階、中位アンデッドのコロニーが目の前にあった。
イースの視線を察して、リールーが眉をひそめる。
「なによ、その妄想をどっかの神様が叶えてくれるってわけ?」