表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/141

第82話 リールーのゾンビオイル

時は少し(さかのぼ)る。

チヒロラがいろいろ突っ込まれて、死ぬかと思った日より五日前のできごと。


ダークエルフである、イース、サンフィルド、リールーの三人が、中核都市ベイルフ近郊にきていた。

情報収集官として次の任務地なのである。


イースたちは周辺を観察するため、ベイルフ入りする前に道草をした。

瘴気被害のために放棄された、ベイルフ北部に広がる段々畑を歩く。


ミルフィーユのように積み重なる畑には、たとえ放棄されても、イネに似た植物が青々としていた。

そのあぜ道を三人が歩く。

バックパックを背負い、なぜか三人とも長い銀髪をまとめて「おだんごヘアー」にしていた。

朝の日差しの中で、おだんご部分がやけにテカテカしている。


「ここら辺から、アンデッドが多くなってきたなあ」


イースの視線の先に、所どころ畑に残された木々があった。

その木陰にアンデッドたちが日差しを嫌い、じっとしているのだ。


「そうね、そろそろゾンビオイル足しとく? 

効き目が弱くなってる頃合いだから」


「頼むよ」

「うへえ、また塗るのかよ」


リールーの提案にイースは同意し、サンフィルドは口を曲げた。


「ゾンビオイル」

それはゾンビを原料にして精製した、リールー自家製のオイルだった。

これを塗るとゾンビの香りに包まれて、アンデッドに気付かれ難くなるのだ。


できるだけ塗る表面積は、多い方がいいので髪の毛に塗る。

それが肌に触れると不快なので、三人とも長い銀髪をおだんごヘアーにしているのだ。


「あー、くさい」

「我慢しなさいよ、これでも匂い抑えてる方なんだからね」


リールーは文句を言うサンフィルドのおだんごへ、新たにゾンビオイルを揉み込んでいく。

サンフィルドは揉み込まれながら、段々畑をながめる。


「のどかだねえ……」


木陰に身をひそめるアンデッドを無視すれば、確かにのどかと言える。


「どこがよ、ここはアンデッドの巣みたいなものじゃない。

それにここら辺の植物は、一度枯死しているはずよ。

なのに今は、瘴気の中で平然と生い茂っている。

気味が悪いわ」


「偽りの命か……

まあそれにしても、やっぱり三人がいいよな。

いきなり部隊とか任されても困るわー」

 

「まあ……それは言えるかも」


リールーはのどか発言を否定しても、三人がいいと言う部分は否定しない。

その横でイースが、バックパックから双眼鏡を取り出し、遠くに見える段々畑の稜線を観察していた。

山頂まで続く段々畑の稜線に、夏の日差しを浴びてキラキラ光るものがあった。


「スケルトンの頭かな? ちょっと見てくるよ」


イースが飛空魔法で飛び立っていく。

すると段々畑の反対側に、アンデッドのコロニーを見つけた。


そんなイースを幽鬼(ゴースト)たちが、不思議そうに見ては離れていった。

昼間の幽鬼など恐ろしくはない、陽炎のようなものだ。

イースは無視する。


ゾンビオイルの効果は抜群だった。

空飛ぶゾンビなど珍しいとでも、思っているかもしれない。

考える頭があればの話だが。


「うわ、結構でかいな。

これじゃマジでハインフックの方が、ましじゃねーか」

「すごい量」


後ろから声がかかる。

サンフィルドとリールーも、付いてきたようだ。


三人で双眼鏡をのぞき、アンデッドコロニーを観察する。

しばらく見たあと、そこから離れて段々畑におりた。


畑のふちに腰をかけイースは腕組をする。

考え中である。


その間にリールーがバックパックから、簡易コンロとポットを取り出し、湯を沸かし始めた。

乾燥ビルワの葉を煮出しカップに入れて、その脇へドライフルーツを並べたとき、イースが口を開く。


「どう思う?」


リールーがビルワ茶をすすりながら言う。


「先に話して」

「うん」


まずはイースの気になった事を聞く。


「小鳥がさ、アンデッドに止まっているんだよ」

「うん」


「ここじゃないけど。

肋骨に巣を作られたスケルトンが、夜も動かずジッとしているのを確認したことがある」


「うん」


サンフィルドが干し肉を(かじ)りながら言う。


「ありゃ、自分と他者の区別がついてるぜ」

「そうなんだよ。

低位アンデッドの中に、自我のようなものが芽生え始めている」


リールーが小首をかしげる。


「そんなの、アンデッドだって珍しくないでしょ」


「その通り、ただそれは高位アンデッドの話だ。

アンデッド全体から見れば、極少数に限られている」


「なあ、もしゴミみたいなアンデッド全てに、自我が芽生えたらどうなるんだ?」

「う~ん……」

「国が出来ちゃうかもね、アンデッドのっ」


リールーがワクワクしながら言った。


「いや、そこまで行かないだろ、流石に飛躍しすぎだ。

自我っつったって、あんなもん芋虫に毛が生えたようなもんだろ。

毛虫が国を作れるかよ」


「本気で返すの、やめてくれない?」


リールーがむくれて、サンフィルドをにらんだ。


「どうする? そいつも報告書に書いとくか?」

「いや……ただ僕は気に留めておき、今後も注視していこうと思う」


そう言って、イースは首に巻いているチョーカーを指で()いた。

リールーはその仕草を見て、目をそらす。

三人はビルワ茶を飲み終わると、片付けをすまし立ち上がる。


「さあベイルフの領主どのに、挨拶(あいさつ)しにいくかあ」

「めんどくせえな、どうせ煙たがられるだけだろ」


突然やってきて相手の内情を調べる(やから)は、どこへ行っても嫌われるものだ。

しかしリールーはニコニコしていた。


「今回はだいじょうぶ」



    *



中核都市ベイルフの、中央に位置するツシェル城にて。


「ウット様。

帝都より特別情報収集官、

イース・イロック・エス・ソービシル様が到着されました」


ベイルフの領主はそれを聞き顔をしかめた。


「来たか、めんどうくさい。適当にあしらっておけ」

「そうおっしゃらず、一度お会いにならないと」

「ちっ」


側近にほだされ、領主はしぶしぶ承諾する。

しばらくして、ウットの執務室にイースたちが現れた。

ウットがニコニコして迎え入れる。


「ようこそこられた。ソービシルど……なっ、なんだこの臭いは!?」


ウットの営業スマイルが途端にはがれて、鼻にしわが寄ってしまう。


「お久しぶりですウット様。またしばらく厄介になります」


ウットの反応を無視して、イースがフランクに挨拶する。


「う……うむ、構わんよ。君と私の仲ではないか。

今回も気のすむまで逗留するとよい。

しかしこの臭い……それにその頭はなにかね!?」


「あはは、すみません。

早速ですが、少し風呂を貸してもらえませんか?」



――カポーン



高価なマフル石をふんだんに使った浴室で、サンフィルドがさっそく髪を洗う。

不快なゾンビオイルを、ガシガシと洗い落としていった。


「うおー、気持ちいいっ。すげー(かゆ)かったぞっ」


張りのある褐色の肌に、湯の玉がはじける。

細身ながらもしっかりと筋肉がついており、しなやかな獣のようだ。

その横にこれもまた褐色の丸い尻が、ペタリと座り込んでいる。


リールーも痒みをガマンしていたらしく、「はあ……」とため息を漏らした。

髪をコシコシ洗うたびに、形のよい胸がゆれる。


イースはサッサと洗って、湯船に浸かっていた。

目をつむりご満悦である。


ここ数日の山歩きの疲れが、湯の中に溶けていくようだ。

ちゃぷりと音がして、イースの左にリールーが入ってきた。


石鹼の香りにまじり、リールーからミルクのような匂いがする。

右にはサンフィルドだ。ザブンッ


「やべー、気持ちよすぎるっ」


しばらく三人でゆったりした後、サンフィルドが笑いだす。


「くくく……見たかあの顔? 

薄っぺらな笑顔が、あっという間にクシャクシャになってたぜ」


「ほら、すぐに会見が済んだでしょ。

あっちも話したくないし、こっちも話したくないものね……」


「リールーの作るものは、なんでも最高だっ」


三人でひとしきり笑いあってゾンビオイルを称えたあと、リールーがふたりに言った。


「そうだ、ゾンビオイル切らしちゃったから、明日作るの手伝ってよね」

「「ええーっ」」


ゾンビオイルは抜群だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ