第80話 さらに北上する
カニポイの旨さは、おやつの域を軽くこえている。
みんなで三つ、四つ、五つと口に放りこむうちに、小腹が満たされてしまった。
「あ、あれ? ちょっと……うにゅ……」
そう言って霧乃が腰をおろす。
ちょっと休憩のつもりが、お尻に根が張ったように座り込んでしまう。
少し眠くなっているのだ。
今までチヒロラに出会えた喜びが、心をカッカとさせて眠くなかったのだが、急にきた。
やはり昨日、夜遅くまで起きていたのが原因だろう。
寝不足のハイな気分が切れかかっている。
豆福が目をこすりながら、霧乃のそばでコテンとする。
まぶたの落ちかけた夕凪が、霧乃のとなりに座り込んだ。
朱儀は夕凪のひざを枕にして、寝息をたて始めてしまう。
「うーなぎ……ねちゃだめだって、かりでしょ」
霧乃が豆福を引き寄せながら、となりの夕凪に小言をいう。
「きりこそ、ねるなよ、かりだぞー」
夕凪も朱儀をなでながら言い返す。
「ねてないし」
「ねてるだろ」
「うーなぎ、目をあけて」
「あけてないし」
「だから、あけて」
「ん?」
霧乃と夕凪が頭をグラグラさせながら、言い合いをはじめた。
「あの、きりさん? うーなぎさん?」
チヒロラはそんなふたりを見て、困ってしまう。
そんなに眠たければ寝ればいいのに。
チヒロラはそう思うのだけれど、ふたりは眠ろうとしない。
ふたりの狩りへの情熱は、頭がグラグラしたぐらいでは消えないのだ。
そんなふたりを見守るチヒロラは、ちっとも眠くなかった。
同じように寝不足のはずだけれど、ルーティンワークの霧乃たちと違い、全てが初体験なことばかりなのである。
興奮しっぱなしで、全く眠気がおそってこないのだ。
困り果てるチヒロラの目の端に、動くものがあった。
「ん?」
チヒロラがそちらへ振り向くと、沢の反対側に全身白骨のアンデッドが歩いている。
かなり崩壊が進んでおり、歩く度に体の表面が剝離して粉になっていく。
それでも歩みを止めない。
「あ……あの、大丈夫ですか?」
チヒロラがそう語りかけても、アンデッドは反応しなかった。
ただひたすらに北へ進もうとする。
アンデッドが木の根に足を取られて転ぶ。
その衝撃で、左の大腿骨が折れてしまった。
上体を起こそうとして、支える両腕の上腕骨も折れる。
「ああ!」
チヒロラは慌てて沢をわたり、アンデッドを助け起こそうとした。
けれど触れたアンデッドの肩が、ボロボロと泡のように崩れていく。
とうとうアンデッドに限界がきたようだ。
「ああ……」
チヒロラの目の前で急速な崩壊が始まり、そこに小さな砂の山ができた。
チヒロラはその砂山をジッと見つめる。
悲しくはなかった。
もう何度も、見慣れた光景だったからだ。
ただ儚さで心がチクリとする。
チヒロラはそのアンデッドに、お師さまの姿を重ねてしまう。
北への想い。
その想いが目の前のアンデッドと、お師さまを駆り立てる。
少しでもいいから、自分の平気な体を分けてあげられたら良いのに。
チヒロラはいつもそう思っていた。
「せめて粉だけでも、はかばーに持って行けたら……」
「はかばーに、もっていきたいの?」
後ろから声をかけられ振り向くと、そこに霧乃と夕凪が立っていた。
霧乃は豆福をだっこし、夕凪は朱儀を荷物のように脇へ抱えている。
ふたりはまだ眠たげで、フラフラしていた。
チヒロラは目をパチクリして話す。
「はい、せめてそうしたら、この人が喜ぶかなって……」
「ふーん、じゃ行こっか」
「よし、行こう。きこえた、あーぎ?」
「うにゅー」
朱儀が返事をする、どうやら起きているようだ。
三人は少しも迷わず、行くことに決めた。
豆福は熟睡中である。
喜ばれるのは褒められるのに近い。
だから行く。
こうして五人は予定を変えて、さらに北上していくのだった。
面白いと思って頂けたら嬉しいです。
そしてご感想、ブックマーク、下の☆で評価して頂けたら嬉しすぎて作者が泣きます。
よろしくお願いいたします。




