第8話 楽市、くわえ加減がむずかしい
「だめだめ付いてきちゃ、ここを離れちゃ駄目だよっ」
二匹は首を傾げてキョトンとしてしまう。
楽市は赤子たちを膝に乗せて、強めに言い聞かせる。
「いーい? 大きくなるまで、ここを離れちゃ駄目だからね!」
赤子にはまだ言葉が通じない。
分かってくれるだろうか?
赤子たちを膝から降ろし、ちょっと山を下って振り返ると、やっぱり付いてきていた。
「ああ……」
二匹が大きくなるまで、ここを離れないという手もある。
けれど、どれだけの期間となるのだろう。
「確か、一年や二年じゃ効かないんだよなあ……」
もし兄ならば、それも良しとするだろう。
けれどそこはあまり落ち着きの無い楽市。
少し勘弁ねがいたい。
「これは、あれをやるしかないかな?」
溜め息と共に楽市は膝を付き、四つん這いとなる。
そして赤子の首筋を噛んだ。
次に、思い切りうなり声を上げてやる。
「ぐるるるるるるっ」
咥え加減が難しい。
しっかり牙を当てて噛まないと、分かってくれないのだ。
突然、首筋を嚙まれた赤子は慌てふためいた。
それを見たもう一匹が、逃げようとする。
しかし楽市が、手でしっかり押さえつけて逃がさない。
二匹とも思い切り震え上がった後は、自分から穴へ隠れてしまった。
「ああ……嫌われたな、これ……」
楽市は少し、しょげながら山を降りた。
振り返っても赤子たちの姿はない。
「あー、嫌われたぞ。本当に」
楽市は深く溜め息をつくと、山を降りていった。
これで良いのだと自分に言い聞かせるけれど、段々と足取りが重くなっていく。
自分のやった事で、自分が酷くショックを受けていることに気付いてしまった。
時間が経つにつれ、酷い事をしたという思いが膨らんでいく。
「ああ……ちょっと息が苦しいんだけど……」
どうにも気になって仕方がないのだった。
「ああっ、もう!」
楽市は結局、夕方に戻って来てしまった。
けれど戻ったからといって、あの子たちは会ってくれるのだろうか?
どんな顔をしたら良いのだろう?
そうやって気を揉んでいると、匂いを嗅ぎつけたのか、赤子たちの方から穴をはい出てきた。
そのまま楽市の足に、まとわり付いてくる。
そのじゃれ付き方は、少し怒っているようで「どこ行ってたんだよ、このーっ」という感じだった。
楽市の草履に飛びついて、ぺしぺし叩いてくる。
その姿に楽市は膝の力が抜けて、しゃがみ込んでしまった。
楽市の身が震える。
それは、許されてホッとしたと言うよりも、――赤子たちに、必要とされている――そう感じたからだった。
それだけで身が震えて、立っていられなくなってしまった。
楽市は苦笑する。
「ふふ……こんな事ってある?」
神社にて無限の時を生きる神と、限られた時を生きる者との、繋ぎ役としてある白狐。
その白狐たちは、石像を核として澱から生まれた。
しかし現在、その役目はヒノモトで必要とされなくなっている。
神社に訪れる者は居ない。
文化のアーカイブとして、ただ保存されているような有り様だ。
それに失望なされたのだろうか?
いつの間にか国つ神さまもお隠れになり、声が聞こえなくなってしまう。
兄とみんなは、それでも良いと言っていた。
神の使いではなく、ただのあやかしとして生きる。
そうやって気楽に過ごせるならば、それで良いではないか。
そう言い合っていた。
楽市もそう思っていたのだ。
それで良いと……
それなのにだ。
あやかしの赤子にすがり付かれただけで、この様だった。
「かなり、気持ちが弱ってるなこれ……」
そう自分を茶化して落ち着こうとするものの、震えが止まらない。
楽市は、二匹の赤子を強く抱きしめた。
存在理由を、赤子たちに揺さぶられて胸が詰まる。
「ふふ……君たち。
楽市のことを必要としてくれるの?」