第79話 狩りの楽しさを知ってもらおう
ひゅううううううっ。
耳のそばを流れる風の音が、森の中でハッキリと聞こえる。
霧乃たち三人の、足音は聞こえない。
狩りに慣れておらず、足音の消せないチヒロラは、一番パワーのある朱儀が背負って移動していた。
豆福も体力がないので、狩場までは霧乃の背中にしがみ付いている。
「すごいですっ、飛んでるみたいですーっ」
チヒロラが興奮して朱儀の背中ではしゃぐ。
音もなく滑るように移動するさまは、まるで鳥が低空飛行しているようだった。
木々をすり抜けて飛ぶ小鳥たち。
チヒロラはそんな気分になっていた。
チヒロラを背負っているにもかかわらず、朱儀の足取りは全くブレない。
自分を背負っても、苦もなく走る朱儀をすごいと思ったし、なんて頼もしいんだろうと思った。
「お姉さんって、いいなー」
すごいすごいと言われた朱儀は、また褒められてしまったと上機嫌だ。
朱儀にはチヒロラの気持ちがわかるのだった。
小さな頃から、松永の背につかまっていた朱儀も、同じように憧れていたのだから。
霧乃たちは巨樹の周辺をさけて、いつもの狩場へ移動していくのだった。
巨樹からは少し離れた方がいい。
なぜかというと樹の周りに住み着いている獣は、ほとんどが先の戦いで傷付いた獣たちなのである。
ハッキリと傷跡が黒く残る獣ばかり。
夕凪に言わせると、「カッコイイけど、まずそう」なのだ。
だから離れた狩場を求めて移動する。
北上する五人は、途中にある小さな沢で休憩することにした。
別名おやつタイムとも言う。
今回は松永と競争しないので、のんびりとしたものだった。
今日のメインは、狩りをしたことの無いチヒロラに、「狩りの楽しさを知ってもらう」のが目的なのだ。
夕凪が自分の影を、写り込ませないように沢へ近付き、人差し指と親指で浅瀬をすくう。
流れの中から器用にすくい上げたのは、小さな茶褐色の甲殻類だった。
「何ですかそれ?」
興味津々でのぞき込むチヒロラに、夕凪が答える。
「カニポイだよ」
いぜん楽市が見付けたとき、カニっぽいということで「カニポイ」と名付けたのだった。
実際とてもカニに似ていて、違う所といえば手がハサミではなく、グーなのである。
おそらく水中で獲物をぶん殴っているのだろう。
自慢の腕で、自分の背中をつまんでいる指へ向かって、パンチを繰り出す。
しかし悲しいかな届かないのでした。
はたから見ていると、高速で猫パンチするカニだった。
夕凪がつまんだまま狐火を使い、こんがりと焼き始める。
「あっ、火が!」
チヒロラがそれを見て驚いた。
その横で霧乃たちも、カニポイを捕まえて焼き始める。
「あっ、皆さんも! すごいすごいっ、おそろいです!」
チヒロラは飛び跳ねて大喜びだ。
「見てくださいほらっ、チヒロラもできるんです!」
元気よく手の平から、血のように朱い炎をだした。
目をキラキラさせて報告するチヒロラに、霧乃たちはポカンとする。
「うん」
「だよなー」
「あ、おんなじ、いろっ」
「なー」
霧乃たちは、みんなできて当たり前と思っているので反応が薄い。
チヒロラの大発表がピンとこないのである。
ゆいつ朱儀だけが肩を叩いてくれた。
「あははっ」
「あ、あれー?」
そんなチヒロラに、霧乃がカニポイを手渡す。
「ここ、もってね」
猫パンチをかましてくる、カニポイの持ち方を教えてくれる。
霧乃がチヒロラも焼けという。
チヒロラは言われるままに、指先に火を灯しカニポイを炙った。
けれど暴れるカニポイが怖くて、目をつぶってしまう。
チラリと目を開けてみる。
すると茶褐色のカニポイが、鮮やかな赤に変わっていた。
「わー、きれいです!」
くんくんくん、匂いも嗅いでみる。
「何だかとっても、幸せな匂いがしますっ」
チヒロラのほほが思わずゆるんだ。
四人が焼き上がったカニポイを、チヒロラの前でポリポリと食べ始める。
「えっ? 口の中に入れちゃうんですか!?」
チヒロラは生まれてから、一度も食事をしたことが無い。
口とは、話すためだけのものと思っているのだ。
お師さまがアンデッドという事もあって、今までその機会が無かったのである。
みんながポリポリと食べる中で、豆福は変わった食べ方をしていた。
こんがりと焼いたカニポイを、両手で包みニコニコしている。
少したってから両手を霧乃へ突きだす。
「はい、きりー」
「ん、ありがと」
小さな手を開くと、そこには中身が全て吸い取られ殻だけになったカニポイがあった。
殻だけでも美味しいので、霧乃は豆福の手から殻をつまんでポリポリと食べる。
チヒロラがボーッと見ていると、夕凪が二匹目を食べながら近付いてきた。
「んふふー」
夕凪があまりにも美味しそうに食べるので、チヒロラも口の中に入れてみる。
ポリッ。
奥歯でかむと、旨みが口の中にジワリと広がっていった。
「んー!?」
思わず満面の笑みになってしまう。
「何ですかこれっ、何ですかっ、えー!?」
「なー、あまいだろ、なー」
夕凪がチヒロラの中で爆発した幸せを、「あまい」と呼んだ。
チヒロラもその幸せを、元気に叫ぶのだった。
「あまいですー!」




