第76話 楽市とおはなし
「ところでさ……あれは何?」
霧乃たちが、五人がかりで持ってきた獲物を、楽市が不思議そうにながめる。
それは何というか薄汚れた代物で、大きくて先の尖ったものが横たわっていた。
例えるなら道端に捨てられている、壊れたビニール傘である。
とても食べられそうにない。
「なにあれ?」
楽市が再度聞くと、霧乃たちが笑顔で答えた。
「おとしちゃったっ」
「木と木のなー、あいだに、はいんないの」
「らくーち、ほめてーっ」
「てーっ」
「がんばりましたっ」
チヒロラも笑顔である。
「あ……あの、これはお師さまです。お師さまつきましたよーっ」
すこし間をおいて返事がくる。
「……大丈夫だー」
「あっ、ねてる!」
*
チヒロラたちは頑張った。
とっても頑張ったのだ。
ただ頑張る方向をまちがえた。
夕凪が早く着こうと言い出して、直進することになる。
普通ならば様々な地形に阻まれて、直進など無理な話だ。
だがあやかしとしての筋力を、過信する少女たちは実行する。
そして過信するだけあって可能だったのだ。
進んですぐ、葛の葉に似た植物がしげるエリアにぶち当たった。
「あれ? 前がなんか、ぐじゃぐじゃしてる」
「きり、いけるいける、だいじょーぶっ」
生命力あふれるツタ植物が、木々の間、藪の上、様々な場を縦横無尽に覆いつくし、密につまった網を形成していた。
人ひとり分け入るのも難しく、普通ならば遠回りするだろう。
けれど霧乃たちはそこを突っ切る。
まずこのままでは三角テントが引っかかるので、中身が入ったままテントを傘のように閉じた。
中身が零れないよう、底部をきっちりとツタでしばる。
そこは進んで、霧乃が楽しそうにやり始めた。
ひごろ楽市の隣で、カゴを編んでいる実力が発揮されるのだ。
「きりに、まかせてっ」
手頃なツタをちぎり、三つ編みの要領で綱を編んでいく。
あっという間に編み上がり、底部の口を縛りあげた。
そこへみんなでフーフーする。
白狐の息吹は、ツタに活力を与え。
鬼の息吹は、ツタをカッカとさせ。
豆福の息吹は、ツタを青々とさせた。
過剰に栄養ドリンクを注ぎ込まれたような形となり、綱はパンパンに膨れて、絶対にほどけない豪のものとなった。
その手際のよさにチヒロラが感心する。
「はー、すごいです、みなさんっ」
また褒められてしまった。
「「「「へへへ……」」」」
テントを閉じると立てたままでは持ちにくいので、横倒しにして運んだ。
密になったツタの隙間に、テントの先っぽを突っ込んでは押しまくる。
テントの白い幕がツタでこすれて、見る見る黒ずんでいくけれど仕方がない。
中身は無事だ。
みんなで絶壁のような斜面を登るときは苦労した。
四人でテントの端を掴みながら登るのだけれど、登るスピードがバラバラでバランスを崩してしまう。
持つ手が離れて、何度か落としてしまった。
豆福を咥える松永は、サッサと斜面を登って高みの見物である。
手伝おうとはしない。
「まーなかー、まーなかーっ」
夕凪が呼んでも知らんぷりである。
やっぱり松永はすねていた。
落とすたびに慌てるチヒロラを、テント内のお師さまがはげます。
「気にするなチヒロラ。
この程度の物理攻撃で、どうにかなる私ではない。
これでらくーち殿に、会えるのならば安いものだ」
霧乃と夕凪もはげましてくれた。
「だいじょうぶ、らくーちも言ってた。やばくても、きにするな!」
「そうそう。やばくても、きにするな!」
その言葉は、鬼の子であるチヒロラの内側にささった。
迷いなく言い切るふたりに、チヒロラはドキドキしてしまう。
チヒロラは思う。
――お姉さんって……いいなあ
そして数々の障害をのりこえて、到着した時の達成感は最高であった。
「がんばりましたっ」
*
「すみませんっ、明日には起きるとおもいますっ」
慌ててあやまるチヒロラに、楽市のほうが慌てた。
「え、そんないいよっ、気にしないで。それよりさ、みんなでお話しない?
今日なにがあったか聞かせて」
それに霧乃、夕凪、朱儀、豆福がとびつく。
「わー、するするっ」
「きょうなー、あのなー」
「まーなかが、いたっ、いたのっ」
「たーのーっ」
その夜はみんな興奮して眠れない。
「らくーち、あれやって、あれっ」
霧乃が何かをせがんでいる。
「えー、今日はもう遅いからねようよ」
渋る楽市に他の三人もさわぐ。
「らくーち、やれやれ」
「らくーち、やってっ」
「てーっ」
「?」
チヒロラは何のことか分からず、頭に?マークがついた。
「んー、じゃあちょっとだけだぞ。コホン」
楽市が一つ咳ばらいをして、声を張り上げた。
「あぶなーい!
五人のヒーローが持つ、カワイイお師さまが崖から落ちてしまった!
五人のヒーロー。
きり。
うーな。
あぎ。
まめ。
チロは。
お師さまを救えるのか!? ドドン!」
「わーっ」
「やばいっ」
「きゃーっ」
「ふぁーっ」
「えっ、え!?」
霧乃がせがむあれ。
それは霧乃たちから聞いた話を、かっこいいヒーローものに作り変えて話してやることである。
ヒーロー物語に自分が出てきて、霧乃たちはワーキャーッする。
楽市が熱を込めて続ける。
「きりが言う。
まって今、助けてやるからな!
うーなが言う。
ちがうっ、私も助けるのだ!
あぎが言う。
この場はまかせな!
まめが言う。
やってやるぜっ!
チロが言う。
大丈夫っ、みんなでやればきっと悪をたおせるわっ!
そして五人のヒーローは、勇気いっぱいで崖から飛び込むのだった! ババン!」
「うはー、かっこいいっ」
「だいすきっ」
「あはははははっ」
「ふー、ふーっ」
「えっ、チロって、チヒロラですか!?」
こうして夜はふけていく。