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第75話 楽市、草カゴをあむ

「ふーふーふー」

 

楽市(らくいち)は息を吹きかけ、新しい草カゴ作りに精を出す。

最初に作った草カゴは、二ヶ月前の戦いでどこかに行ってしまったからだ。


楽市が肩にかける草カゴを編むということは、そろそろここを離れるということ。

豆福(まめふく)はしっかりと成長して、形は充分に定着している。

それならばここに居続ける必要はない。


「ふう……」


作りかけのカゴを(ひざ)におき、周りを眺める。

すぐかたわらには、四人が寝ていたツタ製のマットがあった。

それだけではなく、近くには新たに作った石かまどもある。


宙に浮く大きな根にはツタ製のブランコやハンモックが吊ってあり、霧乃(きりの)たちが楽市をまねて編んだ、様々な形のカゴや小物入れがある。


網目が粗かったり形がいびつなのがまた良くて、ひとつひとつが愛らしい。

霧乃はピカピカな物を入れる、専用のカゴを熱心に編んでいた。


「ここは、このままにしておこうかな。

また来るだろうし……」


楽市は思う。

これ以上ここでの生活の小物が増えると、ますます離れがたくなってしまうと。


正直に言って、ここは居心地が良かった。

巨樹の茂らす葉のおかげで、雨に濡れることもない。


楽市は幹へ取り付けた網棚に置いてある、木製のコップを見る。

全部で五つ。

それを感慨深く眺めていると、森の中から「よいしょ、よいしょ」と、かけ声が聞こえてきた。


「あれ、今日はずいぶんと早いな。えっ、というか松永より早いの?」


狩りに行き夕暮れまえに帰ってくるなど珍しいし、松永に狩りで勝つなんてもっと珍しい。

楽市はそんな日がくるなんて思っていなかったので、素直にビックリした。


「へーすごいね。これは褒めてやらないとね」


子供は褒めて育てるのだ。


「それにしてもあのかけ声。

ずいぶんと大きなヤツを仕留めたのかな?」


楽市が声のする方向を見て待っていると、木々の間から大きなものが見えた。

霧乃たちがそれを運んでくる。


豆福(まめふく)も一緒になって運んでいるけれど、背が足りなくてぶら下がっているようにしか見えない。

松永(まつなが)もいた。


「お帰りー。なんだみんなで狩りしていたのか」


楽市が声をかけながら立ったとき、獲物の陰で見えなかったチヒロラが見える。


「……」


楽市はチヒロラを見て、静かに固まってしまう。

ポカンと口を開けて、目を見開いていた。

そうかと思うと目をぱちくりさせ、驚いた表情のままチヒロラに近付いていく。

楽市は声を出すことも忘れていた。


チヒロラはというと、こちらもお師さま以外の大人を初めて見て固まっている。

楽市が憧れの人だったのでなおさらだ。


さらに言えば、楽市がすごい顔で獣耳をピンと立て、尻尾をパンパンに膨れ上がらせている。

そのまま楽市がゾンビのようにユラユラ近付いてくるものだから、チヒロラはちょっぴりだけ後ずさった。


ほんのちょっぴりだ。

チヒロラが憧れの人に引くわけがない。たぶん。


楽市はチヒロラの前で両膝をつく。

目の前のチヒロラをじっと見つめたあと、霧乃たちを見た。


「まーなかが、見つけたんだよ!」

「松永が……」


楽市は霧乃のことばで松永を見る。

松永は角を軽くゆらし、ブホッと鼻を鳴らした。


楽市はそっとチヒロラの手をとった。

ビクリとするチヒロラ。

身を強張らせたようだけれど、チヒロラは自然と楽市の匂いを嗅ぎ始めていた。


すんすんすん。

楽市は手から伝わるチヒロラの緊張が、次第に解けていくのを感じた。

チヒロラが嬉しそうに言う。


「あー、とっても安心する匂いがしますー」

「ほんとに?」

「はいっ」


ふたりで笑顔になって、楽市はチヒロラの手を引きそっと抱きしめる。


「はあ……」


楽市の口から長い吐息が漏れた。

チヒロラはそれを聞き、顔が真っ赤になってしまった。

ドキドキしながら大きな声であいさつをする。


「あたし、チヒロラですっ」


元気な声だ。

楽市は少しだけ体を離し、チヒロラを見る。


「チヒロラ? とっても可愛い名前だね。あたしは……」

「らくーちさんですよねっ。きりさんたちから、聞きましたっ」


「らくーち? うんそう。

本当は楽市だけど、らくーちって呼んで。

チヒロラにはそう呼ばれたい」

「は、はいっ」


楽市はしばらくチヒロラを抱きしめたあと、顔を上げてみんなを呼んだ。

霧乃たちひとりひとりを抱きしめる。

松永の首に抱きつき、耳元でささやいた。


「ありがとう松永」


楽市の周りにみんながいる。

当たり前のようだけど、ぜんぜん当たり前じゃないのだ。


それは楽市が一番よく知っていた。

楽市はその当たり前を、絶対に手放したくなかった。

喜びを静かに噛みしめたあと、楽市はみんなにたずねる。


「ところでさ……あれは何?」





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