第71話 チヒロラに頬ずり
「あ!」
「うわっと!」
今日のご飯を探すため気配を殺し、十メートル間隔で森の中を進む。
そんな霧乃と夕凪が、同時に声をあげた。
ふたりにしか分からない、声を聴いたのだ。
霧乃と夕凪が音を立てたので不思議がり、朱儀と豆福が近付いてくる。
姉ふたりがせわしなく耳を動かしているのを見て、朱儀と豆福も耳を澄ませてみた。
すると森のざわめきの中に、微かだが音では無い何かを感じた。
「?」
「?」
ふたりは不思議そうに辺りを見まわすが、それが何なのか良く分からない。
その間も、霧乃と夕凪のやり取りが続く。
「うーなぎ、ちかいよっ、びっくりした」
「うん、すんごい、ちかいっ、こっち!」
夕凪はそう言うと、声のする方向へ駆け出していった。
「あーぎと、まめ、ついてきて!」
「なになに?」
「なー?」
霧乃に言われて、朱儀と豆福はわけも分からずに付いていく。
夕凪は森の中を、風のように駆け抜けていった。
まず楽市を呼んでから、どうこうするなど考えなかった。
それでは間に合わないのだ。
自分が勝てるかどうかなど考えない。
夕凪は気配を消すことも忘れて、一直線にその場へ飛び込んだ。
「まてー!」
夕凪がにらむその先には、肉食獣の巨大な背中があった。
見た瞬間、夕凪は強敵だと直感する。
無駄のない、均整のとれた体躯。
灰色の毛並み。
獣が振り返ると、額には美しい一本の角が生えて――
「あ……れれ? まーなかー?」
それまでの勢いも忘れて、夕凪はキョトンとしてしまう。
それは紛れもなく松永だった。
松永も飛び込んできた夕凪を見て、何ごとかと小首をかしげる。ブフッ
「あれ? まーなかが、いる」
「まーなか、いたーっ」
「まー」
遅れてやってきた霧乃たちが、松永を見て気の抜けた声をだした。
「えっ、でも、この声?」
霧乃は今も聞こえる声に首をかしげる。
まさか松永の腹の中――とは絶対に思わなかった。
朱儀を筆頭に、霧乃、夕凪、豆福の四人は、松永へ絶対の信頼を寄せているのだ。
そんな松永が角を揺らして、体を左に寄せると……
「「「あっ」」」
「あー」
松永の体で隠れていたものが見えて、三人が驚きの声を上げる。
豆福はよく分かってない。
そして驚かれたチヒロラも、目を赤く腫らしながら声を上げるのだった。
「へ?」
「すごいっ、みつけたー!」
「まーなかが、みつけた!」
「まーなかー!」
松永が、新しいあやかしの子を見つけたのだ。
霧乃、夕凪、朱儀の三人は、興奮のあまり駆け寄って口々に叫ぶ。
「えっ、え!?」
三人に囲まれて、チヒロラは動揺し目が白黒してしまった。
怯えつつもチヒロラは鼻をくんっと鳴らして、不思議そうな顔をする。
恐怖と驚きと、鼻から得た情報で頭が混乱していた。
「えっ、えっ、え?」
それでもチヒロラは、おっかなびっくり自分から近づいて、三人の匂いを嗅ぎはじめる。
すんすんすん。
「ええ!?」
霧乃たち三人も、チヒロラの匂いを嗅ぐ。
良く分かっていない豆福も、遅れて近付き姉たちの真似ですんすんした。
松永も嗅ぐ。
お互いが心ゆくまで嗅ぎ合ったあと、チヒロラがほっぺたを真っ赤にして言う。
「みなさん、すっごく、安心する匂いがしますーっ」
夕凪が笑った。
「ふふふ、だろー」
その後チヒロラは歓迎のあいさつとして、霧乃たちに頬ずりをしまくられるのだった。
さいきん一番のほっぺた被害者である豆福は、それを見てドン引きする。
「あー」
「あああっ、何ですかこれ!?
くすぐったいですっ、あはは! うひひ!」




