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第7話 楽市、ねむるなど愚かなり

無防備に、寝転がる狐の娘。

そんな楽市を見つめる、ふたつの影があった。


影は思う。

厳しい自然界で気を抜いて眠るなど、愚かなり――

 

それは背を低くし、草むらに身を潜め、ゆっくりと楽市に近付いていく。

獲物から目をそらさず、細心の注意で風下に回り込む。


足音は立てない。

飛びかかれる距離まで時間をかけて近付き、ふたつの影は一気に楽市へと襲いかかった。 


「ん?」

 

楽市は襲われる瞬間まで、全く気付けなかった。

髪を引っ張られる感覚があり、楽市は仰向けのまま左を見る。


そこには、草むらに広がる自分の銀髪があった。

その毛先へいつの間にか、小さな獣が二匹じゃれついている。


「む……!?」

 

とても小さくて、生まれたての子猫のようだった。

けれど子猫じゃない。

まったく別の獣だ。

いや獣でさえなかった。

 

全体的に色はなく半透明であり、毛もなくてつるりとしている。

目も鼻も口も無くて、のっぺらぼうだった。

かろうじて獣耳と尻尾のような、出っ張りがちょこっと見える。



二匹は楽市と目が合うと――目は無いが――新たな獲物を見つけたとばかりに、楽市の顔へと飛びかかった。

楽市はそれを難なく空中でダブルキャッチし、まじまじと見る。


すると楽市の表情が、驚きへと変わっていった。

信じられないものを見たという顔で、二匹の匂いを嗅ぎ始める。

楽市のきつね耳が、ぴんと立った。

 

すんすんすん。

二匹から、微かに仲間の匂いがする。

それだけではなく、この土地の匂いもして……


「あやかし……の赤子?」


楽市は自分のつぶやきに、自分で驚き目を丸くした。

手の平にすっぽりと収まる大きさからして、まだ生まれて五日も経っていないと楽市は思う。


楽市は辺りを見回す。

斜面の上方、草むらに隠れて見えにくいけれど、自分の掘った大穴がまだそこにあった。


「あそこ……かな?

ここら辺の(おり)が集まって……」

 

つぶやきながら、二匹のお尻を嗅ぐ。

お尻に鼻を突っ込まれて、二匹がイヤイヤした。

斜面を登り、大穴に首を突っ込んで、穴と二匹を嗅ぎ比べる。


「間違いない。

ここで周りの(おり)が集まって、凝り固まったんだ……」


楽市の言う《澱》とは、命の残り(かす)のことだった。

あらゆる場所で、命が生まれては死んでいく。


そのサイクルの中で、片隅に溜まるものがあった。

それが澱だ。


例えそれが残り滓だとしても、凝り固まれば生まれるものがあった。

メインの生命サイクルとは、少し外れた命。

 

もしそれを残り滓ではなく――命の上澄み――と見るならば、そこから生まれたものは、生命サイクルの上位種と言える。

けれど――残り滓――と見たままならば、生命サイクルに寄生する下位種である。

 

どちらの見方が正しくて、どちらが間違いとも言えない存在。

それが「あやかし」の(たぐい)なのだった。


「噓でしょっ、この子たち、みんなと国つ神さまの合いの子なの!?」


あやかしの子の匂いは、楽市にそう伝えてくる。

楽市は慌てた。

 

「どうしようっ、何百年ぶりかのあやかしの子だ!」


ひとりで興奮し始めた楽市に、掴まれている二匹は迷惑そうだった。

 

「本当に、みんなと国つ神さまの……」


改めてまじまじと見る。

手の中で二匹はお腹を上にして、こちらへ手足をピンと伸ばしていた。


指でお腹をくすぐってやると、暴れ始めた。

一人前に楽市の指を押さえ込み、短い手でパンチをかましてくる。


「そうなのかなあ……そうなのかなあ……」


楽市は嬉しそうに、二匹へほおずりをした。

 

「へへへ……」


強過ぎるほおずりに、二匹は手足を突っぱね全力で抗おうとする。

 

「ふふ……いい子だねえ」


兄を、そして藤見神社の仲間を失った悲しみが、今も楽市の胸をえぐる。

なぜみんなが祟り神になってしまったか、分からないままだった。


けれど手の中の赤子たちを見ていると、微笑んでしまう。

何と可愛らしいことか!


楽市は宝物をあつかうように、二匹をあやした。

実際、楽市にとって二匹は宝だった。

幾つもの分断を繰り返したヒノモトでは、ここ数百年、あやかしが生まれることなどなかった。


人の世に、霊など存在しない。

神はいない。

ましてや、物の怪やあやかしなどいるわけがない。

 

そんな常識が世にはびこると、凝り固まろうとした命の澱が霧散してしまう。

もうそれだけで、赤子の形が保てないのだった。

霊的存在は、物質世界に強く影響を受ける。


人々の意識が、あやかしに形を与えもすれば壊しもする。

そんな中で赤子たちは、楽市にとって紛れもない宝なのだった。

 

楽市はふと景色を眺める。

どこまでも山が連なり、どれもこれも見たことの無い山ばかりだった。

気が滅入り、しゃがみ込みたくなる。


けれど今の楽市は、しっかりと立つだけの気力があった。

手の中の二匹が、その力をくれたようだ。


楽市はもう一度赤子たちへ、ほおずりをする。

また始まったほっぺたの暴力に、全身で抗う赤子たち。 


「ふふ……いい子、いい子。

ありがとね。

君たちから、元気をもらえたみたい」

 

この山に消えた兄や仲間のことを想い、この場所に居続ける。

それも良いだろう。


けれど何もかも分からないのが、気に入らない。

気に食わない。

楽市はじっと山々を見る。


「分からなければ調べるか……

ああこの感じ、久しぶりだなあ」


二匹をそっと草むらに降ろす。

名残惜しいけれど、仕方がない。

 

「じゃあね、元気に育つんだぞ」


そう言って楽市は、ゆっくりと山を降りていくのだった。

すると赤子たちが、当然のように付いてくる。

 

「あ……」


妖しの赤子に親はいらない。

勝手にすくすくと育つ。


何もすることは無いのだけれど、ひとつ注意する事があった。

それは安定期に入るまで、生まれた土地を離れないこと。

足にじゃれつく赤子たちを見て、楽市は困惑してしまう。



「え、どうしよ」


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