第68話 みんなでおはよー
遅い朝。
楽市が巨樹の根っこに座り込み、つる草でカゴを編んでいると。
かたわらで寝ている霧乃が、寝返りをうった。
きしり。
楽市がツタで編んだお手製マットの上で、四人が寝ている。
これがなかなかの優れもので、荒めに編んだツタのおかげで通気性を保ち、夏でもなかなかヒンヤリするのだ。
それでも日が高くなってくると、気温が上がり暑いものは暑い。
寝返りをうった霧乃のデコに、前髪が張り付いていた。
まぶたがピクピクしだしたので、もう直ぐ起きるかもしれない。
「そろそろ起きるかな?
きのうは打倒まーなか作戦会議で、遅くまで起きていたからな」
楽市がのぞき込むと、霧乃がひとつ大きなあくびをしてムクリと起きた。
「ふあああ……」
まだ寝ぼけまなこで、目をこすりゆらゆらしている。
きのうは、はしゃいでなかなか寝付けなかったので、まだ眠いのだった。
それでも霧乃は、辺りを見回してすぐに気付いた。
「あっ、まーなかが、さきに行っちゃった。
うーなぎ、おきて!」
霧乃に叩き起こされた夕凪がぐずる。
「ふああ……きり、うるさい……」
「うーなぎ、まーなかがもう、行っちゃったんだよっ」
その言葉で、夕凪が目をパチクリする。
次第に頭がハッキリとして飛び起きた。
「あっずるい! あーぎ、おきろ早く!」
角を握られて、ぐにぐにされた朱儀は変な声をだす。
「うにゅー、ねむい……」
「あーぎっ、まーなかが、さきに行っちゃった!」
その声で朱儀はとび起きた。
まわりを見てビックリする。
「あーっ、ずーるーいー、まめ、おきてーっ」
朱儀が一番小さな、豆福を揺り起こした。
豆福が大きなあくびをする。
「ふあー」
「まめっ」
「まめっ」
「まめっ」
「ふえ!?」
三人の姉に名を呼ばれて、末っ子の妹は目をパチクリした。
あれからもう二ヶ月。
巨樹に宿ったあやかしの子も、今ではしっかりと形が定着している。
その間、ダークエルフの襲撃を警戒していたけれど、一度もこなかった。
何かこっちの事にかまけている暇が、無くなったのだろうか?
忙しいのかな?
そのままずっと、忙しかったらいいな。
などと楽市は心底思う。
豆福は目をこすりながら、霧乃に向かって手を伸ばした。
「だっこー」
楽市は霧乃にだっこされた、豆福を見る。
背は朱儀よりも二回り小さくて、まだ子供こどもしている。
しかしもう、かたことの言葉を話せるようになっていた。
豆福だけではなく、朱儀もそうだ。
かたことで話せる。
霧乃と夕凪は、前よりもスラスラと話せるようになった。
背の方はというと、三人ともあんまり変わってない。
これにはちょっと首を傾げた。
豆福を見れば分かるように、出だしの成長スピードに目を見張るものがあった。
それがピタリと止まったように見える。
ただ「ヒノモトのあやかし基準」で見れば、当たり前の成長スピードに、戻っただけかもしれない。
楽市は考える。
異世界のあやかしは、どうなっているんだろうか?
「まあいいか。分かんないものは、分かんないものなー」
分からないものは、差し支えなければスルーする。
この世界にきてからの、楽市のスルースキルは達人レベルと言えた。
わかんない事だらけだもの。
あらためて豆福を見る。
髪はにこ毛のようにフワフワで、朱儀と同じぐらいのショートだった。
色は銀髪ではなく、明るい黄緑色である。
瞳は金色。
着ているものは、霧乃たちと同じような袖なしの黒のワンピース。
足も同じく素足だ。
頭のてっぺんには朱儀と同じような「角」――ではないものが、にょろりと生えて
いた。
それは髪の色と同じ黄緑色で、少し丸まってユラユラとしている。
角というよりも、「つる草の先っぽ」と言ったい方がしっくりくるかもしれない。
楽市は「植物」に関係するあやかしの子だと思ってはいるけれど、細かいことは分からない。
多分こっちの世界に属する、あやかしなのだろうと考えていた。
楽市はもう獣娘だとか銀髪だとか、そういう事には拘らなくなっている。
霧乃と夕凪の、気にも止めていないお姉さんぶりを見ていると、何だかどうでも良くなってくるのだ。
楽市のそういった拘りを、ふたりが溶かしてくれていた。
ちなみに「豆福」の名は、さる東北の極上酒の名である。
楽市は名付ける際の、そこら辺の拘りは捨ていないようだ。
楽市は松永が居ないと知って、わちゃわちゃする四人に声をかけた。
「こら、あたしを無視しないっ。おはよーのあいさつは?」
「あっ、らくーち、おはよーっ」
「おこしてよもうっ、おはよーっ」
「らくーち、あはは、おはよーっ」
「ふぁー」
「うんよしよし、おはよーっ、霧乃、夕凪、朱儀、豆福」
今日も一日が始まる。