表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/92

第67話 小さな薬草店

日暮れ前。

ベイルフに住む獣娘のキキュールは、早々に店じまいをした。


「ふーむ」

 

キキュールは、ベイルフの北ブロックで小さな薬草店を営んでいる。

まだ陽が沈む前だけれど、今日はもう営業終了だ。

 

「このご時勢、どうせ誰も来ないだろう」


普通なら通りを魔法のランタンが煌々(こうこう)と照らして、街の賑わいはこれからという所。

けれど今のベイルフにそんな余力は無い。


都市の周りはしっかりと城壁があって軍の警備が完璧だとしても、今のベイルフでは、日が暮れてから出歩く者などいなくなってしまった。

だから店じまいする。


さて、キキュールは壁にかけてある、魔法の砂時計をチラリと見た。

まだ夜というには早い時刻だ。

 

「ふむ」

 

キキュールは、今宵が半月に一度の「千里眼の日」であることを何度もチェックした。

けれどそれはまだ数時間も後のこと。


キキュールは鏡に向かい、自分の姿をじっと見つめた。

艶やかな黒髪が腰まで流れて、形の良い獣耳が二つ付いている。

尻尾も黒。

瞳の色はエメラルドグリーンだ。


「今日の輝きも、問題なし」

 

魅力の高い瞳だと、自分で思う。

つんとあごを上げ、自分のラインをまじまじと見る。


形の良い胸、くびれた腰からのラインも豊かなものだと判断する。

まあ全てが、イミテーションなのだけれども……


実際の彼女は、全身白骨のアンデッドなのであった。

俗に「エルダーリッチ」と呼ばれる種族である。


世間では、アンデッドといえば忌み嫌われる存在。

さらにいえば駆除対象なので、こうして姿を変えて生者の中に潜伏している。

長年こういった生活が続くので、もう変装した獣人姿の方が、体に馴染んでしまっていた。


キキュールは昼間使用する「笑顔」を、鏡に向かってしてみる。

長年にわたり磨いてきた技術なので、獣人たちやダークエルフのする笑顔と遜色(そんしょく)ないはずだ。


「ふむふむ」

 

死者として虚ろな心をもつキキュールは、「生者たちが、苦も無く内面から発する感情」の模倣に余念がない。

たまに模倣を忘れて、店で無表情に接客してしまう事もあるけれど、

そんな時は「スンとしたキキュールもまた良いっ!」などと、客の男どもが喜ぶので不思議だった。


美人の形態維持は得である。

キキュールが、価値が高いと思われる黒髪をブラシでくしけずると、繊維がそろい髪の艶やかさが増していく。


別に今夜の千里眼の相手に対して、髪をとかす必要もない。

しかし日頃の習慣として、ついやってしまうので問題はない。


髪をとかすと、日頃のルーティンワークで化粧直しもやり始めてしまう。

服装はどうしようか?

これも変える必要などないのだが、ついでだ。


暗闇に映える赤にしよう。

これで視認性がアップする。

キキュールはもう一度、姿見の前でチェックする。


「ふむ、完璧ではないだろうか」


チラリと砂時計を見る。

まだ時間があると思っていたけれど、もうすぐ約束の時間が迫っていた。


思いのほかディティールのブラッシュアップに、時間を割いていたようだ。

キキュールは梯子(はしご)をかけ、屋根うら部屋に登っていく。


屋根うらは板張りの何もない空間である。

ただ隅に小さなワードローブが、一つだけ置いてあった。

キキュールはそこから一枚の白いシーツを取り出し、板張りの床にしく。


天井には一か所だけ四角く切り取られた天窓があり、シーツをその真下にくるよう微調整する。

敷き終わると、その真ん中で体育座りをして天窓を見つめた。


さて丁度ころ合いだろう。

キキュールは魔力で天窓を開き、数種類の結界魔法を体内に構築した後、千里眼魔法を発動させた。



    *

 


千里眼での通信はとても単純なものだ。

予定時刻にお互いが相手を「千里眼」で見るだけである。


もちろん事前にふたりで細やかな魔法的契約をかわし、お互いがどこに居ようとも、繋がるようにしておくのがデフォルトだ。


とても便利な魔法だが、幾つか欠点もある。

千里眼の視点は俯瞰(ふかん)のみで、透視魔法ではないから、簡単な遮蔽物ですぐ見えなくなってしまう。


森の中に逃げ込まれると分からなくなるし、霧など出たら何もかも見えなくなる。

また簡単な魔法で、阻害することもできる。

一長一短の激しい魔法だった。

 

「また粉だらけじゃないか、シノ」


キキュールが相手に声をかけながら、天窓に向かってせわしなく両手を動かし始めた。

ハンドサインである。


千里眼は音声がないので、会話は全てハンドサインで行うのだった。

とは言っても、キキュールはついつい内容を声に出してしまう。


その方がやりやすいし、メリットもある。

ハンドサインだけでは、微妙なニュアンスまで伝わらないのだ。


それを補うために、口の動きと表情が大切になってくる。

キキュールはハンドサインを行いながら、天窓に向かって話しかけた。


「へえ、大きくなったじゃないか、チヒロラ。

前と比べて、随分と形がかわるものだな。

シノよ、チヒロラに伝えてくれ。

こんどキキュールさんが、即死魔法を教えてあげるとな」


最初にたわいもない話をして、のちに本題へ入る。

半月に一度の情報交換だ。


「ふむ、黒き萌える輝きねえ。

二度も近場で浴びたのか?

シノ、おまえ大丈夫なのか!?」


シノのハンドサインは、とてもゆっくりだ。

それは高濃度な瘴気のための、デバフらしい。


「そんなに危ないなら、戻ってくればいいじゃないか。

……なに? まだまだ行けるだと? 

おまえはまたそんな事を言って、私を困惑させる」


シノは大昔から、計画性のあるような無いような行動ばかりする。

そういう性格のベクトルは、おそらくシノが風化するまで変わらないだろう。


「ふむ、こちらもな、面白いことになってきたぞ。

アンデッドコロニーがな、二重の輪のようになっている。

アンデッドの特性が故に、そうなるとは予測していたが、本当になってみると実に不思議なものだよ、シノ」


キキュールの言うアンデッドの特性とは、アンデッドが集まると、そこから更に強いアンデッドが、生まれると言うものだ。


「近々、昔シノの言っていた現象が起こるかもしれないな」


それを聞いた千里眼の向こうのシノは興奮したようで、ゆっくりながらも身振り手振りが大きくなった。

その内容は、みたい、すごい、みたい、すごい、である。


「なら帰ってこい」


キキュールがそう伝えると、またシノは「いや、まだ行けるから」と首をふる。


「分かった、じゃあ勝手にしろ。もう時間だ切るぞ」


千里眼での会話はあまり長くできない。

シノのいる高濃度の場所へ千里眼を繋げると、キキュールの体内へそれが流れてくるからだ。


少しづつ慣らしたシノと違い、いきなり浴びるキキュールには負担が大きかった。

体内に構築した魔法陣で軽減できるものの、長くて通信は十分だろう。


だんだん体が動かなくなってきた。

ここら辺で、通信を切らなくてはならない。


「ではまたな、シノ」

 

キキュールは最後のハンドサインと共に、「笑顔」を付け加えてやる。

会話を切ったキキュールは、アンデッドながらも体がだるく感じた。


感情で表せば「不快」である。

ただ不快な理由はもう一つあった。


今回もまたアイツは、何も言わなかった。

キキュールのディティールの細やかさに、言及しなかったのだ。

美しいだの綺麗だの、一度も言ったことがない。


なぜ店の客の男どものように、キキュールを喜ばせようとしないのか?

全く不快である。

もし生前のキキュールが不満の言葉として述べるならば、乙女心が傷ついたと表す案件だ。


「これだからアンデッドは……」


キキュールはシーツの上に横たわり、天窓から星を眺めた。


「アイツは、随分と奥の方までいったんだな。

私の体がうまく動かないぞ。やるじゃないか」


キキュールは寝ころびながら思う。

明日は臨時休業にしようと――





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ