第66話 千里眼の乙女たち
広大な大陸の→東に、ダークエルフが統治する「ソービシル国家連合」がある。
その↑北部に位置する城塞都市ハインフックは、イースたちが駐屯地として使用した都市だ。
そこからフリンシル川に沿って、五十キロ南下すると、内陸の「中継都市ベイルフ」があった。
ベイルフは山に囲まれた盆地の都市である。
ここまでくると、楽市たちの居る森の瘴気はほとんど届かない。
だからといって安心できる場所でもない。
北部より発生した瘴気が、大陸中の低級アンデッドを引き寄せているからだ。
まるで誘蛾灯に引き寄せられる、羽虫のようである。
ハインフックのような廃墟とは違い、生きた都市としては、ここが最前線といえるだろう。
ベイルフから北に山を二つ越えれば、もうそこにアンデッドのコロニーが、ちらほらと発生していた。
そのベイルフに配属された「千里眼の獣娘」たちがいる。
数は十八人。
彼女たちは近辺に発生する、アンデッドコロニーの監視を行っていた。
大陸中の低級アンデッドが集まるなど、獣娘たちには信じられない話だ。
そんなことは今まで聞いたこともなかった。
しかし実際、獣娘たちが監視する対象は、アンデッドの大河とも呼べる代物だった。
それほど密になり大量に集まってきている。
それは特殊な分布をしており。
高度から監視すると分かりやすいのだけれど、大集団は北部のある一点を中心にして、大きなリング状に広がっていた。
どうして輪になるかと言えば、アンデッドたちは、その輪の内側へ進めないからだ。
どうやらアンデッドは、多くの瘴気を取りこみ過ぎると自己崩壊してしまうらしい。
崩壊して粉末状になるアンデッドを、獣娘たちは多数確認していた。
低級アンデッドにも、少しは防衛本能があると言うことだろう。
先へ進もうとすると、身の危険を感じて足がとまるらしい。
ただ本能がこれっぽっちもない最下級のタイプは、崩壊も恐れずにその先をいく。
その先でどうなるかは分からない。
北部の中心地あたりはあまりにも瘴気が濃くて、千里眼の術ではのぞけないからだ。
無理に見ようとすれば死ぬことになる。
アンデッドはとてつもない数だけれど、幸いなことに瘴気に魅了されてあまり生者を襲ってこない。
それでも思い出したかのように、コロニーの一部が剝がれて、集団で集落や都市を襲ってくるのだった。
一部といっても母体の数が大きいので、その一部が馬鹿にできない。
獣娘たちの主な任務は、その集団の早期発見である。
そして今日も、獣娘が発見したベイルフへ向かってくるアンデッドの群れを、ダークエルフのストーンゴーレム隊が蹴散らしていた。
千里眼の乙女たちはその戦闘を食い入るように見つめ、自動筆記がその心象を書き写していく。
凄惨な場面を見続けるハードな任務だ。
けれど監視を続ける獣娘たちは、他の一般兵士とはすこし違う視点で、戦場を見つめることもあった。
*
ローテーションの休息時間に、三人の獣娘たちが控え室で自動筆記の手入れを始めた。
三人のうち少しふっくらとしたパーナが、最近ひろった噂を口にする。
パーナは、優しい雰囲気をもった可愛い獣娘だ。
「ねえ知ってる?
何でもハインフックのレポートがあって、あの森を創造したのは獣人種らしいって」
背の高いヤークトが相づちをうつ。
こちらは少し、ボーイッシュな獣娘である。
もちろん可愛い。
「それ、あたしも聞いたことがあるね」
三人のうちひとりだけ知らなかったクローサが、切れ長の瞳をまん丸くした。
獣耳がピンと立っている。
普段クールっぽいが、三人の中では一番ボヤッとしている獣娘だ。
「えっ、うそだー。獣人種にそんなこと出来るわけないよ」
「う~ん……」
「……」
「えっ、できるの? どういうこと!?」
言い寄るクローサに、ふたりが首を振る。
「分からないよ。そういう話があるってだけだから」
「うん、あたしも知ってるだけ」
「ふーん、そんな話があったんだ。でもちょっとムリあるかなー」
クローサにキッパリ否定されて、パーナとヤークトは押し黙る。
そこで少し会話の間が空いてしまった。
パーナとヤークトは、何か思う所があるようだ。
少し唇をかみしめて、パーナが口を開く。
「あのね私、監視のときにね、よく眼にすることがあるの。
アンデッドの頭とかに、小鳥がとまっているんだよ。
一羽だけじゃなくてけっこういるの」
クローサがそれに乗っかった。
「あっ、それあたしも見たことあるよ。あれ不思議だよねー。
アンデッドって、生き物ぜんぶ憎むものだと思ってたから。
でもぜんぜん鳥とか襲わないんだよね」
「うん昼間にさ、じっとしているアンデッドの肩に、巣を作ろうとしている小鳥も見たよ」
ヤークトも口を開く。
「あたしも小鳥はよく見るな。きっと安全なんだろう。
天敵が来たら、すぐゾンビの隙間に隠れられるからな」
クローサが笑い出す。
「アンデッドが安全って何なのそれ?」
パーナが言う。
「私ね小鳥だけじゃなくて、モースの子供が数匹、アンデッドの中を歩いてるの見たことあるんだ。
きっと草むらの代わりにして、隠れているんだって思った」
「草むらか……ふふふ」
ヤークトがそれを聞いて微笑んだ。
「そうだね、あんな所に隠れられたらきっと腐った匂いで、獲物なんて分かんないよ」
パーナが嬉しそうに微笑む。
「うん、この前なんてね、獲物を逃がしたヒュームアが、イライラしてアンデッドに八つ当たりしてた。
ゾンビの服をかんで引っ張ってたの。
そしたら脱げちゃった」
クローサが呆れる。
「何それすごいまぬけっ」
「でもね、そんな事をされてもゾンビは怒らないの。
やり返さないんだよ。
あれってどういう事なのかな?
何でアンデッドは、私たちだけ襲うんだろう」
ヤークトが首を振る。
「違うよ、あの森の獣たちだけ襲わないんだ。
よく集落の家畜を、襲っているじゃないか」
パーナが少しうつむいた。
「私ね、小鳥が頭にとまっているアンデッドとか見てて、何かのどかだなって思っちゃうんだよね。
不気味だけどのどかなんだよ」
「あっ、それ分かるっ。あたしもっ」
「それはあたしも感じているかな……」
パーナが二人を見た。
「ねえ、どうして私たちは、あの森に拒絶されているの?」
「えー?」
「……」
パーナは少し思い詰めていた。
「ねえさっきの、あの森を作ったのが獣人って本当だと思う?」
「ええー!?」
「……」
「本当だったらさ、エルフ様たちより強いってことなのかな。獣人種の私たちの中にエルフ様より――」
「パーナ、それ以上はやめときなよ」
ヤークトがパーナを制した。
「あ……ごめん。でもっ」
「いい……分かってる。でも口にしないで、あたしはあなたを失いたくない」
パーナはヤークトの言葉に警告を感じ取り、再びうつむいた。
「ごめん……」
そんな二人のやり取りを見て、クローサがビックリする。
「パーナ? ヤークト?」
その後三人は、もくもくと自動筆記の手入れを終え、軽い食事をすませ睡眠をとる。
ただ三人は酷く眠りが浅かったようで、体に疲労を残しながら次のシフトに入っていった。