第64話 楽市は参拝がすき
ほうけていた楽市が一転、興奮して叫ぶ。
「参拝だ。うそっ、こんなにいっぱい参拝が!」
楽市の身がぶるりと震え、尻尾がパンパンに膨れ上がる。
楽市の興奮が、ほんのりと瘴気として周囲へにじんでいった。
それはまるで水面を走る波紋のよう。
すると楽市の瘴気に触れた獣たちが、次々に膝を折り首を垂れるのだった。
「さんぱいって、なんだー?」
霧乃が楽市の気に当てられて、のぼせた顔で聞いてくる。
楽市はわれに返って霧乃を見た。
霧乃の姿に、楽市は強く仲間たちの面影を見る。
郷愁が楽市の興奮をおさえ、少し落ち着きを取り戻させる。
すると楽市はちょっと恥ずかしくなってしまう。
はたから見れば獣が来ただけで、参拝などと何を大げさなと思われるかもしれない。
けれどこれだって立派な――
「らくーち?」
赤面する楽市に、霧乃が声をかける。
「あ、ごめん。
参拝ってのはね、みんなと神様を結ぶ最初の一歩かな……
そしてあたしがいる、理由でもある……かな」
楽市はそこで少し淋しく笑う。
「ううん……理由だったかな……」
楽市は思い出す。
冷たい石段をいくら眺めても、誰も登って来なかった日々を……
誰も来ない。
夕日が沈み、暗くなった境内で座り込む楽市。
そんな時は悔しさを紛らわすため、兄と共に石段を下り街へ向かったものだ。
それなりに楽しかったと思う。けれど……
「さんぱいがあると、うれしーのか?」
夕凪がうつむく楽市を下からのぞいた。
「あ……うん。嬉しい……かな」
少し照れた楽市を見て、夕凪が笑う。
「よかったな、らくーちっ。こんなに、いっぱいだっ」
夕凪が楽市に抱きついてきた。
「これからもっと、さんぱいしよっ、な!」
「夕凪……」
「とりが、もってきたの、ぴかぴかしてる。はー、きれー」
霧乃がうっとりしながら、楽市に抱きついてくる。
「さんぱいって、いいかも……」
「霧乃……」
「あぶっ、ふぐっ」
朱儀は大きな骨をかじりながら、楽市へピッタリと寄り添った。
「朱儀……」
三人に抱きつかれていると、急に胸の奥から込み上げるものがあった。
楽市は唇をかむ。
「うん……参拝ってとってもいいんだ。
みんながきて賑やかで、あたしたちを必要としてくれてさ、だからあたしたち頑張ってた……」
楽市は上を向き、零れそうなものを我慢した。
「あたし今、必要とされているのかなあ……
こんなにいっぱい居るよ。
あたしだけ、こんな気持ちになって良いのかなあ……
兄さま……みんな……」
*
それから四日が経ち、とうとう巨樹の「澱」から、あやかしの子が生まれるようだ。
その間にダークエルフの襲撃はない。
楽市は警戒を解いたわけではないけれど、生まれようとする姿を見ていると、肩の荷が降りる思いがした。
澱が収縮し、もう頭や短い手足がハッキリと分かる。
あとは枝から実が落ちるように、地面からぷつりと離れれば誕生だ。
霧乃たちが今か今かと、湧き立っている。
澱のそばに座り込み、食い入るように見ていた。
「らくーち、もううまれた?」
後ろに立つ楽市へ振り返り、霧乃がたずねる。
もう、何十回と発せられた質問である。
「まだ、背中がくっついてるでしょ。それが取れたらいい」
「ひっぱっちゃえば?」
「あーっ」
待ちきれない夕凪が提案し、朱儀がのっかる。
「だーめっ」
楽市にキッパリ言われると、夕凪と朱儀の顔がふくれていった。
松永はそんなやり取りを、丸くなり眺めている。
楽市は澱から少し離れて、みんなの後ろにたたずんでいた。
その瞳に澱を映してはいるが、心は物思いに沈んでいる。
楽市は心の隅に追いやってすっかり忘れていた出来事を、ぼんやりと思い出していた。