第62話 楽市がくすぐる
くふふ……うひひ
らくーちが、またお腹をくすぐってくる。
夕凪は懲りないらくーちに、腹が立った。
思いっ切り四肢を突っぱねて、パンチをしてやる。
すると今度は顔だ。
また顔をこすり付けてくるのだ。
なぜしつこい愛情表現が、逆に嫌われると分からないのか?
夕凪は叫ぶ。
「らくーち、わかんないのー!?」
そこで夕凪は、目が覚めるのだった。
「……あれ?」
気付くと松永が、夕凪の顔を執拗に舐めていた。
ここは澱のある巨樹の根元。
隣では霧乃が、朱儀に顔を舐められている。
何かうなされており、悪い夢でも見ているようだ。
夕凪が寝ころんだまま松永の鼻先をひねり、霧乃の変顔を眺めていると。
「誰が分かんないって?」
のそりと、楽市の顔が上から降ってきた。
「あ、らくー」
夕凪が名を呼び終わるよりも早く、楽市に抱き締められる。
「よかった……」
楽市の声が震えていた。
寝起きで良く分からないけれど、これはくすぐられるよりずっと良い。
「へへへ……」
夕凪は照れながら、楽市の背に手を回す。
すると隣で、霧乃が楽市を罵りながら目覚めた。
「らくーちの、ばか~」
楽市は霧乃を片手で抱きおこし、夕凪と共に抱き締める。
霧乃はまだ寝ぼけているようで、楽市のほほに嚙みついてしまう。
「いててててっ、何で!?」
楽市が顔をしかめていると、うらやましそうな顔でこちらを見る朱儀に気付いた。
「朱儀おいで」
言われた朱儀の顔が、パッと明るくなる。
楽市は三人まとめてギュッと抱き締めてやった。
「霧乃、夕凪、朱儀、よく頑張った。
あんたたちのお陰で守りぬけた」
みんなでタコ足のような木の根元の「澱」を見る。
霧乃はくすくすと笑い出し、楽市を見た。
「らくーちも、がんばった」
優しい霧乃は、楽市もねぎらってくれる。
「でも、ずっとねてたな」
夕凪の評価は、聞かなかったことにしよう。
その後を知っている朱儀だけは、楽市を激しく褒めてくれた。
「あーう!」
ベタ褒めする朱儀の服が、もぞもぞと動く。
すると服の隙間からニュルリと、不定形のスライムが顔をのぞかせた。
それを見た霧乃と夕凪が、目を丸くする。
「なんだ、それー」
「きもい……」
「!?!?」
楽市がふたりの疑問に答えてやった。
「この方々はね、この地ではない別の地の、国つ神さまだよ」
「えー」
「うそだー」
霧乃と夕凪は、楽市に呆れるばかりである。
カケラたちは、朱儀のピッタリとした服の隙間が気に入ったらしい。
そこを住み処と決めたようだ。
朱儀の服の、適度な圧迫感がよいのかもしれない。
朱儀もべつだん嫌がるようすは無かった。
楽市としてはそれじゃ心苦しいので、ちゃんとゴーレムの破片を使って磐座を作り、お祀りしたい所である。
まあそれはあとで追い追い。
霧乃が朱儀の服からのぞくカケラを指でつつくと、カケラがニュルっと引っ込んだ。
しばらくすると、またニュルリと顔をのぞかせる。
「あはは、おもしろい」
それを見て夕凪もやり始める。
「こら、国つ神さまの頭を触るんじゃない。バチが当たるぞ」
楽市がそれは国つ神だと何度いっても、霧乃と夕凪は信じてくれない。
「うっそだー」
「あははっ、きもい、かわいい」
「う~ん……」
楽市は何度か狩の終わりに、「鎮魂の式」をふたりの前で行ってきた。
その際に国つ神のことをザックリだが、とても尊い御方なのだと教えてある。
そのため霧乃と夕凪の中では、国つ神さまは山よりも大きい金ぴかのヒーローなのだ。
「う~ん……教え方間違えたかな?」




