第60話 朱儀ちょっとまつ
「このこのこのこのっ、このこのこのこのこのー!」
楽市は渾身の力を込めて、カケラたちを締め上げた。
「絶対にここで決める!」
その思いが瘴気となって、カケラたちへ大量に流れ込む。
朱儀にも流れ込み、小さな鬼を狂おしいほどに興奮させていた。
(ぷーっ、ふああああああああ!)
さらに楽市と朱儀の怒りを、炙り焚き付けるものがある。
楽市の背後にピタリと寄り添う、地より溢れし黒炎だった。
楽市、朱儀、黒炎。
三種の憤怒が、カケラたちをこの世から消滅させようとする。
「このこのこのこのこのこのこのっ」
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ)
すると黒炎に混じる金の流線が、スルスルと手前に回り込み、楽市の顔へのびていった。
身を焦がす怒りで視界がくらみ、何も見えていない楽市の眼に、ぷすりとそれが突き刺さった。
「いったーいっ、目がー!」
楽市は突然の痛みに驚き、目を抑えてのけ反ってしまう。
しばらく目をパチクリしていた楽市が、夢から覚めたように正気へ戻っていった。
「くうっ……何だったの今の!?」
すると楽市は今まで気付けなかった、微弱な心象を知覚して顔を曇らせる。
「あ……あれ?」
肌と肌が触れ合えば分かることもある。
今まさに楽市は力の限りカケラを締め付けて、殺したいほど強く触れ合っていた。
楽市は密着している部分から伝わる感触に、覚えがあるのだ。
身に覚えがありすぎてドキドキしてしまった。
「これは……」
伝わる感触は、あやかしの類とかそういうものじゃない。
楽市は思わず叫ぶ。
「これ形が違うけど、国つ神さまの種族だー!」
楽市の額から嫌な汗が流れでる。
「う……うぐっ……」
楽市はうろたえてしまう。
なぜなら楽市とは、国つ神へ仕えるために在るからだ。
いやいや、今は祟り神として在るのだから気を使う必要はない。
このまま締め殺せばいい。
楽市はそう納得しようとするけれど、心が楽市のままなので、大変に嫌な汗が流れた。
(??)
朱儀がきゅうに挙動不審となった楽市を不思議がる。
殺意と仕える身としての立場。
楽市の心が、両者の間を何度もゆれ動いていた。
その結果、楽市は尻尾をそっと緩めてのぞき見ることにする。
「ごめん朱儀」
(!?!?)
楽市は驚く朱儀をなだめながら、尻尾のすき間をのぞき込む。
そこには黒い尻尾にこびり付く、ブヨブヨしたカケラの姿が見えた。
あれほど大きかったカケラたちは、もう楽市の手のひらに乗るぐらい小さい。
楽市が近づくと、カケラたちは尻尾の上をはって逃げ始める。
その不定形の姿は国つ神というよりも、楽市たちを生み出す澱に近い。
それが楽市の心を、さらに揺れ動かすのだった。
「まっ……待って、ちょっと待ってっ」
楽市が声をかけるものの、カケラたちは言葉を解さない。
ただ尻尾の上をはい逃げるばかりだ。
朱儀が楽市の変化に腹をたてる。
なぜ早くとどめを刺さないのか?
朱儀がそう思い抗議しようとしたとき、どこからか歌声が聞こえ始めるのだった。
その歌声は二つ、四つ、八つと重なり合い、複雑な揺れと響きを持っている。
朱儀には聞き覚えがあった。
楽市の歌声だ。
その声にカケラたちが反応して、はい逃げるのを止める。
何か感じるものがあったらしい。
朱儀はそれを見て、文句はこの歌が終わった後にしようと決める。
なぜなら霧乃に、歌の間は静かにしなさいと教えられたからだ。
(ふー)
苛立つ朱儀の周りに、楽市の声が響きわたる。
すると楽市の口の中から、一匹の小さな狐が現れた。
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