第56話 轟音と悲鳴
体の主導権が戻ったとたん、尻尾から激痛が走り楽市は顔をしかめた。
「くうっ……いつの間にか、黒いやつ出てるし……」
痛みはあるものの、尻尾の動きに支障はない。
楽市は意識を正面に集中させる。
土煙の向こうに、巨大な気配を感じた。
数はふたつ。
これだけ気配が強ければ、感覚のサポート無しでも充分わかった。
土煙が消えない間に、このまま逃げることもできるだろう。
けれど楽市は引かない。
ストーンゴーレムの罠にはまり、潰されたあの時の憎しみが胸にうずいているから。
「覚悟が出来てなかったんだ。
あたしの……この子たちを守るその覚悟が足らなかったんだ」
楽市は巨大な尻尾をくねらせた。
自分に兄たちの姿を重ねる。
黒い尾を引き、駆け回るあの姿を――
「あたしが祟り神だとか、そんな事はどうでもいい!
この力で子供たちが守れるなら、あたしだって兄さまたちのようにやれるはず!」
楽市の瞳が、怨念を帯び金色に輝いた。
楽市の殺意に呼応して、その身からさらに濃い瘴気が吹き荒れる。
*
強烈な向かい風が、吹き始めていた。
風に煽られて、辺りを覆う土煙が急速に流されていく。
ダークエルフの特徴でもある長穂耳のイヤリングが揺れ、風切りの音が耳に痛いほど鳴っている。
まだ晴れ切らぬ土煙の向こうから、立て続けに何かを叩き付ける轟音が響いた。
そのたびに耳をつんざく悲鳴が聞こえる。
轟音と悲鳴。
もうそれだけで、この場にいては駄目だと赤子でも分かるだろう。
改めてここは戦場に近すぎると、サンフィルドは痛感した。
ダークエルフたち三人は、土煙の切れ目から見える光景に釘付けとなった。
「イースこれやべえって!
黒いヤツ、さっきよりデカくなってるじゃねえかよ!」
「ああっ、何これ凄い!」
青ざめるサンフィルドとは対照的に、リールーの歓喜する声が聞こえた。
赤い瞳が熱を帯び、妖しく輝いている。
リールーの目の前で、開放された力と黒き尾を持つ巨獣が、互角の戦いを行っているのだ。
「さあ僕に全てを見せてくれ……」
イースはふたりと違い、興奮を抑えて静かにつぶやく。
情報を収集する――それが彼の仕事なのだった。
*
地下世界の神、バーティス。
その一部。
地下二万メートルの岩盤から切り出された、大岩に宿るバーティス神のカケラ。
そのカケラたち二体が、全方位に打ち出した大岩を引き戻す。
ストーンゴーレムの形を保持するために用いていた「岩をつなぐ力」を使い、引き戻して再度撃ち込む準備をする。
標的は目の前でのたうつ黒き獣の楽市だ。
パニック状態のカケラたちは、自分の前で揺らめく楽市を知覚したとき、恐怖で叫ばずにはいられなかった。
楽市もさることながら、その後ろに透けて見える巨大な存在に震えたのだ。
そこには吸い込まれそうな闇が、無限とも思えるほどに広がっている。
カケラたちに安寧を与えてくれる、暖かい闇とは異質の存在だった。
――こいつが私を苦しめる
カケラたちの恐怖心が、全て楽市に集約していく。
カケラたちはその美しい顔を歪ませながら、元凶の排除へ全身全霊をかけて臨んだ。
――ひぃやああああああああああっ
――ひぃやああああああああああっ
「あーっ、うるさい!」
楽市は撃ち込まれる大岩を、何とか尻尾をひねり躱していった。
躱しきれないものは大岩の軌道に対して、尻尾を浅い角度で接するように保ち、斜めに弾いて受け流していく。
ようは戦車の装甲とおなじ理屈である。
楽市はダテに長く生きてはいない。
野生の感は衰えても、知識だけは無駄にあるのだった。
それでも上手く捌ききれず、着弾点の表面がごっそり削り取られてしまう。
しかしそれを補うように、楽市から溢れ出る瘴気が、削られた部分を穴埋めし修復していった。
これには楽市自身が驚いてしまう。
自分に修復能力なんてあったっけ?。
これも祟り神になったがゆえの能力なのだろうか。
「何これ凄いっ、でもすっごい痛いい!」
弾かれた大岩が、楽市の後方へ流れていき山肌に突き刺さる。
そのたびに木々がなぎ倒され、大量の土砂が舞う。
視界を覆う土煙は、両者の激突が起こす暴風ですぐさま流されていった。
楽市が吠える。
「こんのおおおおっ、森をめちゃくちゃにするなあああああ!」




