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第55話 三十二体の怨念

ストーンゴーレムの罠で押し潰された楽市(らくいち)が、暗い意識の中で怒りに身を焦がている。


ダークエルフに爪を立てることだけを考え、必死に手足を動かしもがいていた。

そうは言っても暗く沈む意識の中では、手が宙を掻くばかりだった。

身を(よじ)ればよじるほど、意識の底に沈み込んでしまう。


手が届かぬ恨み、口惜しさ。

そんな楽市の背後から、近付くものがあった。


それは全体の輪郭がハッキリと分からないほどの大きさで、それと比べれば楽市など芥子粒のように見える。

それはその身から噴き出す黒と金の炎で、楽市の背を(あぶ)り始めた。

炙る熱で沼のような意識の中に対流が起きて、沈み込む楽市の背が止まる。


楽市を支えているのだ。

次第に浮かび上がる楽市は、ダークエルフへの怒りに染まり過ぎて、そのことに全く気付いていない。


――楽市よ恨みを晴らせ。二度と奪われてはならぬ


藤見の森、三十二体の怨念が黒炎となって楽市を炙る。

浮上する楽市へ呪いを託しながら。



    * 



「う……う~ん。何だか首がすっごい痛い……」


大岩に被弾した衝撃で、楽市がやっと意識を取り戻した。

何かずっとうなされていた気がする。

けれど起きたと同時に、意識を失っていた間のことが見る見る薄れていき、思い出せなくなった。


「いてててて……あれ? あたし何をしてたんだっけ……」


首の痛みに顔をしかめ、口をあんぐり開けながら辺りを見回した。

しかし土煙りで何にも見えない。


「なに? 一体どういう……えっ……朱儀(あけぎ)!?」

(あ゛ーっ、あ゛ーっ、あ゛ーっ!)


気付くのに遅れたが、楽市の中で朱儀が叫んでいた。

その朱儀の心象が伝わり、楽市は顔色を変える。


霧乃(きりの)っ、夕凪(ゆうなぎ)!」


霧乃と夕凪は大岩を食らい、その衝撃と激痛で気を失っているのだった。

かたわらで朱儀が復讐しようと、怒りに震えて尻尾を操ろうとする。

けれど上手く動かせず、悔しさのにじむ叫び声を上げていた。


楽市は朱儀の心を、自分の心象で包み込む。

腕で抱き締められないけれど、心で強く朱儀を抱きしめる。


「大丈夫、ふたりは死なないっ。気絶してるだけだから!」


楽市に抱きしめられて緊張が緩んだのか、朱儀は楽市の中で泣きじゃくった。

 

(ふあああああーっ)

「もう大丈夫っ。よく頑張ったね朱儀っ」


楽市は泣きじゃくる朱儀の心象を読み取ろうとするけれど、パニック状態で断片的なことしか伝わってこない。


死。

恐怖。

悲しみ。

怒り。

復讐。

そして敵。


「そうか敵だね……分かった」


目覚めたばかりで、何がどうなっているのかサッパリ分からない。

けれど今はそれだけで充分。


霧乃、夕凪、朱儀を苦しめたヤツは絶対に許さない。

楽市は力強く朱儀に語りかける。


「朱儀よくやった。ここからはまかせなっ」


しかしちょっと間を空けて。


「でも、あたしの手助けをお願い……」

(あー)


朱儀は涙声で返事をする。

でもその顔は笑顔だった。

 

「いくよ朱儀!」

 





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