第54話 バーティス神のカケラ
全力で逃げるストーンゴーレム二体の形が、崩れ去っていく。
ストーンゴーレムを構成する大量の岩石たち。
その一つ一つを、つなぎ留めておく「力」が切れたのだ。
ストーンゴーレムは木々をなぎ倒して自ら作った溝に、自分の残骸をぶち撒けていった。
山肌を転がり溝に広がる残骸から、不可視の力が陽炎のように揺らめいて立ち昇る。
通常の者ならば、そこには何も見えないだろう。
しかし地下世界に深く関わる種族には、そこにハッキリとふたりの女の姿を見る。
「あれは……」
ごくりっ。
サンフィルドが貼りつく喉をならした。
イースが何を見ているのか教えてくれる
「あれは地下世界の神、バーティス神のカケラだ。多分ね……」
「多分て何だっ、イース!?」
「僕も初めて出したし、文献でしか知らないんだよ」
「ちょっと大丈夫なのかよ!?」
「僕から離れないでね。
本によると、エス型種のことは襲ってこないらしいから。
まあ文献って政治色が強いと、誇張された作り話ってこともあるけど……その時はごめん」
「なっ……」
やはり止めるべきだったと後悔し、サンフィルドは目を丸くした。
ガラの悪いサンフィルドには不釣り合いの、美しい瞳が丸くなるのを見て、イースはバツの悪い笑顔を送る。
「じっとしているわね、ふう……ふう……ふう……」
サンフィルドとは反対に、リールーは落ち着いているようだ。
けれどとても息が荒かった。
リールーの肌から甘い香りが、強く立ち昇り始めている。
精神系魔法に長けたリールーは、無自覚に鎮静化作用のあるスキルを発動させていた。
イースはゆっくりと深呼吸しながら、サンフィルドとリールーに、これから起こるであろう事を告げる。
「多分これから、あのカケラたちがパニック状態になる」
「は!?」
「ふう……ふう……」
*
岩と岩をつなぐ力が開放された。
目覚めたそれは、自分がどこにいるのか分からなかった。
地下二万メートルから、切り出された岩石。
その岩に宿るそれは、自分の馴染み深い密度も圧力もない世界に驚愕し、パニックを起こした。
それは周りのもの全てを忌避し、自分から遠ざけようとする。
*
(あれっ、しんじゃった?)
楽市の寝息を気にしつつ追い立てたストーンゴーレム二体が、急に崩れ出したので夕凪も動きを止める。
(なんで?)
(わかんない)
夕凪と霧乃は、楽市の中で顔を見合わせた。
(まっいいや、つぎつぎ)
(うーなぎまって、あれ!)
(????)
崩れたストーンゴーレム二体の瓦礫から、それぞれ白くて大きい後頭部がのぞく。
そこから次第に首、肩、背中とゆっくりと迫り出し、上半身までが現れた。
後ろ姿である。
一糸まとわぬ肌。
腰まで流れる髪。
何もかもが、一度も陽に当たらなかったかのように白い。
木々の高さを優に越えて、山の斜面に、ニョッキリと白い女の上半身が生えていた。
陽光で輝く銀髪が美しい。
(はーきれい……らくーちみたい)
霧乃が思わず、溜め息をもらす。
そんなうっとりする霧乃の前で、白い女たちが動き始めた。
――ひぃやああああああああああ!
――ひぃやああああああああああ!
突然女たちが耳をつんざくような悲鳴を上げて、止めようとしない。
(うるさーい!)
(うーなぎ、はなれて!)
(!?!?)
悲鳴を上げながら、白い女たちが身を丸める。
二体は体内に荒れ狂う感情を、一気に解放した。
その力に呼応してストーンゴーレムの残骸が、全方位へ散弾のごとく撃ち出される。
人の背を優に越える無数の大岩が、風切り音を後へ残し四方の山肌へ突き刺さった。
夕凪と霧乃は辛うじて楽市の身に当たらないよう、尻尾を使いガードする。
しかし幾つもの大岩が尻尾に激突し、尻尾もろとも押し潰されそうになった。
被弾した大岩が深く食い込み、尻尾を伝って、その衝撃が全身を駆けめぐる。
(がっ……)
(ぐうっ……)
山間部には無数の大岩が、蓮の実のようにびっしりと食い込んでいた。
大量の土砂と木々が吹き飛び、土煙りが辺りを覆いつくす。
白い女たちはその中で、恐怖にかられ叫び続けた。




